D3―7 蛇の道は蛇 その7

「本当に、千佳を救う策があるのか?」


「保証はできませんがね。最終的には蛇娘の意志次第です」


 椿はベッドに座る俺の隣に腰かけ、身をすり寄せてきた。

 普段なら押し返してやるところだが、今日に限っては話を聞くまで拒めない。椿の言葉の真偽を確かめたいからだ。

 不本意ではあるが、ゼロ距離で椿の次の台詞を待つ。


「色々リスクはありますし、確実性も無いですが、蛇娘に近づく方法はありますよ」


「詳しく聞かせてくれ」


「要はあの太一って人の気をそらしておけばいいんでしょう? その隙に蛇娘を探して捕まえればいいだけです」


「いや、それはそうなんだが……」


 椿の言う通り、理屈はシンプルだ。ただ、その実現は簡単じゃない。

 蛇の追跡をかいくぐりつつ、太一さんに気取られないようどの部屋にいるか知らない千佳を探しだす必要がある。

 太一さんの抜け目なさを考えると、時間稼ぎもあまり長くはできないだろうし、短時間で千佳を発見、説得しないといけないわけだ。


 普通の人間には到底できない芸当だろう。そう、普通の人間なら。


「先輩、私が味方で良かったですねえ」


「自分で言うな」


 凡人に成しえないことであっても、椿のストーキング能力をもってすれば叶えられる可能性はある。

 コイツの厄介さ、言い換えれば性能の高さは俺が身をもって知っていることなのだ。


 俺と姉さんが太一さんと話している隙に、椿が千佳の元へ行ってどうにかあの屋敷から連れ出せば、ひとまず千佳は自由の身だ。

 あの屋敷の中じゃ千佳の本当の気持ちなんて確かめられないだろうから、なんとか脱出させて、そこで改めて話をしたい。


 ただ、一つだけ気がかりがあった。


「お前、本当にいいのか?」


「何がですか?」


「だって、一番危険な役回りじゃねえか……」


 太一さんと話すだけの俺や姉さんと違って、椿は明確に侵入者と見なされるのだ。

 万一怪しい行動を気取られても俺たち二人は「ただ話に来ただけ」と言い逃れができるが、千佳の脱出を幇助する椿は見つかった時点でアウト。

 許可なく屋敷内を探索している時点で、言い訳や弁解を聞いてもらえるとは思えない。


 それに、千佳を助けに隠密行動をしている最中、毒蛇に噛まれる危険性だってあるだろう。

 俺のわがままのせいで、文字通り命懸けの任務になってしまうわけだ。

 いくら椿が相手とはいえ、そんな物騒なことに付き合わせるのはさすがに良心が咎める。


「心配してくれてるんですね。ふふっ、嬉しい……」


 俺の懸念をよそに椿はニタニタと笑みを浮かべている。髪の長い女がうつむいて笑う姿はホラー映画の様相だった。

 それにしても、事の重大さを認識しているのだろうか、コイツは……


「お前なあ、遊びじゃないんだぞ」


「わかってますよ先輩。だからこそ、です」


 椿の右手がそっと俺の左手に重なる。普段ならすぐに振り払うところだが、今日だけは指一本動かせなかった。


「先輩の命は私のもの、私の命は先輩のもの。夫婦とはそういうものでしょう?」


 俺の想い描く夫婦像とはだいぶ違っているが、決意を込めた椿の語調に、何も言い返すことができなかった。

 コイツ、本気で千佳を助けるつもりなんだろうか。かつての仇敵が相手だというのに。


 本音を言えば椿を本当に信用して良いものか迷ってはいるが、他に方法も無いのは事実だ。

 様々なリスクを承知のうえでこの作戦に懸けるしかないだろう。


「先輩方こそ大丈夫ですか? あんまりしつこく粘ると太一って人も痺れを切らして噛まれるかもしれませんよ?」


「俺はとっくに覚悟はできてるから構わねえよ。痛いのには慣れてるしな、誰かさんのお陰で」


「誰のことでしょうねえ。ところでお姉さんも危ないと思いますが、それも構わないんですか?」


「まあ、な……」


 確かに姉さんのことは心配だ。しかし、ここで姉さんを無視して椿と二人で乗り込んだ方が彼女はきっと怒るだろう。

 温厚な姉さんが怒るのは、俺が一人で悩みを抱え込んでいる時だけ。

 ここで彼女をのけ者にしては言い訳が立たない。


「決まりですね。じゃあ明日に備えて今日はもう寝ましょうか」


「なんで俺のベッドに潜り込んでくるんだよ!」


「添い寝してくれないとやる気が出ないので……」


「お前、やけに張り切ってると思ったらこういう要求を通すためか……」


 布団にしがみついた椿を離すのは容易ではない。

 仕方がないし今日は俺は別の場所で寝るか。なんで自分の部屋なのに追い出されてるのかはわからないが……


 俺が立ち上がろうとすると、服に妙な引っ掛かりを感じ、立ち上がることができなかった。

 わざわざ見なくても原因はなんとなくわかっているんだが……


「放せ椿。お前と一緒じゃ俺が安眠できないんだよ」


「何もしませんから? ね? 10分だけ。ちょっと横になるだけ」


「絶対何かする奴の台詞じゃん……」


 いつもの戯れ言だろうと思い、椿の手をはたいてみたが、ヤツの手は固く握られ放してくれそうにない。

 何なんだ今日に限って……面倒くさい奴だな。


「もういいだろ。早く寝て明日に備えるんだろ」


「……冗談とか抜きで一緒に寝てくれませんか? これが最期のお願いになるかもしれませんし」


「やめろよ、縁起でもない……」


 椿を咎めるつもりでヤツの目を睨むと、その細い目は笑っているようには見えなかった。

 いつもの無邪気さと陰湿さの混じった目つきではない。もっと真っ直ぐで、視線も先を見据えているように思える。


 まさかコイツ、本気で死を覚悟して……?


「……これで最後だからな。お前とは二度と一緒に寝ない」


「ですよね……私の命は明日まで……」


「そういう意味じゃねえよ! お前も俺も生きて帰ってきて、だけど別々に寝るんだ! いいな!」


「えー、そんなつれないこと言わずに作りましょうよ。愛の結晶を」


 椿が俺のヘソの下あたりを撫で回してくる。そのむずがゆさが不快で仕方なかったが、さっきまでの辛気くさい雰囲気よりはずっとマシだった。


「もう電気消して寝るぞ。おやすみ」


「おやすみなさい先輩、また明日」


 椿とのやり取りで余計に疲れていたのか、俺の意識は泥に沈むように薄れていった……


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