◯◯◯が町にやってきた!(Halloween.Edition)
「たまには、こういうの良いわね」
ふふん、と母さんが笑う。俺はひきつった笑いを浮かべるしかなかった。
『今年もやってきましたー、ハロウィンパーティー百鬼夜行!』
瑛真先輩のMCに、大きく盛り上がる町内会の面々。いや、色々まぜ過ぎだからね。
『今年はなんと、上川君のお母さん、上川小春さんも参加ですよー! アイドル、神原小春時代の名作映画”セーラー服とアサルトライフル”みんな、知ってますよねー?!」
音無先輩の解説に、拍手喝采である。年甲斐もなく来たセーラー服が似合ってるから、息子としては頭が痛い――。
すちゃ。そんな音がした。
「えっと……なんで、銃を突きつけるのかな?」
「冬がよからぬことを考えていた気がしただけ」
チュって投げキッスをするあたり時代を感じるんだけど――。
と、ズギュン!
そんな音がしたと思えば――額が、痛い?!
(へ? コルク玉?)
「あ、言ってなかったけど、そのアサルトライフル、僕が改造したんだよね」
光が呑気な声で今さらなことを言う。
「何やってんのさ?!」
俺の抗議は予想通り、スルーだった。
「冬が雪姫ちゃんばっかり見ないようにね?」
にっこり笑ってそう言う。いや、母親を見るより、そりゃ可愛すぎる彼女を見るでしょ? 特に今年の雪姫のハロウィン仮装は、白雪姫なのだ。そして、光や黄島さん達が七人の小人に扮して。でも解せないのは、俺がなんで王子様? いや、そりゃ他の男子が王子様役だったら、きっとモヤモヤして抑えられないけどさ。
「trick or treat?」
雪姫がにっこり笑って言う。あ、これはまたロクでもないことを考えている顔だ。俺は慌てて、お菓子を取り出すのが――遅かった。
「お菓子を早くくれないかから、イタズラしちゃったよ?」
あっという間に唇を雪姫に攫われてしまう。
「……このバカ姉! 公衆の面前で何やっているのさ!」
空君が頭を抱えている。でも、お祭り気分で高揚しているのは、君のお姉さんだけじゃないみたいだけどね?
「trick or treat?」
「へ?」
「せーの!」
見れば、高台から空君めがけて、天音さんがジャンプしてきた。反射的に受け止めるのだから、流石の運動神経だった。
「……な、な、何してるの?!」
「お菓子をくれないから、イダズラしちゃうよ大作戦ダイサクセン?」
「ちびっ子が真似するから本当にヤメて!」
空君の抗議もごもっとも。そもそも高台からだと、お菓子をあげようもない。
「それなら、僕も。trick or tr――」
「ひかちゃんが、私にイタズラ? 100年早いんじゃない?」
黄島さんは、ひょいっと一口チョコを、光の口に押しこむ。その後、まるで口紅をひくように、光の唇を指先でなぞって。
「あ、彩音?」
「ひかちゃんをドキドキさせるの、続行中だからね」
にっと、黄島さんが悪い笑顔を浮かべていた。
「お前ら、なに人前でイチャついてんの?!」
「大國先輩、それ俺のセリフ」
「お前もだよ、ゆーちゃん弟!」
大國が怒りを抑えていると言わんばかりに、体をプルプル震わせる。そう悪態をつきながらも、このハロウィンイベントに協力してくれるので、結局こいつも、良いヤツだよなぁって思う。
「だから、上川! お前はそういう恥ずかしくなること、なんで、さらっと言っちゃうの?!」
おっと、声に出ていたらしい。と、くいくいと俺の袖が引っ張られたことに気付く。
「へ?」
見れば、子ども会のメンバー、テツ君が真剣な眼差しで俺達を見上げていたのだった。
■■■
「なるほどね。ハナちゃんのお父さんとお母さんが、お仕事……と。だから、ハロウィンイベントに出られなかったワケね」
イベントの途中だけど、俺たちはテツ君の話を聞くため、ベンチに座り込む。なんとなく、ハナちゃんの気持ちに共感してしまう俺がいた。だって、こういうイベントは、親子参加がセオリーだ。周りと自分を見比べて、自己嫌悪してしまうのが常だったから。
「だけどさ、無理強いはできねぇだろ?」
大國の言葉にコクンとうなずきながらも、俺はメモ帳に走り書きをする。
「……冬希?」
「光、こういうシナリオ書けない?」
「へ? あぁ、そういうこと――」
そう言いながら、そのメモに追加で、走り書きをしていく。
「……やっぱり冬君と海崎君って仲良しだよねぇ」
隣では、雪姫がぶすっ頬を膨らませていた。
『これはあれですね、瑛真ちゃん。言うなれば瞬間ヤキモチ器!』
『音無ちゃん、うまい! でも、キナコ餅はもっと美味い!』
一口メモ。瑛真先輩はきな粉餅がお好き、と。けれど、そんなことを考えている場合じゃなかった。
「町内放送で、先輩ら何を言って――」
『だったら、公衆の面前でイチャつくなし!
