第42狐 「文化祭は大わらわ」 その8

 突然私に向かって襲い掛かって来た大山楝蛇おおやまかがち。私は身がすくんで動けません。

 目をつぶり、訪れる衝撃を覚悟しました……。


「……貴女が咲さんか?」


 来るはずの衝撃が無いと思っていると、誰かに声を掛けられました。

 うっすらと目を開けると、そこには人族に変化したダンディな叔父様が立っています。

 その叔父様は、私を見て微笑んでいました。突然の事に美狐様や華ちゃんも動けないでいます。


「咲さんなのですね」


「は、はい……」


 大山楝蛇おおやまかがちが迫って来ていた所に、突然現れたダンディな叔父様。

 何だか訳も分からずに、私も人の姿に変化致しました。

 すると、叔父様が急に手を握って来たのです。


「あ、あの……」


「うちの娘が大変お世話になっています!」


「えっ?」


「ちょ、ちょっとお父さん! 何やってるの!」


 深々と頭を下げる叔父様の横に、蛇奈ちゃんが立っていました。お父さん?


「いや。娘の蛇奈がクラスの実行委員とかで大変お世話になっているそうで。今回も揉め事になりそうな時に良いアイデアを頂いたと聞いています。本当にありがとう」


「え……あ、はい。こちらこそ……」


「ちょ、ちょっと恥ずかしいじゃん! 大体お父さん達は、こんな時に何しに来たのよ?」


 蛇奈ちゃんが叔父様の背中をバシバシ叩いています。

 お父さんという事は……大人しいアオダイショウの変化族だと思っていた蛇奈ちゃんは、何と遠呂智族の族長の娘さんだったのです……。

 

「おお! 蛇之吉殿に蛇郎丸殿か! 久しぶりじゃのう」


 木興様の嬉しそうな声がするので、そちらの方を見ると、先程の見覚えのある大蛇が人の姿に変化して、楽しそうに談笑していました。

 片方の叔父様は、夏にお世話になった旅館の蛇之吉さんでございます。

 もう片方の蛇郎丸さんの袖を、娘の蛇蛇美が引っ張りながら何か聞いている様でした。


 そして、現れた大人の変化族の者達も、次々に人の姿に変化して行きます。

 それと共に、凄まじい妖気の渦も治まって来ました。いったい、何が起こっているのでしょうか。


「木興爺! 何じゃこれは!」


 いつもの人の姿に戻られた美狐様が、木興様に詰め寄られています。

 静様や紅様も、お父上や大天狗様の元へと行かれ、話を聞いている様子でございます。

 そして、この事態の理由を聞かされ、私達も蛇蛇美達も全員へたり込んでしまいました。


 ――――


「大騒動にならずに人族を驚かせることが出来るとは、これほど楽しい事はありませんのう」


「ああ、本当に久しぶりに思い切り人族を驚かせて楽しめるわい」


「最近は写真だ動画だとか、迂闊うかつに妖術を使って人族を化かせなくなりましたからなぁ」


「肩身の狭い世の中になったものじゃ」


「さあさあ。今日は皆で心行くまで楽しみましょうぞ!」


「たまには変化族同士仲良くな!」


「はっはっは。負けませぬぞ! 人族を震え上がらせてやりましょうぞ」


 変化族の大人たちが楽しそうに談笑するなか。廊下に出された私達は途方に暮れていました。

 強い妖力を持った大人達が集まった理由は、「お化け屋敷で人族を思い切り脅かしたい」という事でございました。

 どうやら、この文化祭でのお化け屋敷が決まった頃から、大人達でこっそりと準備をしていた様でございます。

 お化け屋敷の準備中に美狐様達が感じていた妖気は、それが原因だったのです。


 大人たちが楽しそうにブースを陣取って行くと、手狭という事で私達は廊下へと出されてしまいました。


「こんなに凄まじい妖気を漏らしておっては、人族は近づいて来ぬわ!」


「おやおや、天狐の皇女様とは思えぬお言葉。妖力を上手く使えば、人族なぞフラフラと引き寄せられて来るものですよ。昔から人族は妖力には弱い種族なのです」


「いかにも! おひいお姫様。昔話でも人族はフラフラと良く騙されるじゃろう」


 美狐様が木興様に食って掛かっておられましたが、ダンディな大山楝蛇おおやまかがちと木興様の説明で言い返せなくなってしまわれました。

 そして、その言葉の通り、渡り廊下の向こうからお客さんが列をなして来場し始めたのです。

 私達は午前中に十分楽しんだという事で、ファミレスでの打ち上げ代と合わせて、多すぎる程のお小遣いを渡され、文化祭を楽しんで来るようにと体良ていよく追い出されてしまったのです……。


「咲よ。こうなっては仕方があるまい。皆自由に行動せよ。わらわは少々疲れたのじゃ……。風が当たる渡り廊下の屋上で少し休んでおるわ」


「ですが、おひとりでは危険……ではありませんわね」


「そうじゃ。今日はわらわの人生で一番安全な日かも知れぬ。じゃからわらわの事は気にせず、皆好きに楽しんで参れ」


「分かりました。皆にそう伝えます」


 本当はお傍にいたいと思ったのですが、何やらおひとりになりたいご様子。皆にもそう言い含めて解散しました。


 私は華ちゃんと手を繋いで文化祭の出し物巡り。

 生死を分ける様な緊張感と覚悟の後だからでしょうか、二人でひっついて離れませんでした。

 途中ですれ違う変化族の者達も、今日は何だかとても嬉しそうです。


 ――――


「あら、美狐様はこんな所でおひとりですか?」


「おお。陽子殿か」


「どうされたのですか。背中が寂しそうでございますわよ……」




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。


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