第25狐 「体育祭」 その3

 『借り物競争』でトップを走っていた白馬がコースを外れて、お婆さんをトイレに連れて行っておるのじゃ。


馬面うまづらの大好きな”お世話焼き”をやっておるのか……」


「恐らく……」

 

「何と……白馬であれば、致し方なしか」


 白馬がやっと戻って来て、ハンカチを借りてゴールに行きおった。

 しかし、遠呂智族の者は、もう何かを借りに観客席に行っておるぞ。この差は大きいのう。

 ほれ、あっという間にバックを持ってもうゴールに向かっておるぞ! 


「咲、大丈夫なのか?」


「はい。ご安心下さい。きっと差が詰まるはずでございます」


 咲はそう言ったものの、なかなか差が詰まらぬまま、もう最終走者じゃ……。

 やっと、航太殿にタスキが渡ったものの、遠呂智族の者は……。

 おお、止まっておるぞ。応援席に行って何か話し合っておる。


「咲、あれはお主のあれか?」


「はい。左様でございます」


「借り物は何じゃ?」


「巨大ナメクジにございます」


「何と! ナメクジは蛇のもっとも嫌う生物。大ナメクジなど遠呂智族には借りて来れぬのう。これは愉快じゃ」


 遠呂智族の者共が右往左往しておる間に、航太殿がクジを引かれたぞ。

 何かを探してキョロキョロしておるのう。借り物は何じゃろうな?

 おや、何やらこちらに走って来れれた。どうしたのじゃろう。


「居た! ミコちゃん、行こう!」


「な、何じゃと? わらわか? しかし、わらわは紐で繋がれておる」


「こんなもの!」


 航太殿が紐を引きちぎって下さった。何と勇ましいお姿。惚れ惚れじゃ。


「行こう!」


「おおぉ」


 わらわと航太殿は手を繋いでゴールに走っておるのじゃ。

 しかし、わらわはあまり嬉しくは無いのう。

 きっと借り物は「不細工」とか「変な奴」とかなのじゃろう。

 航太殿と一緒に走れるのは嬉しいが、何とも悲しいものじゃ。

 これが、「可愛い」とか「色っぽい」とかじゃと、航太殿は静さんや紅の元に走ったのであろうのう。

 何とも悲しい事じゃ……。涙が出て来たわい。


「ミコちゃん、ゴールだ! 勝ったね!」


 航太殿が笑顔で走っておられる。そんなに笑顔じゃと嬉しくなるのう。

 一緒にゴール出来ただけでも、幸せと思わねばな。 

 さて、ゴールはしたものの、審判に『借り物』が認められるか否かじゃな……。

 「不細工」や「変な奴」であれば大丈夫であろう。

 さあ、借り物は何じゃ!


「“借り物”は………………」


 皆の注目が集まっておる。

 さあ、これに勝てば完全優勝じゃ!


「………………『愛しい人』です! 合格! ゴールです!」


 大歓声が沸き起こって皆が駆け寄って来ておるぞ!

 しかも、今何と言った? 

 わらわには『愛しい人』と聞こえたが……。


「こ、航太殿!」


「ミコちゃん!」


 航太殿が、わらわを抱きしめておられる。何と言う事じゃ!

 会場から「キス」コールが沸き起こっておるではないか。

 何と! 航太殿が顔を寄せて来られておる。

 航太殿、まさか……。 

 これは受けねばなるまい。


「わらわも愛しゅうございます……」


 航太殿が口を寄せて来られて、わらわと……。




「……ミコ…………美狐様! ……美狐様、大丈夫でございますか!」


「……ん? 咲、何じゃ? 航太殿は何処におる? チューはまだかのう」


「美狐様、口を尖らせて何をしておいでなのですか? 大丈夫でございますか?」


「何を言っておる。わらわは『借り物競争』で、航太殿に『愛しい人』と選ばれたであろう……そして今、口づけを……」


「美狐様! 妖術の影響で、まだ幻覚を見ておいでのご様子でございます。借り物競争など競技にございません。しっかりなさって下さい」


「咲よ。何を訳の分からぬことを言っておる。騎馬戦と借り物競争をしたではないか」


「美狐様はリレーの最中に妖術に当たり、しばらく気を失われていたのですよ。その様な競技など……」


「な、何じゃと? 全てが幻覚であったのか……全てが……」


 わらわは悲しみで、また気が遠くなってしまったのじゃ。

 皆が心配する声が聞こえて来るのう……。




「ミコちゃんしっかり! もう少しで保健室だからね!」


 おや、また幻覚かのう。

 航太殿がわらわを抱きかかえておいでじゃ。

 夢であっても、幸せじゃのう……。


 ――――


 白狐姿の美狐様が境内けいだいに戻って来られました。

 無理をなさらない様にとお諫めしたのですが、『航太殿の傍に居るのが一番の薬じゃ!』と言われて、今宵も航太殿のお宅へ行かれたのです。


「今日は航太殿はいたくお疲れの様子じゃった。わらわを抱きしめてモフモフされたかと思ったら、直ぐに寝てしまわれた」


「左様でございますか。美狐様もお早くお休み下さいませ」


「そうじゃ、咲よ。もう一度、妖術で気を失った辺りからの話を聞かせてくれぬか? どこまでが幻覚で、どこからが現実なのか分からぬのじゃ……」


 私は心の中で涙を流しながら、全てが幻覚だとお話致しました。

 木興様にげんいましめられたからでございます。

 再び気を失われた美狐様を、航太殿が抱きかかえて保健室にお連れした事は、航太殿が話さない限り、美狐様のお耳に入る事はございません……。

 そして、私と咲ちゃんですら、航太殿の凛々しいお姿に『キュンキュンしたね!』などと話した事を、決してお話するわけには参りません……。

 美狐様……申し訳ございません。



 今宵のお話しはここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。





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これからも、宜しくお願いします。




磨糠 羽丹王(まぬか はにお)

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