『だったら、公衆の面前でイチャつかないでくださよー!』
二人同時に言うから、スピーカーのハウリングがひどい。そして、俺たちへの扱いがもっとひどい。でも、そんなことよりも俺のお姫様のご機嫌をなおすことが最優先だった。
「だって、雪姫はこういうの苦手でしょう?」
「え?」
雑にイタズラ書きを進める。
ちょっとリアルに描いたソレは……。
――ゾンビ、だった。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
雪姫の絶叫が、町内中に響き渡ったのだった。
■■■
「まさか、ゆっきがホラーが苦手だったなんてね。全然知らなかったよ」
そう黄島さんが苦笑する。でも知らなくて当然だって思う。だって、あの日が境なのは間違いない――雪姫が暗闇に怯えるようになったのは。
でも、それ以前に想像力が豊かな雪姫のことだ。もともと怖がりだったんじゃないかと思ってしまう。ただ、お姉さんであることを期待された雪姫は、表情に出さないように努めていただけで。
だから、その手をしっかり握ってあげる。すると、雪姫が安堵したように吐息を漏らした。ただ、雪姫は周りに見まいと、俺の胸に顔を埋めようとする。その姿は、まるで猫のようだった。
『はいはい、そこでイチャイチャしていないで、本番行くからねー』
『みなさん、準備は良いですかー?』
だから町内放送で、ツッコんでくるなし。
『3、2、1――』
音無先輩のカウントダウンに、みんなが追随する。見れば、公園に設置されたエキシビジョンモニターには、ハナちゃんの家が映し出されていた。撮影はドローンで。その家の前に佇むのは、上川小春――俺の母さんだった。
ドアチャイムを鳴らす音が響く。
「え? え? 上川小春さん? ウソ、冬希お兄ちゃんのお母さん?!」
モニター越し、ハナちゃんが狼狽する声が響く。俺は身内なので、何も感じないが、当初、ハロウィンイベント会場での熱狂は凄まじかった。元アイドルにして現Up Riverの社長、上川小春だ。colorsの仕掛け人として、取材を受けることも少なくない。まして、Up Riverオーディションの最終選考は、必ず母さんが立ち会う。アイドルに憧れる子にとって、上川小春は象徴的な存在なのだ。ハナちゃんとて、例外じゃなかった。
と、モニターから見えるくらい、母さんが小刻みに体を震わす。
「へ? え? え?」
唖然として、それからハナちゃんが、慌てて駆け寄る。優しい子だなぁって改めて思う。そんな子を騙すのは非常に心苦しいが、今日はハロウィンイベント。多少のことは許してもらおう。
髪を振りまわす母さんはのたうち回る。その迫真の演技に、見事にハナちゃんの死角をつくることに成功した。その瞬間、母さんはゾンビをイメージしたマスクを装着する。
「え……え? ウソ?」
無言で、ハナちゃんに近寄ろうとする。パニックになったハナちゃんは、それがマスクだと気付かない。見れば、母さんの後ろからゾンビの特殊メイクにした町内会のみなさんが追随していく。できれば、ゾンビじゃなくて、人の魅力を引き立たさせるメイクをしたいと思うけど――まぁ、言い出しっぺは俺だから仕方がない。
「そろそろだね」
そう光が、画面を見てニヤリと笑う。
「ハナちゃんを離せっ!」
そう、叫んだのはテツ君。水鉄砲を噴射していく。セリフが若干棒読みなのは、片目をつぶりたい。ゾンビに当たった瞬間、そのメイクが崩れていく。水溶性で、さらにその顔がおぞましいものになっていくところまでは計算通り。
「「い、い、いやぁぁぁぁっ!!」」
画面のハナちゃんと一緒に、雪姫まで悲鳴をあげるのはどうしてか。俺に抱きついたかと思えば、ちっとも離れてくれない。
「……そろそろなんだけど?」
黄島さんにジト目で言われるけど、仕方ない。雪姫がちょっとだけ、勇気がもてるように、おまじないをする。白雪姫は王子様にそうされることで、目を醒ましたように。
優しく、軽く、でも暖かく。雪姫の唇に触れて。
『『……そろそろなんですけど?!』』
町内放送のアナウンスで突っ込むの、本当にヤメて?! それからドローンでの撮影もね?!
