第1話
「しぬの……?」「死にたくない」「しにたく……」「いや!」「いやよ!」「こないで!」「やめてえ!」「い、たい」「いたいいたいいたい!」「やめてえええっ!」「やめて」「ゆ、許し……」「……」「…………」「……………………」
ごりごり。
ぎしぎし。
ぶちぶち。
「恨むなよ」
ざわざわ。
ざわざわ。
「……」
「…………」
「……し、…………」
「――――――――」
ある、晴天の日のことである。
「藪の中に、これが」
傘を被った男が差し出すのは、二尺ほどの長さの、細長い棒。布に包まれており、中身は見えない。
武士は怪訝な顔で言った。
「何だこれは?」
傘の奥で、声が返る。
「鬼が女を攫って食う、という話を聞いております。京にも、行方知れずになった方が多くおられるとか」
「俺は、これは何だと聞いているのだ。鬼の話などしていない」
武士は男へ向かって苛立った声を上げる。男は、傘を深く被り直した。その様子に、武士は眉間に深く皺を寄せる。
「お前、顔なぞ隠して怪しい奴。いったい何者だ?」
「私はただの庶民でございます」
武士の手をすり抜けるように、男は身を翻した。武士がその一瞬に見たのは、背筋が凍るほどに美しい瞳である。
武士の手には、いつの間にか布があった。ずっしりとした重みにバランスを崩す。その間に、男は深々と頭を下げる。
「では、これにて」
「お、おい、待て!」
武士が呼び止めるも、男は風のように去って行った。残された布。武士は追いかけることもままならず、「何なんだいったい……」と一人呟くばかりである。姿が見えなくなった頃、別の武士がやって来た。
「どうした? 何だそれは?」
「分からん。急に、変な奴に呼び止められてな……」
武士は、細長い布をめくった。
「妙な感触だな。こんなものを渡されても……」
その正体が露わになった時、二人の武士は声を上げた。
ぼた、とそれを取り落とす。
付け根から食いちぎられたような女の白い足が一本、地面にごろりと転がった。
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