巫女の美狐は天狐の皇女 ～ ミコノミコハテンコノミコ 人に恋して高校へ ～

第16狐 「真夏の恋模様」 その１

　稲荷（いなり）神社の一室では大騒動が起こっていました。

　木興（きこ）様が海水浴に行く事を大反対されているのです。

「航太（こうた）殿と海水浴に行くだけじゃ！　皆も一緒ゆえ、問題なかろう！」

「おひい（お姫）様、なりませぬ。海に行くなど、大変危険でございます！　遠呂智（おろち）共の思う壺にございまするぞ！」

「木興爺（きこじい）は心配し過ぎなのじゃ！」

「ええ。爺はおひい様が心配で心配でなりませぬ」

「ふん！　そんなに心配ならば、木興爺も水着でも着て、わらわに付いて参ればよいのじゃ」

　美狐（みこ）様が勝ち誇った様な顔をされました。

　ところが、木興様はとても嬉しそうな顔をされています。

「おお、なるほど！　それは良き考えでございまするな」

「な、なんじゃと……」

　美狐様が唖然（あぜん）としながら、木興様を見ておいででした。

　木興様が嬉しそうに部屋を出て行かれます……。

　――――

　マイクロバスの車内に、ウクレレが奏でる軽快なハワイアンミュージックが流れています。

　運転席では、赤いアロハシャツにバミューダパンツを履き、麦わら帽子にサングラスをした白髪白髭（ひげ）の老人が、リズムを取りながら楽しそうにハンドルを握っています。

　木興様です……。

　普段のご神職（しんしょく）のお姿とはかけ離れた格好に、私や警護に付いて来た気狐（きこ）達も、動揺が隠し切れません。

　木興様が付いて来られた事で、最初は頭を抱えられていた美狐様ですが、航太殿が横の席に座ると、有頂天になっておいででした。

　舞い上がってしまった挙句、ジュースを派手に溢（こぼ）された上に、お菓子の袋を勢いよく開け過ぎて中身をばら撒（ま）いてしまわれたりと、大変でございました。

　まあ、仲の良さそうなお二人に構っていても仕方が無いので、私は華（はな）ちゃんと紅（べに）様と一緒に、美味しいスイーツのお店の話などして盛り上がります。

　それに、今日はクラスの変化（へんげ）男子達も一緒なので、会話に男の子達も参加して来て、楽しい時間を過ごしながらの移動となりました。

　そんな中、静（しず）様が淑（しと）やかそうに、お独りで景色を見続けられています。

　いつもは冷静沈着で、何にも動じることのない静様ですが、今日は様子が違いました。

　顔が真っ青で、唇を強く噛んでいらっしゃるのです。

「ほほほ。妖術は車酔いには効きませんのよ……」

　バスに乗車する際に、悲しそうに語られる静様が不憫（ふびん）でなりませんでした。

　静様は車が全くダメなんだそうです。

　最強妖術女子の、意外な弱点でございました。

　――――

　運転席の直ぐ横に陽子（ようこ）ちゃんが陣取って、木興様と楽しそうに話をしています。

「木興様、そのサングラス『トムフォント』じゃないですか！　お洒落ー！　素敵ですわー」

「いやいや、年甲斐もなく買うてしもうた。ちょっと派手過ぎるかのう」

「いえいえ、良くお似合いでございます。”イケおじ”ですわ」

「ほっほっほ。そうかのう」

　木興様はご満悦のご様子。

　今日も一段と南国リゾート女子の陽子ちゃんが、木興様のご機嫌を最高潮に良くしている様です。

　明るくオープンな性格と、巧みなスキンシップで男性陣を虜（とりこ）にして止（や）まない陽子ちゃん。

　何だか木興様ですらメロメロの様な気がします……。

　美狐様が警戒されるお気持ちも、分かるような気がして参りました。

　そして、バスの最後部の座席には、驚く様な人達が乗っています。

　蛇蛇美（じゃじゃみ）に蛇子（じゃこ）です。

　誰が誘ったのか分かりませんが、私と時々睨（にら）み合いながらも、楽しそうに過ごしています。

　いったい、どういう事なのでしょう……。

　そんな中、皆に気を配り、お菓子や飲み物を配ったり、気分の悪そうな静様を気遣ったりしながら、甲斐甲斐（かいがい）しくお世話をしてくれる男の子がいます。

　彼の名前は白馬（はくば）君。

　馬の怪異である馬面（うまづら）の変化（へんげ）ですが、なかなかイケメンの上に高身長、馬面の特徴でもある「お世話焼き」が大好きで、女子の間では人気急上昇中なのです。

　付いたあだ名はもちろん「白馬の王子」。

　敵対する蛇蛇美達のクラスにすらファンがいるという話です。

　現に、お世話をしに来る白馬君に、蛇蛇美も蛇子も目がハートマークになっています。

　変化男女達の恋模様も乗せながら、マイクロバスは美しい磯浜（いそはま）の道を抜け、目的地の海水浴場へと向かっています……。

　今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

　今日も見目麗しき、おひい様でございました。