コネクト・エラー


「父ちゃん、ちょっと……」

「どうした、空?」


 俺はスマートフォンの画面を見ながら、最後の砦と言わんばかりに、父ちゃんにすがった。どうも数日前から、お気に入りのBluetoothヘッドセットの調子が悪い。普通に聞こえるのだが、接続のダイアログが、他の人のデバイスにも出てきたかと思えば、どうやら誰も彼もが俺のヘッドセットに音声データを飛ばしてくる。


「……あぁ、これな。ファームウェアアップデートのエラーなんだよ。スマートスピーカーのアップデーターと混同して、リリースしちゃったんだよな。今、開発の奴らが徹夜作業で対応中だから、もう少しだけ待っていてくれよ?」


 そういうことなら、と納得する。先方に表示するだけならまだしも、勝手に接続されるのだ。誰か知らない人の音声や動画データが、勝手に俺のヘッドセットから再生されるのだから、気分は盗聴犯である。


 父ちゃんの会社が開発したヘッドセット。テストプレイを兼ねて使用させてもらてちるワケだけれど、こうなると一刻も早く早く修正されることが望まれる。


(もうちょっとの辛抱かぁ)

 俺は小さくため息をついた。







■■■






 公園のベンチで、ぼーっとしながら、ヘッドセットを耳に嵌める。学校の昼休憩で、ぼーっとしながら、音楽を聴くのが、俺の憩いだった……のだが、誰のスマートフォンの音声を拾うのか、気が気じゃない。


(でも、公園ココなら大丈夫でしょ)

 それじゃ、アプリを再生させるとしますか!


 ――冬君、こっちこっち!

 ――雪姫! こっちこっち!


 ドコかで聞いたことのある声が飛び込んできた。

 見れば、が、道路側でブンブン手を振り合っている。


 ――ごめん、遅くなった。じゃ、通話は切るね?

 ――もうちょっと、このままが良いかな?

 ――へ?


(何言ってるの、姉ちゃん?)


 ――近くて、離れているって、不思議な感じしない?

 ――それは、確かに……。

 ――冬君、あのね。

 ――うん?

 ――大好き!


(オフ! オフ! 接続オフ! 耳が腐る! 爛れる! 腐っちゃう!)


 プツンと切れる。違う音声が流れてきた。


 ――つーちゃん、今度の日曜、空とデートなんだって?

 ――違うよ、お出かけするだけ!


 なんで、こういう音声ばっかり拾うの? 今一番、気になる人と悪友の会話。接続をオフにしたいのに、指が止まる。何故かできない。


 ――ま、どっちでも一緒じゃん? 他のヤツとは行かないつーちゃんが、空とは行くんだもんね?

 ――ち、ちが、違うから。ただ、空君は安心できるって、いうか。ただ、その……それだけだから!

 ――うんうん。安心しちゃうもんね。ついでに、その勢いで気になる人の相談もしちゃったら? 好きな人が、全然振り向いてくれないの。それは、実は君の――。


 接続を切る。

 聞くんじゃなかった、って思う。

 胸が疼く。


(翼の好きな人……?)


 誰なんだろう。

 ぼーっと、青空を見上げる。


 もう、どこの音声も拾わない。

 音楽アプリから流れてくるのは、期せずして、失恋ソングで。曲を変える気力も無かった。


 漫然と、音楽を聴きながら。

 いつのまにか、俺は睡魔に誘われていた。







■■■






「空君、風邪ひいちゃうぞ?」


 最近、よく聞く声が響く。

 うっすら目を開ければ、上空は朱色に染まっていた。

 ふぁさっ、と何かをかけられる。


(暖かい――)

 

 ブレザー?

 翼の上着をかけてもらったの?

 でも、そんなことをしたら、翼が寒くなって――。


「空君の手、暖かいね」

 この手を握られた。


 ――好きだよ。


(……へ?)


 いや、流石にこれはヘッドセットの故障じゃないよね――?


 ――でもね。

 声が響く。

 ――そういう無防備な顔、他の子に見せたらダメなんだからね?


 髪を撫でられる、そんな感触した。


 ――いつか言うよ。

 ――ちゃんと言うから。

 ――だから、ちゃんと聞いてね。


 甘い感情が俺の耳元で囁かれて。


(……それは誰に対して?)


 翼の本音に、接続コネクトできたら良いのに――いや、やっぱり良い。心の中で、首を横に振る。だって俺が、ちゃんと自分の口で言いたいから。

 やっぱり、抑えられない。人任せになんかしたくない。


(でも、今は……)


 だいたい、こういうのは、夢オチって決まってるから。それなら……夢の中ぐらい、素直になっても良いよね?

 俺は、翼に向けて、手をのばして――。






■■■










「ちょっと、空君? それは、大胆っていうか……嬉しいけれど……でもココ、公園だし……や、んっ、ダメだって。……空君、お願い! ちょっと、待って?!」









________________


【作者からの蛇足】

尾岡家長男のヘッドセットが、その都度

第三者に(笑)デバイスの接続許可を求めてくるんですよね。


まぁ、接続はできないんですけれど(笑)

そこから、ふと思いついたので。


エッチな動画を流されて、それを翼に聞かれる空君を妄想したのですが(笑)

結果、こんな形で落ち着きました。


接続コネクトした声は

夢?

それとも

現実?

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