第4話

 少年武官は、若い武士の背中を見送ってから、中将の後に続いて歩き出す。しばらく歩き、人目のない場所までやって来ると、中将は足を止めた。

「恐ろしい事件が起きてしまったな。物の怪となると管轄外だ、後のことは陰陽師に任せよう」

「はい……」

 少年武官は、風のような声で返答する。すると、中将は腰をかがめるようにして、少年武官の顔を覗き込んだ。

「顔色が悪いな? やはり、恐ろしいのか」

「え、いえ、そんなことは……」

 少年武官は小さな声で否定をした。控えめに伏せられた目に映るのは、足元である。

「無理をすることはない。私には何でも正直に話すといい」

「ありがとうございます」

 中将は歩き出す。少年武官は続いた。

「しかし、なぜ足が一本だけ、武士の元へ届けられたのだろう? そこだけが引っかかるのだ、鬼がそんな不要なことをするか? あるいは足を届けた男というのは、人間だったのか? じゃあ、その人間は何のためにそんなことをした?」

 中将の顔から、人の良さそうな笑みは消えている。少年武官は、緊張の面持ちで答えた。

「足を届けた男は、鬼が人間に化けた姿だったという話も出ています」

「不思議だ。その謎の男は、大層美しかったそうじゃないか。ほら、例えば」

 中将は振り返った。

「例えば――お前のような顔を、しているのかもしれん」

 中将は、少年武官の白い頬をひと撫でした。

「お前の仕業では、あるまいな?」

 中将の髭が、少年武官の顔の間近にある。少年武官は、目を伏せた。

「誓って、私ではありません」

 中将はしばらくそうしていたが、やがて「冗談だ」と言って離れた。その笑顔は、まるで作り物のようである。口角だけを釣り上げた状態で、中将は「ははは」と笑った。

「お前はよく働いてくれている。まさか私がお前を疑うなんてこと、あるはずがない。それにお前は、気が弱いからな。まさか、そんなことが出来るわけもなかった。すまないな、おかしなことを訊いて」

「……いえ」

「じゃあ、また後で」

 中将は去って行く。少年武官の面持ちが和らいだ。ほう、と息を吐く。緊張から解放されたようである。

 踵を返した時、少年武官はまたもや凍り付く。

「何の話をしてたんだ?」

 少年武官の同僚が、ちくちくと突き刺さるような視線でそこに立っていた。中将と少年武官が話し込んでいるところを、見ていたのである。

「あ、いえ……例の、あの話を」

 同僚は、ぐっと言葉を詰めた。

「あの話って」

「はい、あの話を」

 すると同僚は、声を荒げた。

「お、恐ろしい話をするんじゃない! 話をしたら、そこに出ると言うじゃないか!」

 同僚は、きょろきょろと辺りを見回し、両手をこすり合わせた。

「中将様が、大変心配されているようで」

「中将様が……」

 すると、同僚は恨めしい視線になって、少年武官を睨み付ける。

「相変わらず、中将様はお前には甘い。とんでもなくな」

「そんな……」

「綺麗な顔でいられている、今のうちに手柄でも立てて置いた方がいいぜ。中将様はどうやら、美しいものしか愛せない人らしいから。まあ、今更お前に言うことでもないがな。とっくに、よく知っていることだろうから」

「私は……」

 少年武官は黙り込む。

「私は、何だ? 何を言おうとしている? そういうところが、お前の苛つくところだ。はっきりと物を言わない、相手の出方ばかりを伺う。お前の長所はどうせ顔だけなんだから、せいぜい気に入られるように努めよ」 

「…………」

 少年武官は暗い顔で黙り込む。まるで、言い返す気力を生まれる前に奪われている。

 気が済んだのか、同僚はそう言い、向こうへ行ってしまった。

 少年武官は遠く同僚を見つめてから、小さく頭を下げて歩き出した。

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