第12狐 「ハグ」 その2

 華やかなステージを終えたご当地アイドルの桃子ちゃん。

 ステージ後の「今日のハグは君だ!」のコーナーで、なんと桃子ちゃんのハグの相手に航太殿が選ばれてしまったのです。

 観客の視線が一斉に集まる中、桃子ちゃんが航太殿の元へと駈け寄って来ました。

 美狐様の目の前で、航太殿と桃子ちゃんが抱き合う事になってしまいます。


「ならぬ!」


 美狐様は向かい合う二人の間に素早く移動すると、両手を広げて立ち塞がられました。

 はたから見ると、ヘンテコな容姿をした不細工な女の子が、可愛いアイドルの女の子を威嚇いかくしている様に見えます。


「あれあれー、困ったなー♥ 彼は君が好きな子だったのかなー?」


 その言葉で会場から笑い声が一斉に上がります。

 桃子ちゃんは上手に緊張をほぐし、場をなごませてくれましたが、言われた方の美狐様の顔は真っ赤でございます。


「そっかー♥ じゃあ、代わりに貴方にハグするから、間接ハグをお願いね♥ キュッ♥」


 流石はアイドルといった対応で、桃子ちゃんは美狐様をギュッと抱きしめました。


「さあ、間接ハグをお願いね♥ キュッ♥」


 桃子ちゃんは美狐様を振り向かせると、航太殿の方へと優しく押し出します。

 途端に会場から「ハグ」コールが湧き起こりました。

 とても断る事が出来そうもない雰囲気の中、美狐様は意を決された様子で、戸惑った表情をされている航太殿の方へと歩き出されます。

 ところが緊張し過ぎたのか、一歩目で自分の足につまづかれて、そのまま転びそうに。

 すると、航太殿が慌てて前に出られて、美弧様を受け止められたのです。

 せずしてハグをした感じになられたお二人。会場から拍手と笑いが湧き起こりました……。


 ────


 会場からの帰り道、何となく照れくさそうなお二人を見ながら、華ちゃんと静さんと顔を見合わせ、苦笑にがわらいしながら歩いていました。

 ところが、紅様が何を思ったのか、急に二人の前に立ち美狐様を指差されたのです。


「ミコちゃん! さっきのは何? ハグはこうするんだよ!」


 言うが早いか、紅様は航太殿の頭を両手で引き寄せ、大きく開いた胸の谷間に顔をうずめさせてしまわれました。

 突然の事に、私達は何も出来ず固まってしまいます。


「な、何をしておるか! 紅! 何をしておるのか!」


 美狐様が慌てて引きはがし、紅様に詰め寄られました。


「美狐様は奥手に過ぎます。のこには、この位しないとダメでございますわよ」


「そんなふしだらな真似ができるか! 嫌われてしまうわ!」


「ははは、お可愛らしい事で!」


 紅様は悪戯いたずらな表情をされて走りだされました。美狐様が怒って追いかけられます。

 とは言っても、本気で争うつもりは無いご様子。幼馴染の女の子同士がじゃれ合っている感じでございました。


 一方の航太殿はというと、それはそれは嬉しそうな顔をされてほうけておられました。恐らく紅様が術を使われたのでしょう。

 いや、使われていないかも知れません……。


 ────


「こむぎーおいで!」


「ケンケン!」


「今日はね、紅ちゃんって言う女の子にね、ハグ……むぐぐ、なんだよこむぎ……息が出来ないよ。そ、そんなに顔に抱き付かないで……むぐぐ……」


「ケン!」


「……こむ……むぐぐ……」


 美しい白狐姿の美狐様が、航太殿の家より戻って来られました。

 何だか意気揚々いきようようとしておられます。


「咲よ。航太殿の息が詰まるくらいハグをして来たわい」


「左様でございますか。それは宜しゅうございました」


 航太殿の顔にしがみ付く白狐姿の美狐様を想像して、それはハグとは違う気がしましたが、幸せそうな美狐様を見て、口を差し挟むことは止めておきました。


 その時、境内けいだいに紅様の姿を見付けた美狐様は、素早く跳躍ちょうやくすると、美しい白狐のお姿を月光にきらめかせながら、紅様に飛び掛かられました。

 気配を感じられたのか、紅様は背中の翼を広げて空に舞い上がります。寸でのところで美狐様の攻撃をかわされたのです。

 それから直ぐに悪口の応酬が始まりました。お二人のじゃれ合いは未だ続く様でございます。



 今宵のお話しはここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。

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