したたか主婦と純朴若手社員
@owel
第1話 「私にはそう思わせようとするズルさがあります。ダメですね」
10月30日
シュッ 「これが旦那。大阪出身の野生児 2コ上 ITメガネ 釣りバカ ユニクロばっか着ている」
画像が送られてきた。Happy Birthdayの文字がアーチ状にかかった天井、浮かぶミッキーの風船、食卓には7本のローソクが刺さったケーキ。ケーキの奥には満面の笑みでダブルピースしている女の子。えくぼが志帆ちゃんに似ている。黒縁メガネをかけた猿似の男に抱き抱えられている。
全然イケメンじゃない。むしろ地味な顔立ち。この人が旦那さん…?
悔しい。嫉妬。一気に汚い感情が湧き上がる。
フーッと息を吸い、吐く。
心を落ち着けてから返信する。
「たくましそう…勝手にもっとイケメンかと期待してた笑」
せめてイケメンであってほしかった。手の届かない存在であれば諦めもついて、嫉妬だって湧かなかったかもしれない。
シュッ 「過去の彼氏を知っている友達には、今までにないタイプだねとよく言われたよ。地味な男だよね笑」「色んな人と付き合って、色んな経験を経て、一郎くんにも先ほど質問させていただいた4つを最低条件として考えた宮野23歳。着飾ることには意味がなく、無人島でも生き延びれそうかを重要視して決断しました」「その時LOSTっていうドラマにハマってたんだよね笑 見たことある?」
無人島で生き延びられそうってそんなに大事なの?無人島でサバイバルしなきゃいけないことなんて人生で一回もないよ!それにワイルド系の外見でちょっとアウトドア得意だろうからそう思うだけで、実際無人島に流されたら一週間も保たずに死ぬよ。というか無人島に流されて死ねよ。
汚い感情は止めどなく湧き上がる。
LOSTなんて見たことないし。
スーーーッ
ハーーーーー
さっきより大きく吸って、大きく吐く。吐く息の方が長いのはため息も加わっているから。
「LOST流行ってたよねー。見たことはないよ!
確かに無人島でも生きられる人だったら頼りになりそう笑 僕は絶対無理だ笑」
そして、ずっと聞きたかった質問を投げる。
「今も旦那さんのこと好きなの?」
すぐにスマホを閉じる。枕元に投げる。天井を見上げる。目を閉じる。
こんな感情いつぶりだろう。
大学3年の時に振られて以来だから、5年ぶりか。
渦に足を取られる。中心に向かって飲み込まれていく。もがいたって逃げられない。
息ができない。苦しい。
シュッ
開くのが怖い。しばらく目を閉じたままでいる。
でも見ないことには何も進まない。恐る恐る開く。
「好きだよ。私、今まで旦那の話してないよね」
プツン。一縷の希望の糸が切れた。絶望?
たどっても未来のない糸だから切れてよかったのかもしれない。
平気なフリをして追加で聞く。
「結婚して10年も経つのに好きだなんてすごいね。子どもの話が多くて旦那さんの話をしないから、もう好きとかそういう気持ちはないのかと思ってた笑」
だからこそ、毎日ドキドキしながらLINEをしていた。もしかしたら…って期待に鼻の下を伸ばしていた。
シュッ 「私には一郎くんにそう思わせようとするズルさがあります。だめですね」
え、
結局は僕を弄んでただけなの…………?
悲しさと虚しさでいっぱいになった。
不思議と腹立たしい気持ちはない。だって志帆ちゃんとのLINEは甘酸っぱくて、心が繋がっている感じがして、確かに幸せだったから。
でも、LINEで交わし合った甘い言葉の数々は嘘だったのか。
本意が知りたい。怒っているとは思われないよう、かつ僕の気持ちもほんのりと伝えるため慎重に言葉を選んで送った。
「したたかやね。魔女だよ。僕はもう落ちちゃってるのに…笑
なんで僕にしたたかになったの?志帆ちゃんと仲良くなれて楽しかったけど」
今回はLINEを開きっぱなしにしておいた。
永遠のように長い「間」
シュッ 「したたかですね。本当にしたたかですよ私は。一郎くんにしたかかになった理由は…分かりません…(したたか継続)」
何も分からなかった。
でもこれ以上聞くと幸福な関係が壊れてしまいそうだ。
「したたか継続すな!」とツッコミを送ってからLOSTの話題に切り替えた。
寝転んでたドミトリーを抜け出る。今夜はスキー場前にあるゲストハウスに泊まっているが、オフシーズンだからか宿泊客は僕しかいない。
ダウンを着て外に出る。
星がキレイだ。都会にいると見えないけど本来はこんなにもたくさんの星が輝いている。
白い息を吐きながら、流れ星を期待して空を見上げ続ける。
体が冷え切ってしまう前にドミトリーに戻った。流れ星は現れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます