B1―1 モホロビチッチ不連続面 その1

【まえがき】


「55 選択」の続きで、Aルートとは別の回答を武永が行った場合のお話です。


(以下本文)





「リーちゃんと話すのは楽しいし、あの子とは長い付き合いになりそうな気がするな」


「おっ、リーちゃんがいいんだなあ。よしよし」


「いや、楽しいってだけで彼女にしたいかどうかは……」


 俺の弁解を聞いていないのか、聞く気が無いのか、諸星は誰かに電話をかけ始めた。

 まあ、「誰か」って相手は一人しかいないのだが……


「おうリーちゃん。自主練だあ? そんなもん途中で切り上げてこいよ。面白いことになったぞ。そう武永が」


 電話を切った諸星は一つ息を吐いた後、いやらしい笑みをニヤリと浮かべた。

 ヤツの丸眼鏡の奥から見える目の色が、いつも以上に怪しく光って見える。


「来るってよ」


「すぐ呼びつけるのやめてやれよ本当……」


 なんだかややこしい事態になりそうな気がする……





「どうもナガさん、お呼びですか」


「呼んだのは諸星だけどな」


 リーちゃんは相変わらずの無表情ではあるが、小走りで来たのか少し息を切らし、頬が軽く紅潮している。

 まったく、諸星の気まぐれに付き合わされて不憫なことだ。


「それで、どういったご用件でしょう」


「いや、だから諸星がだな……」


「なるほどなるほど。ナガさんはわたしと付き合いたい、と。ふつつかものですが、一つよろしくお願いします」


「理解力が異次元すぎる」


 なんだ? リーちゃんも椿よろしく俺たちの会話を盗聴してたのか?

 だって、俺たちが恋愛の話をしていたなんて彼女が知るよしもないはずで。


 怪訝な気持ちを抱えて考えこんでいると、ブフォッ、と諸星が吹き出しやがった。

 どうやら笑いを堪えきれなくなった様子だ。なんだなんだ。そんな笑う要素なんてあったか?


 あっ、もしかして……


 諸星を睨むと、ヤツは急に何食わぬ顔に戻り、スマホをいじり始めた。明らかに挙動不審だ。

 リーちゃんはリーちゃんで棒立ちのまま微動だにしない。その動じなさがかえってわざとらしい。


 なるほど。コイツら、俺をハメやがったのか。


 言質というほどのものでなくとも、少しでも俺がリーちゃんに気のある素振りを見せれば、うまく追い込んでやろうと日頃から企んでいたわけか。


 ということは、ここまで全部二人のシナリオ通りってか? リーちゃんを責める気はないが、諸星の思い通りになるのはちょっと気にくわねえな。

 こっちのスタンスをハッキリ示してやらないと。


「俺はリーちゃんと付き合うとは言ってねえぞ」


「でもリーちゃんと一緒にいると楽しいんだろ? 恋人になる理由なんざ、それで十分だろお」


「しかしなあ……」


「素直になりましょう。ヒューヒュー」


「君はどの立場から煽ってるんだ」


 リーちゃんはいつの間にか空いたイスに着席し、上目遣いで俺を見上げる。

 うーん、可愛い子だとは思うんだけど、いかんせん幼すぎるというか……

 見た目が中学生くらいの子を恋人にするのはさすがに……


「とりあえず付き合ってみたらどうだ? 物は試しって言うだろお」


「でもなあ、そんな半端な気持ちで……」


「今なら30日間無料ですよ」


「31日目から有料になるのか……」


「お支払いはクレジットカードまたはコンビニ収納でお願いします」


「公共料金かな?」


 ダメだ。またリーちゃんのペースに乗せられてる。ちょっと会話が楽しくなってきた。

 諸星も口はうまい方だし、このまま二人から攻められたら、望まずともリーちゃんと付き合う流れになりそうだ。


 ここは逃げの一手で……


「オイオイ、どこ行くんだ武永あ」


 俺がイスから立ち上がろうとすると、素早く諸星が回り込んできて肩を掴んできた。

 諸星は細身だが俺より背は高い。上から押さえ込まれた姿勢で振り切るのは難しそうだ。


「放せよ。そろそろ暗くなってきたし、帰って晩飯の準備したいんだよ」


「まあまあ聞けって。お前も椿ちゃんから逃げたいとは思ってるんだろ?」


「それは、そうだけど……」


「ならリーちゃんとイチャコラ見せつけまくってよお、椿ちゃんにわからせてやろうぜ。お前と付き合う気はねえって」


「そんなことで諦めるかな、アイツ」


「わかってねえなあ。お前がいつまでも一人に絞らねえから椿ちゃんもしつこいんだよ。ここらで一つ、お前の意思表示をだなあ」


「うーん……それは一理あるか。でも俺、リーちゃんのことを異性として見れるかどうか」


 リーちゃん本人を目の前にこんなことを言うのはどうかと思うが、これは正直な気持ちだった。

 彼女と過ごすのは楽しいが、あくまで友人としてだ。男女交際となれば、いくらかロマンチックな感情を持たねば成り立たないだろう。

 幼い見た目と奇嬌な言動を前にそんな感情が芽生えるかどうか。


 何より恋愛感情もなく付き合うなんて、不誠実な気もするし。


「なら彼女(仮)ってことでどうだ? 椿ちゃんを欺くための、仮の恋人」


「どうもこうも、そんな半端な立ち位置はリーちゃんも望まないだろ」


「そりゃ本人に訊いてみなきゃわからんだろお」


 横目でチラリとリーちゃんの顔色を伺うが、彼女の表情からは機微が読み取れない。

 彼女(仮)という立場は、リーちゃんの望むものなのだろうか。そんな不安定な立ち位置、ふつうの女性は喜ばないと思うが……


「リーちゃんはどう思う?」


「悪くない案だと思います。妹兼彼女(仮)、そういう感じでやっていきましょう」


「待って、妹はどこから出てきたの」


「妹の席はすでに頂戴しているものと思ってましたが」


「せめてどっちかに絞ろう?」


「なら彼女の方で」


「そう……」


 リーちゃんは満足そうにふふん、と鼻を鳴らしてみせた。

 危惧していたとおり、なし崩し的に付き合う感じになったな……

 

 しかし、これが全部諸星の計画通りだったら何だか腹立つな。うまく担がれただけじゃねえか。


 それに、いくらリーちゃんの人間性が好きだといっても、付き合うってなるとやっぱり……

 可愛らしい女の子であることは事実なのだが、見た目が幼いので色々とマズいような気もする。


 ……まあ、あくまで彼女(仮)ではあるのだ。これが諸星やリーちゃんの気まぐれであるなら、友人として付き合ってやるのもいいか?


「さすがナガさん、チョロいんですね」


「オイいまチョロいって言ったか?」


「いえ、『長老院』と言いました」


「何その元老院の亜種みたいなやつ」


「フォッフォッフォッ、死刑じゃ」


「しかも暴政じゃん……」


 ……こんな調子でリーちゃんとやっていけるのだろうか。

 椿を騙すにしても、すぐボロが出そうなものだが。


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