第8狐 「ドッジボール」

美狐みこ様! 大丈夫でございますか」


「あ痛たたた。いきなり妖術を使ってくるとは卑怯ひきょうな」


 今日の体育はドッジボール。

 体育の授業は男女別々で二クラス合同で行われるのです。

 そしてそのクラスとは……生徒の大半が遠呂智おろち族縁者のあのクラスなのした。


 相手は一投目から美狐様を狙った上に、妖術を使って顔面にぶつけて来ました。

 美狐様のお顔に当たったボールは地面に落ちる前に、華ちゃんが素早く取ったので、美狐様はアウトではありません。

 ですが、学校では見目麗みめうるわしくない美狐様のお顔は、妖術を使ったボールが強烈に当たり、真っ赤になっておりました。

 相手の遠呂智女子達は、そんな美狐様のお姿を見て大笑いしております。

 大勢の集まる授業中に、まさか術を使ってくるなど思ってもおらず、全員油断していたのでした。


「おのれ遠呂智め。授業中に術を使って来るとは卑怯な!」


「美狐様、申し訳ございませぬ」


「気にするでない。わらわが油断しておったのが悪いのじゃ! ところでさきよ。このコート内には変化へんげしたものしか居らぬようじゃが、間違い無いか?」


「少々お待ちを……。ええ、間違いございません」


「であるか。ではしずさんにお願いがあるのじゃが」


「何でございましょう」


「コートの周りに結界を張って、他の者には穏やかな遊びに興じておる様に見せる事はできるかの」


「ええ、この位の広さでしたら易々やすやすと」


「では、頼むとしよう」


「はい。うけたまわりました」


 静様が術をとなえるとコートの周りに結界が張られました。途端に相手コートに緊張が走ります。

 センターラインを挟み、お互いに今にも襲い掛かりそうな勢いで構え、しばらくの間ピリピリとする様な睨み合いが続いておりました。

 そんな変化女子のドッジボールを、休憩中の男子生徒が嬉しそうに眺めています。


「女子のドッジボールは可愛いなぁ」


「山なりのボールがポヨーンて。あんな力じゃ相手は倒せないだろうにな」


「まあ、可愛くて良いな。投げる度に胸が揺れて、良い目の保養になるし」


「咲ちゃんとか、華ちゃんとか見てみろよ。ボールが相手まで届いて無いぞ。可愛いなぁ」


 静様が張られた結界のお蔭で、コートの外からは緩やかなボール遊びに興じ、何とも長閑のどかなドッジボールの授業が行われている様にしか見えていません。


 ────


「でりゃーーーーー!」


「……りん!」


「うにゃーーーーー!」


「……ぴょう!」


 華ちゃんと私が投げる剛速球のボールに、静様が更に術を唱えます。

 とんでもない軌道のボールが当り、遠呂智女子が一人また一人と倒れて行きました。

 更に当てたボールは妖術で全てこちらに戻って来るので、一方的に攻撃が続いております。

 そして仕上げは、美狐様の顔面にボールをぶつけた相手に、美狐様渾身こんしんの一投。


「白狐の憤怒ふんど―――――!」


!」


 美狐様と静様の本気の妖術が乗ったボールは、相手の横面よこづらを幾度も張り倒して華ちゃんの手元に戻って来ました。

 したたかに攻撃を受けた相手は、ひざから崩れ落ちていきます。


「授業でなければ、討ち滅ぼしておったわい。全く失礼な奴らじゃ」


「美狐殿は、お優しゅうございます」


「静さん、協力に感謝じゃ」


「ほほほ、楽しゅうございましたわね」


「美狐様! お顔は大丈夫でございますか」


「咲よ。少し痛むが大丈夫じゃ」


 私たちが集まって楽しく話していると、倒された遠呂智女子がヨロヨロと起ち上がり、センターライン際に寄って来ました。

 顔面にボールの赤いあとを無数に付けたままです。


「ふん! 私らごときを倒した位で調子に乗るんじゃないわよ」


「我らは遠呂智族四天王の中でも最……」


蛇子じゃこちゃん、四天王はヤバいよ。違うじゃん……」


「えっ? じゃあ、何にする……十六神?」


「もっと人数居るじゃん……」


「えー、どうするの。三十六神にする?」


「えー、神とかじゃないし。何か他にあるでしょう」


「あーもう、蛇蛇美じゃじゃみうるさいわね! 我らは遠呂智三十六ニョロの中でも最弱の者!」


「蛇子ちゃん……ニョロって……」


 私たちはお腹を抱えて笑ってしまいました。

 特に華ちゃんのツボにはまったみたいで、ニョロニョロを連呼しながら涙が出るほど笑っています。

 遠呂智女子達は、笑われた屈辱くつじょくで更に顔を赤くしていました。


「ふん! この化け猫め! お前なんぞ干支えとにも入れぬ無能者だろうが!」


「やーい! 干支にも入れぬ下級動物ー!」


 遠呂智女子達のあおりの言葉に、私たちは顔を見合わせました。


「のう、静殿。たぬきは干支に入っておったかのう?」


「ほほほ。きつねも入っておりませぬわよ」


わらわ達は下級動物と言われておるぞ……」


 怒った華ちゃんがボールを構えます。


「ほほほ。では華さん、お好きなタイミングでどうぞ」


 静さんの言葉を聞いて、遠呂智女子達は焦り始めました。


「ちょ、ちょっと止めてよー。もう授業は終わったのよー! それは暴力だよ!」


「そうだよ、ダメだよ! 暴力反対ー!」


「……」


「きょ、今日はこの位にしておいてあげるからね! 覚えとけー!」


 遠呂智女子達は捨て台詞を残して、慌てて逃げて行きます。


 こうしてドッジボールの授業は無事に終わりました。

 これは、これから幾度となく繰り返されていく、血で血を洗う変化へんげ族女子体育抗争の始まりに過ぎません……。


 ────


 その夜、美狐様は嬉しそうな顔をして航太殿の家から戻って来られました。

 妖術で付いたボールの痕を、航太殿が優しく撫でて下さったそうです。

 お美しい白狐のお姿のままで、鏡を見ながら幾度もボールの痕を撫でられておいででした。航太殿に撫でられた事でも思い出されているのでしょう。

 恋する乙女の可愛らしいお姿でございます。




 今宵のお話しはここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。

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