2-2.なんで友だちを連れてくるの?


「ちゃんと本人から聞いたよ」

 王子はとした顔で言い訳した。「来るときについでに買い物もしてこようかって提案したんだ。そしたら、『ほかに頼む人がいるからいい』って。……どうせおれも毎日来るんだから、おれでもよくないか?」


「ほかならぬおまえに毎日来てほしくないから、村の男に頼むんだろうよ」オスカーは女主人に同情する様子だった。


「彼女、素直じゃないところがあるんだよなぁ。そこがかわいいんだけど」

 王子は首をふりふり、扉のノブに手をかけた。「スーリ。お客さんが待ってたよ。……入ってもいいか?」


 ジェイデンが彼の肩を軽く押し、男三人は女主人のいる半温室に足を踏みいれることになった。


 ……と。


 従僕である男の目は、まずコンサバトリーの全体を見わたした。椅子が二脚とゲームテーブル、それに数鉢の植物が並べば手狭に感じるほどの小さな温室である。だが、貴族でもない個人の、しかも女性ひとり暮らしの家としてはぜいたくな設備だった。


 日当たりのよい半屋内で、ボードゲームを前に座っている女性が、女主人にしてうわさの白魔女だろう。だが……


(あれ? たしかに、ゲームに興じる男性の声がしたはずなのに……)


 室内を見まわしてみるが、声の主と思われるような壮年男性の姿は見当たらなかった。女性のむかいにある椅子には、ガチョウが一羽たたずんでいるだけだ。家禽かきん類にしては思慮深そうではあるが、男性の声でしゃべるとはとうてい思われない。


 いっしょに入ってきた貴人たち、つまりオスカーとジェイデン王子もおなじように思ったらしく、きょろきょろしている。

「だれかといっしょじゃなかった? 声が聞こえたけど」

 ジェイデン王子が尋ねる。


「サー・ダンスタンといっしょだったわ」

 女主人は、椅子の上でくつろいでいるガチョウを指さした。「……それより、あなたたちはだれ?」

 じろじろと無遠慮に男たちを見まわしている。うわさに聞く魅了チャームの魔法のおかげかもしれないが、それをのぞいてもかなりの美女と言ってよい。綿花の白色をした髪はつやつやと波うち、頬は娘らしい血色、唇はサクランボの深紅だった。


「彼はお客さんだと思うよ」

 ジェイデン王子が自分を指さしたため、彼女の薄い灰色の目がじっとそそがれるのを感じた。

「それから、こっちは友だちを連れてきたんだけど」


「なんで友だちなんか連れてくるの?!」

 女は金切り声をあげた。「この家の収容人数は二人までよ! 出て行って」


「やあこれは、うわさにたがわぬ変じ……いや、個性ゆたかなお嬢さんだな」

 オスカーが苦笑する。

「わたしはお嬢さんではなく、薬草医よ」

「これは失礼、先生」


 苦笑しながら頭を下げた男は、女主人の目にはどう見えているのだろうか。ジェイデン王子とおなじ年ごろで、どちらも貴族らしく整った容姿の持ち主だ。城づとめの娘たちのあいだでは、どちらの貴公子が恋人として好ましいか、しょっちゅう話題にあがっているらしい。


 オスカーは城主の息子で、父から男性らしい体格と金髪を譲りうけている。ぶっきらぼうな性格で、娘たちの相手をするより剣の稽古をしているほうが楽しいように見えるが、その硬派なあたりがいいという娘も多いだろう。


 一方のジェイデンは国王の三男で、ふだんは遠く王都に住み、ここには狩猟のため逗留とうりゅうしている。オスカーよりも女性ウケしそうな、優しげな美男子である。だが、フィリップ伯がなにげなくこぼした言葉によれば、彼が王座に就く可能性もないわけではない――王太子は病弱だし、もう一人の兄王子はすでに隣国に婿に出ている。人望も厚く、そのコミュ力の高さはさきほど目の当たりにしたばかりだ。

 そのあたりが村娘にとって魅力とうつるか、あるいは重荷とうつるか。


 いや――目の前の女性はたんなる村娘ではなく、魔女なのだった。このふたりを両天秤にかけ、どちらも誘惑している可能性だってある。だとしても、たんなる従僕である彼は見てみぬふりをするだけなのだが。


「フィリップ伯の息子で、名前はオスカー。おれにとっては兄弟みたいなものだよ」

 ジェイデンがにこにこと紹介した。「きみに会ってもらおうと思ってさ」

「なぜ?!」

 問われた王子はきょとんとした。「なぜって……好きな子をともだちに会わせたいのって、そんな変かな」


「ひとがひとり増えるごとに、対人ストレスは二倍に増えるのよ」

 魔女は『なにをあたりまえのことを……』という顔で説明した。「できるかぎり、他人とは知り合いたくないわ。依頼人も来たし、帰って」


「でもおれも、きみに用があるんだけどなぁ」

 王子は食い下がった。「さっきの男の声が気になるし……こないだの老女のてんまつも聞きたいだろ?」


 魔女ももちろん負けてはいない。

「だめよ、立ち聞きしないで。そっちの男もよ。依頼人と二人きりにしてちょうだい」

「俺も?」オスカーが自分を指さした。「このあたり、時間つぶすところないよな」


「ダンスタンとでもしゃべってればいいわ」

「ダンスタンって、きみのガチョウ?」

 ジェイデンが白い羽毛のかたまりを見下ろした。「ガチョウ語はわからないんだけど」

「ヒトの言葉をしゃべるから大丈夫よ」

 ガチョウは追随するように「ゴッ」と鳴いた。


「じゃあ、さっきしゃべっていたのは、このガチョウだと言うんですか? ははは」

 冗談だと思ったのか、オスカーが笑った。「これはまた、キチ……愉快な先生だ」



 ガチョウに押し出されるようにして貴人たちが去り、部屋には魔女と自分のふたりきりになった。男は息を飲み、なんとか気持ちを落ち着けるべく胸の上をなでた。


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