幼馴染がメイドカフェのメイドさんになっていた話
月之影心
幼馴染がメイドカフェのメイドさんになっていた話
「いらっしゃいませご主人様!あれぇ?当館は初めてですかぁ?」
店に入ると入り口付近で待機していたメイド服の女の子が、周囲30cmくらいをライトアップしたかのような笑顔で出迎えた。
「あ、は、はい……初めて……です……」
かなりキョドってしまったが、メイド服の子はそんな事慣れっ子だという風に笑顔を崩さないままキラキラと輝く瞳で俺を見ていた。
「そうだったんですねぇ!では私『マイちゃん』が当館の説明いたしますねっ!」
『マイちゃん』と名乗った子は、俺を連れて店の中へと入って行き、奥の方の席へと案内してくれた。
席に着いた俺に、『マイちゃん』は明らかに手書きで作ったノートのようなものを広げて見せて料金システムやメニューなんかを可愛らしく説明してくれた。
「説明は以上ですけど分かっていただけましたかぁ?」
「あ、はい……大体……分かりました……」
「よかったぁ!じゃあ私は戻りますのでぇゆっくりなさってくださいねぇ!」
一緒に会話を楽しんだりいちゃこらしたりオムライス作ってくれておまじないしてくれたり……みたいな事をイメージしていて、それを『マイちゃん』がやってくれるのかと思っていたが、『マイちゃん』は一通り説明を終えると元の入り口付近に戻って待機の姿勢になっていた。
(結構可愛い子だったなぁ……)
なんて思っていた俺はちょっとだけ残念な気持ちになっていた。
これだけでもうお分かりいただけるだろう。
俺は本日、『メイドカフェデビュー』を果たしたのだ。
自己紹介が遅れた。
俺は
都会でも無い田舎でも無い中途半端な街の大学に通う2年生。
実家からは電車で30分程かかる、近くはないけど遠くもないという、これまた中途半端な距離にある。
俺自身、特に目立つようなことはないが、友人連中からは『俺たちの中では一番イケメン』なんて言われる事もあるので、容姿はそんなに悪くはないと思う。
話を『メイドカフェデビュー』に戻そう。
友人周りと話をしていた時、その内の一人がメイドカフェに行って『カルチャーショックを受けた』『行かないと人生8割損する』なんて言い出し、そのうち『俺も行ってきた』『今まで何で行かなかったんだ』という輩も出て来るに連れ、『行ってないなんて有り得ない』みたいな空気になってきた。
俺は根っから真面目……と言うと聞こえだけはいいが、嘘を吐けない性格でもあって、『世羅はもう行った?』みたいに訊かれると『あ……えっと……』と即バレするような反応しか出来ないので、『嘘を吐きたくないなら行けばいい』と思ってデビューとなったわけだ。
長々と説明してしまった。
俺は2~3分ほど席に座って店内……ここでは『館内』と呼んでいたな……をぐるりと見渡していた。
当たり前だが、館内にあるものどれ一つとして俺の部屋にありそうな物は無い。
「お待たせしましたご主人さまっ!」
顔を左に振っていた時、突然背後から可愛らしい声が掛けられた。
俺は慌てて座って右側から聞こえて来た声の方に向き直った。
「あ、はっはいっ!……」
俺の座る席にやって来たメイド服の女の子と目が合った瞬間、俺も、メイド服の女の子もそのままの表情、そのままの姿勢で固まった。
「え?」
「ぅぇっ!?」
「ちょっ!?史弥!?な、なんでアンタがここにいるのよっ!?」
白と黒のリボンひらひらのメイド服を着て少し厚めにメイクをしているがすぐ分かった。
目の前で驚愕の表情を浮かべているのは、向かいの家に住んでいる幼馴染の
晶乃とは幼稚園の頃に知り合って以来、まるで兄妹のように仲良く過ごしていたのだが、大学はそれぞれ別の所へ通うようになり、最近はあまり会っていなかった。
「晶乃!?オマエこそ何でここに……」
「い、いやぁ……」
晶乃は口をモゴモゴさせながら辺りを伺っていたが、奥からの視線を感じたのか、突然引き攣った笑顔を浮かべて俺を見た。
「ごっご主人さまっ!おおお勉強たた大変だったでしょぉ?あまま甘ぁいおおお飲み物おおおおお持ちししましょぉかっ!?」
突然晶乃は客を気遣うメイドの台詞(?)をあたふたしながら早口に言った。
晶乃のナナメ後ろから、多分先輩のメイドさんだろうか……鋭い視線を晶乃に送っているのが見えた。
俺は晶乃のあたふたする顔を見るも、呆気にとられたままだった。
晶乃はすっと俺に顔を近付けるとひそひそと話し始めた。
「取り敢えずここは周りの雰囲気に合わせて。あとで説明するから。」
「お、おぅ……」
晶乃は背筋を伸ばして相変わらず引き攣った笑顔で俺を見ていた。
「じゃあ、甘いのは苦手だから……ホットレモンティーで……」
「かっかしこまりましたご主人さまっ!」
こめかみと口元をぴくぴくさせながら、晶乃は俺にそう言って奥へと入って行った。
3分ほどしてティーカップを持った晶乃が戻ってきた。
「お、お待たせしましたご主人さまっ!」
晶乃がカップをテーブルに置く時、余程手が震えているのか、カップと受け皿がカタカタと鳴っていた。
