第37話

 翌日は朝早くにローサが張り切って準備をし始めてあれよあれよと磨かれた。


「トレニア、迎えに来たよ。可愛いね。では行こう」


素顔を晒しているターナ様は普段着でも王子様然とした姿で絶対平民には混じれていないと思う。『ようやくお嬢様に春が来た』と私は涙目のローサに見送られ、ターナ様と馬車に乗り込み植物園へ向かった。


今日のターナ様には護衛もしっかりと付いて来てくれている。 


「トレニア、そんなに見つめられては僕に穴が空いてしまうよ?」


「はっ!すっ、すみません。今日のターナ様は王子様だなぁとぼーっと考えていました」


「ははっ。良かった、トレニアにはしっかりと男として見てもらえているんだね」


私は顔を真っ赤にする。


「ターナ様は素敵な男性ですよ!?むしろ雲の上、天上人だとさえ思っている位ですよ?」


「では私、ターナ・グレイルはトレニアの婚約者候補に入れてもらえるかな?」


「ひぇっ!?突然、こ、婚約者候補で、ですか??」


ターナ・グレイルという事はグレイル伯爵家子息なのね!?


「私は平民ですよ?伯爵位の方とはお付き合いも難しいのではないですか?」


ターナ様は不思議そうな顔で私を見つめている。


「トレニアは知らなかったのかな?ファーム薬師長はトレニアが希望すれば養女として迎えると豪語しているし、ナザルも公言している。


君の実家も君に復籍願いを渡してるんじゃない?君の実家から俺を含めた薬師達の家に本人が希望したら養女にさせてもらえないかって話を貰ってる。貴族だからとか平民だからとか気にしなくていいんだよ?」


ええっ!?


お父様は私の知らない所で私が貴族に戻れるように手配してくれていたのね。少しウルッとしていると馬車は植物園に到着した。


「さぁ、我が姫。お手をお取り下さい」


笑顔で差し出されるターナ様の手。うぅ。流れるような仕草でなんて素敵なエスコートなの。


「ターナ様、眩し過ぎてクラクラしてしまいます」


「それは嬉しいな」


 私はターナ様の手を取り植物園を見て回る。やはりターナ様は優秀な薬師だけあって植物にも詳しい。


けれど、ふと思ったの。


王子様然の男にエスコートされながら。


この植物を乾燥させて何gを混ぜ合わせて~と嬉々として話す内容が一般のご令嬢には向かない内容だと。ターナ様が物凄く上機嫌で話をしている姿を見てクスッと笑ってしまった。


「トレニア?何か可笑しな話だったかな?」


ターナ様はふと話を止めて不思議そうに聞いてきた。


「いえ、ターナ様。ターナ様の話はとても楽しくて深く聞き入ってしまうんですが、ふと私以外のご令嬢は嫌がるのかなと思ってしまっただけです」


「あぁ、そうかも知れない。俺の若かりし頃、婚約者を連れて植物園に来て植物の話を熱心にしていると彼女はいつしか顰めっ面になっていて怒って1人先に帰って行ってしまった事がある。その後も何度かお茶をしたけど、話が合わなくてね。結局、婚約解消になったんだよね。


その後、何人ものご令嬢達が婚約者になりたいと言われてデートをしたんだけど、誰も俺と合わなかったみたいで皆途中で怒って帰っていったんだ。まぁ、仕方がないね。


合わないと婚姻してからの人生捨てたようなものだし。俺はトレニアに会えて良かった」


何という事!?


数多のご令嬢達が付いていけない程の癖のある人だったの!?


「そうそう、婚約解消はナザルやレコルトも似たような理由で今は婚約者が居ないからね?俺だけじゃない」


ターナ様は意気揚々と言っている。ナザル薬師もレコルト薬師もか!?驚きで開いた口が塞がらないわ。


「ターナ様、お家の方は結婚をどう思っているのですか?」


「トレニア、心配しなくても大丈夫だ。両親は早く孫が欲しいと次々と見合いを勧めていたが、令嬢達が挙って拒否していくので最近は諦めたらしく何も言わなくなった。爵位関係なく君を見れば喜んで嫁に来てくれと言うと思う」


その辺の障害は無いのね。


というかいつのまに私が婚約します的な感じになっているのかしら。いや、この2年仕事も一緒にして話す内容も面白くて尊敬していますよ?植物園での業務の延長かとさえ思う話も私には楽しかったですし。誠実そうだし、女っ気もない。格好良いですし。


あれ?反対する要素が無い…?


いや、でも私は2度も振られているのよ。自分では男を見る目が無い事は確かよね。

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