巫女の美狐は天狐の皇女 ～ ミコノミコハテンコノミコ 人に恋して高校へ ～

第23狐 「体育祭」 その１

「あっ！　美狐様！」

「美狐様！」

　美狐様はその場に立ち止まられて、膝から崩れ落ちて行かれました。

　私達は慌てて駆け寄ります……。

　――――

　今日は体育祭でございます。

　朝から雲一つない晴天。人族ではこのような日の事を『最高の運動会日和（びより）』と言うそうでございます。

　人族が運動能力を競うというこの行事。私達が本気を出してしまうと大変な事になってしまいますので、皆は適度に手を抜くようにと伝えております。

　学長のご挨拶など、退屈この上ない時間が流れると、早くも横に並んでいる蛇蛇美達のクラスとの諍（いさか）いが始まりました。

　いつの間に拾ったのか、小石のぶつけ合いが始まってしまいました。人族が大勢いる前で、妖術合戦は出来かねるからです。

「これ、痛いわ！　止めぬか」

　もちろん、美狐様が小石の集中砲火を浴びています。整列しているので、私達が守って差し上げられないのです。

　その時でした、一陣の風が巻き起こり、小さな旋風（つむじかぜ）が蛇蛇美達のクラスの列を襲いました。

「「「「痛いっ！」」」」

　砂粒を強（したた）かにぶつけられた蛇蛇美達から一斉に悲鳴が上がりました。

　後ろの方から、紅様の笑い声が聞こえて来ます。忍ぶ術に長けた紅様が、周りに気付かれないように術を使った様です。

　蛇蛇美達が恨めしそうに紅様を睨（にら）む中、やっと開会の挨拶が終わった様です。

　四組に色分けされた応援席へと向かいましたが、やはり今日も遠呂智族共との諍いが続く様です。

　しかも、今日は諍いだけではなく、色分けされた組同士の競技の結果でも負けるわけにはいかないのです……。

　――――

　午前中の競技は穏やかに終わりました。

　五十メートル走や障害物競争などは、さほど配点も高くなく、組同士の優勝の行方には影響しないからでございます。

　勝負は午後の競技。百メートル走やクラス対抗リレー、余興（よきょう）的な種目で有りながら配点の高い玉入れ等の競技が行われるのです。

　午後の最初の種目は玉入れでございます。

　『玉入れ』とは、高い所に持ち上げられた駕籠（かご）に、お手玉の様な球を投げ入れる競技でございます。人族とは本当に珍妙な事を競うものでございます。

　スタートの合図と共に、一斉に球を投げ込みました。

　この競技は周りを上手に囲めば、術を使っても人族にはバレませぬ。

　結果、私達の組は全ての球が駕籠へと積み上がりました。

　逆に蛇蛇美達組は何故か突風が吹いて駕籠に球が入りません。私達の組の圧勝でございます。

　次の『百メートル走』は、体育祭の花形競技のひとつ。

　足の速い人族の者達が、女子に黄色い声援を受けています。

　私達のクラス代表は、もちろん白馬の王子様こと白馬君。彼の登場に他の組の女子達からも声援が上がります。

「紅様。少し気になる事がございますので、準備をお願い出来ますか？」

「ああ、分かった。あいつはアホかも知れないからな」

　紅様の姿が不意に消えた様になり、何処かへと向かわれました。

　白馬君がスタートラインに立ち構えます。

　そして、号砲が鳴り響くと、皆一斉にスタートを切りました。

　素晴らしいスタートを切る白馬君。

　ぐんぐん加速して、集団から一気に抜け出す白馬君。

　流石はサラブレットの白馬の王子です。応援席から黄色い声が飛びます。

　そして、白馬君がコースの半分ぐらいを過ぎた頃でしょうか、一陣の突風が吹き、白馬君が急激に遅くなりました……紅様の術です。

　あのまま走らせると、危うく百メートル五秒台という記録を作りそうだったからでございます。心配した通りでございました。

　それでも、上手くスピードを調整して堂々の一位でゴールです。

　次の競技は『クラス対抗リレー』です。

　学年毎に各クラスから代表者が出てリレー形式で競うのです。

　私たちのクラスからは、航太殿、華ちゃん、桃子ちゃん、美狐様、白馬君が代表で御座いました。

　万が一の時に備えて、私達がコッソリと妖術で応援する準備も完了。

　配点の高い競技は、全て勝たなければいけないのです。

　蛇蛇美達の不敵な笑いが気になりますが、何が起こっても対応できる様に、皆を各所に配置しているから大丈夫。

　航太殿が号砲と共に走りだされました。なかなか良いスタートです。

　航太殿が走る姿に、胸の前で手を組みながら、目がハートマークになっている女子が数名。美狐様に静様、他にも数名の変化女子が確認できます。

　美狐様の恋路を邪魔したい木興様的には、良い傾向なのかも知れませんが、不機嫌な美狐様に当たられる私達にとってはちょっと……でございます。

　そんな複雑な想いとは裏腹に、一番手を走られる航太殿が、二番手の華ちゃんにバトンを渡すべく駆け抜けます。

　その時でした、航太殿の足が突然もつれたのです。蛇蛇美達の妖術に違いありません。

　転倒しそうになる航太殿を、慌てて華ちゃんが受け止めます。

　華ちゃんの胸に見事に飛び込む航太殿。華ちゃんは何も気にせずに胸に抱きすくめてしまいました。

　男子生徒の罵声と、数人の女子からの非難の声が上がります。

　航太殿は、つくづくその様な運命をお持ちなのでしょうか……。

「私に任せるにゃ！」

　航太殿から無事にバトンを受け取った華ちゃんが、勢いよく駆けて行きます。

　流石は華ちゃん。あっと言う間にまた一番手に返り咲きました。

　次の走者の桃子ちゃんにバトンが渡ります。

　桃子ちゃんはすばしっこい獺（かわうそ）族の上に、ハードなアイドル活動の為に、いつも体を鍛えているので、意外にも足が速いのです。

　一番手を一気に駆けて行きます。速いです！

「「「「「「桃っ子ちゃーーーーん！」」」」」」

　桃子ちゃんの大ファンの男の子達から、野太い大きな声援が飛びます。

　流石は人気のご当地アイドル。

「はーい！　桃子でーす♥　キュ♥　みんな応援ありがとうね！　キュ♥　桃子、頑張るっキュー♥」

　コース上に立ち止まり、振り付きで声援に答える桃子ちゃん。一気に最下位に転落です……。

　最下位でバトンを受け取った美狐様は、疾風の如きスピードで駆け抜けます。

　美狐様は順位を一気に上げると、遠呂智族の者に並びました。

　そして、アンカーの白馬君目掛けてバトン渡す……。

　その時、明らかに遠呂智族の者が、美狐様を邪魔しようと術を使おうとしたのです。

　直ぐ傍に居た静様が、指を差してなにやら術を飛ばされたご様子でしたが、美狐様は不意に遠呂智族の者と場所を入れ替わられたのです。

　静様の妖術が美狐様に……。

「あっ！　美狐様！」

「美狐様！」

　美狐様はその場に立ち止まられて、膝から崩れ落ちて行かれました。

　私達は慌てて駆け寄りました……。

　今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

　今日も見目麗しき、おひい様でございました。