カップを置いた晶乃は俺の正面に座ると顔をぐっと近付けてきた。
「何で史弥がこんな店に来てるのよ?」
晶乃は周りを伺いつつ小声で話し掛けてきた。
「何でって……俺は……」
俺も釣られて小声にしてここへ来た経緯を話した。
「ふぅん。ま、まぁ『何事も経験』ってところは同意するわ。」
「晶乃こそ何でここで居るんだよ?あの喫茶店のバイトは辞めたのか?」
「あっちはあっちでちゃんと続いてるよ。こっちは友達に誘われて仕方なくやってるだけ。」
『仕方なく』と言いつつ、メイド服の着こなしは感心するくらい完璧だなと、つい上から下まで舐めるように眺めていた。
「なっ、何見てんのよっ!?」
「え?あ、いや、結構似合ってんなと思って。」
「ふぁっ!?」
「それに、見られてナンボの姿してんのに何言ってんだ。」
「ふえぇぇぇ……」
晶乃の顔が真っ赤に茹で上がる。
「ばっ!バカな事言ってないでさっさと紅茶飲んで帰りなさいよ……」
「そうは言うけどセット60分だろ?まだ20分も経ってないぞ。」
「ぅぐっ……」
俺は何だか普段見られない晶乃の姿や表情を見ていて楽しくなってきた。
晶乃はどちらかと言うとボーイッシュな格好を好み、夏はTシャツにホットパンツ、冬はトレーナーにGパンという姿が多く、スカート姿など高校までの制服以外で殆ど見た記憶が無い。
大学生になっても極稀に俺の部屋に遊びに来る時も大抵はジャージだし。
髪型も基本的にショートが多く、伸ばしても肩に掛かるか掛からないかくらいなのだが、多分今はウィッグか何かでくりんくりんの金髪を左右で結っている。
「まぁ時間はあるし、晶乃もバイトなら仕事しないと先輩に怒られるぞ?」
「えっ!?」
目に見えて動揺する晶乃。
「し、仕事するって……史弥相手……に?」
「目の前に居るの俺だし、俺以外の誰相手に仕事するんだよ?」
「うぅ……」
厚めのメイクのせいか、顔色はそれほど大きく変わった感じはしないが、首筋から耳から全部これ以上無いくらい真っ赤になっていた。
「そういや友達が言ってたんだけどさ。」
「何を?」
「何かこう……手でハート作っておまじないとかするんだろ?」
「あ……う、うん……そういうのも……あるね……」
「あれやってよ。」
「な”っ!?」
目を見開き俺を凝視する晶乃は、戸惑いとかそんな言葉では表現出来ない顔をしている。
「あっあれは……そう!あ、あるメニュー限定だから……」
「オムライスとか?」
「何で知ってんのよっ!?」
「じゃあオムライスください。」
「ひぃっ!?」
もうメイクなんか有っても無くても関係無いくらい、晶乃の顔の赤さは熱気となって俺に届いてくるようだった。
「オ・ム・ラ・イ・ス、ください。」
俺は晶乃の背後にちらちらと視線を動かし、『先輩が見てるよ』と目で伝えるようにゆっくりと注文を繰り返した。
それに気付いたのか、晶乃は笑顔と呼べないような笑顔を見せて言った。
「かっ!かしこまり……ました……ご主人……さま……」
『ギギギッ』と古いロボットのような音がするんじゃないかと思うような動きで晶乃は奥へと入って行った。
まぁ、先輩と思われる人はこっち見てなかったんだけど。
暫くして銀色のトレーに黄色いオムライスを乗せた晶乃が戻ってきた。
相変わらず顔は引き攣った笑顔のままだ。
「あれ?何か聞いた話だとオムライスにケチャップで絵とか描いてたりするんじゃないの?」
テーブルの上に置かれたオムライスは、端々にオレンジ色のチキンライスが見える上に黄色い卵が載せられただけの塊だった。
「それを今から描くのよっ。」
照れ隠しなのか何なのか、首筋と耳は赤いまま微妙に晶乃の機嫌が悪くなってる。
「あぁそういう感じなんだね。で、何を描いてくれるの?」
「ネコとかウサギとかが多いけど、基本的にはリクエストとかあったら描くよ。」
「こんな丸い上にイラスト描くとか凄いな。」
俺は何を描いてもらおうかと考えていた。
「晶乃の得意なのは?」
「私はネコを描くことが多いかなぁ。」
言いつつ晶乃は、オムライスの隅っこの方に小さなネコを描きはじめた。
と言っても、ケチャップで描いているので、丸に耳とヒゲを付けるとそれなりにそれらしく見えるというだけらしい。
「それってイラストだけ?」
「ん?どういうこと?」
「文字とかは書かないの?」
「あー、勿論リクエストがあれば書くよ。イラストなんかより簡単だし。」
「ふぅん。よくある『LOVE』とか?」
「そうそう。」
「じゃあ書いて。」
「は?」
妙に戸惑ったような顔で晶乃は俺を見ていた。
「え?何かヘンな事言った?」
「あ、いや、そうじゃ……ないんだけど……」
口籠りつつ上目遣いに俺をちらちらと見る晶乃。
何だかやけに可愛らしく見える。
「何て言うか……史弥相手だとさ……ほら……知り合いが来る事なんか無いからそういうのって抵抗があるっていうか……」
「知らない人相手なら出来ると?」
「そりゃここに来る人はお客さんだもの。ビジネスと思えば演技するくらい簡単なことよ。」
「世の中のメイドさんに恋してる人の夢を砕くんじゃない。」
ん?
