8 ヤンデレとモテ
おかしい。これはどう考えてもおかしい。
大学に入学して三年目になるというのに、未だに浮いた話の一つもないとは。こんなはずじゃなかった。高校生の頃思い描いてた未来では、俺はサークルで知り合った少しニヒルな女の子となんとなく良い仲になって、講義をサボってお互いの家を行き来しては「単位ヤバいね」って笑いあってだな……
「おはようございます先輩。今日もいい天気ですね。そう言えば今日は大安らしいですよ。絶好の結婚日和だと思いませんか? 証人欄も埋まってますから、後は先輩がサインしてくれるだけでもう二人は晴れて夫婦ですよ。学生結婚って今時珍しいですけど、籍を入れるだけなら早くても損はないと思うんですよね。もちろん私は今すぐに同棲してもいいって思ってますけど、引っ越しとか色々時間かかりますしね。とりあえず書面だけでも準備しておきませんか? ねえ先輩無視しないでねえ」
なんか頭のおかしい女が寄ってきたことを除いて、二年以上収穫無しとはどういうことだ。おかしい。これはおかしい。
「えっ、彼女!? お前彼女欲しかったの!?」
普段はぼんやりとしている諸星が珍しく大きな声を張り上げた。
「そりゃそうだろ。俺だって健全な大学生だぞ」
「でもお前、普段は全然そんな雰囲気出してないじゃん。椿ちゃんにも冷たいしよお」
「そりゃアイツは異性としてカウントしてないからな。しかしなんで彼女ができないんだろうな」
「そりゃあまあ……お前が気合い入れて恋人探ししてない点と、あとは」
「なんだよ?」
諸星が顎でしゃくった先では、椿がニヤニヤと笑いながら手を振っていた。
「オイコラ椿てめぇちょっと来い」
「えっ、なんですか先輩。こんな人気の無いところに私を誘い込んで、何をなさるおつもりですか?」
俺の声には自分でもわかるくらい怒気が含まれていたが、椿はお構いなしにヘラヘラと笑っている。相変わらず癇に障る笑い方だ。
「お前さあ、俺と話したことのある女性を脅したりしてないよな?」
「どうでしょうねえ」
「もしそうなら俺は今すぐ警察へお前を突き出す。流石に我慢ならんからな」
「急にどうされたんですか?」
「いや、何だその……俺に彼女ができないのはお前が原因に思えてな」
「つまり先輩は、私がいなければ今頃自分は光源氏のごとく、女を取っ替え引っ替えする生活を送っていたとお考えなんですね」
「いや、そこまでは……」
「先輩が恋人もおらず一人寂しく夜を過ごすのは、ご自身に問題があるわけではなく私のせいだと言いたいわけですね?」
「言い方キッツ……お前本当に俺のこと好きなの? 実は嫌いなんじゃないか?」
「大好きですよ」
「ゾワッとするからやめて」
なんとなくだが、この件については本当に椿は何も余計なことはしていないようだった。ということは、単に俺がモテないだけなのか? それはそれでショックだなあ……うん。
「私も不思議ではあるんですよ、どうして先輩に言い寄る人が少ないのかなって。こんなに素敵な人なのに」
「こんなこと聞きたくなかったが……椿は俺のどこが気に入ったんだ?」
「顔です」
「えっ」
「顔が好みなので……」
「お前そんなしょうもない理由で俺のことずっとストーキングしてんの?」
「もちろん性格も嗜好も趣味も生き方も好きなんですが、きっかけは顔ですね。そこは間違いないです」
そうなのか……意外と俺は男前なのか?そんなこと今までの人生で一度も言われたことはないが……
「ほら、先輩ってイタチみたいな顔してるじゃないですか。私好きなんですよね、イタチ。愛らしくて」
「やっぱお前俺のこと嫌いだよな? 完全にバカにしてるよな?」
「大好きですよお」
「気色悪い!」
何がおかしいのか椿はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。どんなリアクションであれ俺が椿の言葉に反応するのが楽しいらしい。とことん厄介な奴だ。
しかし俺に彼女がいないのが椿のせいじゃないとすれば、やはり俺に問題があるということになるのか。結構ヘコむなあ。
「落ち込まないでください先輩。私は先輩がモテなくても気にしませんからね」
「なんでいちいち傷をえぐってくんの? やっぱお前俺のこと嫌いだろ?」
「ふふふふふふふふ」
椿は心底楽しそうに笑い声を上げた。腹は立つし気持ち悪いが、こんなでも一応俺を想ってくれている以上そこまで冷たくするのも悪いのかもな。しかし、生まれ変わったらもうちょっとマシな人間に好かれたいです神様……
「あっ、あの人」
「ユカどうしたの? 知り合いでもいた?」
「あれ教育学部の三回生の武永さんじゃない? ほらイタチっぽい顔つきだし」
「あー、あの『お婿さん』」
「そうそう。『本庄椿のお婿さん』。顔は悪くないし、性格もたぶんいい人なんだろうけど……本庄椿のうわ言に毎回真面目に付き合ってるところを見ると、あの人も大概変わり者なんだろうね」
「うん。何だかんだで仲良さそうだし、誰も割って入ろうとは思わないよね」
「ね」
椿と分かれた後、背後からのっそりと諸星が現れた。振り返ってみると、何だか俺に気の毒げな視線を向けている。モテない俺への同情か?
「どうした諸星。惨めな俺を笑いに来たか」
「いや、何だその。面倒見がいいってのも損だよなあ」
「急に何だよ」
「気にすんな」
それだけ言うと諸星はフラッと去っていった。俺の周りは変なやつばっかりだな、まったく。
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