「つまり、俺相手だと演技は出来ないってことか?」
「ぁぅ……出来ないって言うか……その……単純に恥ずかしいじゃん……」
「ビジネスだと思えばいいだろ。」
「無理だって!お互い小さい頃から『素』を知ってるわけでしょ。最初から100パーセント演技って分かられてる中で演技するって羞恥プレイだよそれ。」
俺は思わず顔がニヨニヨしてしまった。
「何笑ってんのよっ!?」
「いや、なるほどなーと思ったから。」
「分かったならもういいd……」
「書いてくれると嬉しいんだけどなぁ。」
「は?」
「あー、『俺の名前+LOVE』なんてどぉ?」
「はぃぃぃぃっ!?」
思わず声を上げてしまった晶乃に、周りに居た数名のメイドさんやら客やらの視線が集まった。
『はっ!』と口元を押さえる晶乃。
しかし周りはすぐに視線を戻して元の姿勢に戻り、それぞれの席で談笑していた。
「なっなんで史弥の名前まで書くよの?」
「いいじゃん。ただのリクエストなんだけど。まぁ無理にとは言わないよ。」
「うぅぅ……」
唸り声を上げた晶乃は、諦めたようにオムライスの上にケチャップで俺の名前を書き、それに続けて『LOVE』と書き足した。
「こっ……これでいい?」
「おぉ……何か……微妙に照れるな。」
「私はアンタの100倍恥ずかしいわよ……」
「それで?」
「え?」
「オムライスにケチャップで書くだけで終わりなの?」
「う……史弥……アンタ知ってて言ってるんじゃないわよね?」
「ボクワカンナイ。」
晶乃ががくっと肩を落とす。
「アンタがドSだって事、たった今思い出したよ……」
「失礼な。俺は常に相手の意思を尊重してるぞ。強要なんかした事無いもん。」
「自分がさせたい方向に相手を誘導して『自分で言ったよね』って言わせたいんでしょうが!それをドSと言うのよっ!若しくは責任取らない管理職!」
「ひでぇな。でも晶乃はその通りにしてくれるじゃん。」
「むぅぅぅ……」
落とした肩をきゅっと竦めて情けない顔で晶乃は俺を見てきた。
「それで書いてくれた後は何をしてくれるの?」
「ぇぅ……しないとダメなの?」
「そういうメニューならやっといた方がいいんじゃない?先輩も見てるし。」
「ぅぅ……」
まぁ見てないけど。
再び肩を落として俯いた晶乃が『はぁぁぁぁ……』っと大きな溜息を吐いた。
と、がばっと顔を上げた晶乃は、多少引き攣ったままの笑顔を俺に向けたかと思ったら、左の胸の前に両手でハートを作ってみせた。
「じゃあご主人さまも私と一緒にやってくださいねっ!」
「えっ?」
「美味しくなぁれっ!萌え萌えきゅーんっ!」
「えっ?」
晶乃は開き直ったのか、完全に館内の他のメイドさんたちがやっているのと同じように、胸の前で作ったハートをオムライスに向けて突き出し、恥ずかし気も無く定番のおまじないワードを発したのだった。
いや、寧ろこっちの方が恥ずかしい。
が、次の瞬間、漫画なら頭の上から煙でも吹き出すんじゃないかと思うくらい晶乃の顔はメイクを通り越して真っ赤に染まり、両手で顔を覆ってひたすら『うわぁ!うわぁ!』と呟いていた。
(何この可愛らしい生き物……持って帰りたい……)
と思ったところでセットタイムの60分が残り10分になってしまった。
俺は無言でオムライスを掻き込んだ。
晶乃も無言で俯いたまま俺の正面に座っていた。
「じゃ、じゃあ俺、帰るわ……あ、ありがとな。」
「う、ううん……何か……わたわたしてる内に時間過ぎちゃってて……ごめんね……」
帰り際、店の出口まで見送ってくれた晶乃に振り返って言った。
「また来るわ。」
「お願いだからもう来ないで。」
死んだような目の晶乃の即答を受けて、俺は店を後にした。
(今度家でやってもらおう……)
そんな事を考えながら、来る途中にあったド○キホ○テの店内へと入って行った。
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