■■■
――ちょっと、遅いから!
そんな母さんの小言はさておいて。
俺は雪姫の手を引いてエスコートする。
その手には、かぼちゃの灯籠。ジャック・オー・ランタンだった。夕焼け時、仄かに中の電飾が灯る。そして、その刹那。強烈な閃光が、あたりを照らす。ゾンビ達がのたうち回った。そんじょそこらのエキストラよりも、演技が様になっている気がする。ゾンビ限定だけど。
と、俺は雪姫の背中を押す。ここからは、雪姫のお仕事だ。
「……雪姫お姉ちゃんと、冬希お兄ちゃん……? まさかハロウィンの?」
ハナちゃんご明察。流石にバレるか。でも、だからといって『ドッキリ大成功ー』で終わらせるワケにはいかないのだ。だって、俺たちはハナちゃんに、このハロウィンイベントに参加してほしいから。
コホン。雪姫が小さく咳払いをした。背筋をすっとのばす。目の前にゾンビが見えないこと、それから俺がしっかり手を握っていることが大きいんだと思う。
――手を離したら、絶対イヤだからね。絶対だからね!
涙目で言われたら、仰せのままにと言うしかない。
と、雪姫がすーっと、深呼吸をした。
「……勇敢な男の子と女の子に、このランタンを託します。このランタンは、醜き者を退かせる力があります。でも、万能ではありません。陽が落ちる前に、聖なる鐘を鳴らしてください。これは、あなた達にしか託せません」
そう言って、慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、ランタンを二人に渡す。小学生の二人がやっと持てる重量。ちなみに雪姫の言う【聖なる鐘】とは、お寺の釣り鐘――
「頼みましたよ、子ども達――」
と雪姫が用意したセリフを言い切る前に、ハナちゃんが俺の手を取る。
「そういうことなら、行こう? 王子様?」
ハナちゃんが、ニッコリ笑って言う。カボチャのランタンを、テツ君と雪姫に押しつけて。
そして、ハナちゃんが走り出した瞬間、ゾンビの皆さんが追いかけてくるシナリオ通り――上川小春と町内会の皆さんがが追いかけてきた。
「……い、い、いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
雪姫の絶叫とともに、ゴツンと鈍い音がして、人の体が――大國が宙を舞うのが見えた。
「……どうひて……?」
ガクッと大國が意識を手放した。
〈こちら光。圭吾が下河に清々しいまでに、ぶっ飛ばされたよ!〉
〈ひかちゃん、どうしよう? ゴリがラスボス予定だったじゃん?〉
〈やっぱり姉ちゃん、最強説だね〉
〈ていうか、今気付いたけど。私をゾンビ役にするの、冬、ひどくない?〉
〈かくなる上は、瑛真ちゃんが、ラスボスに?〉
〈なんで私?!〉
〈ほら、リア充を呪う、嫉妬にかられた大怨霊って設定でイケる――〉
〈音無ちゃん、ケンカ売ってる?!〉
そんな声がBluetoothのヘッドセットから聞こえてきた。ま、でも後のことはみんなに託すとして。俺は雪姫に手をのばす。
「おいで。俺のお姫様」
「――うんっ」
雪姫は問答無用で、俺の腕に抱きついてくる。
「ハナちゃん、重いぃ……」
ランタンを一人で持って走りながら、すでにテツ君はヘロヘロだった。
「もう仕方ないなぁ、テツ君は」
クスリと笑いながら、ハナちゃんは、俺から手を離して――ランタンにその手を添える。まるで、お神輿を担いでいるみたいに見えるけれど。俺も雪姫も、ランタンにこの手を添えた。
「「「「いっけぇぇぇぇぇっ!」」」」
四人の声が重なって。
無我夢中で走る。
夜の帳が、落ちるまでもうすぐ。
でも、ハロウィンインベントはまだまだ終わらない。
だって、ね?
(クソガキ団を舐めちゃいけないよ)
これで終わらせるつもり、毛頭ないからね。
キャンドルナイト開始まで、あと2時間。
でも、その前に――。
「「ハッピーハロウィン」」
俺と雪姫の言葉が、笑顔で重なったんだ。
________________
作者注釈
※1 タイトルの正解は「ゾンビが町にやってきた」でした(ひでぇ
※2 この短編集もとい本編の閑話、時系列はかなり適当です。思考をからっぽにしてお楽しみください(へでぇ
※3 ジャック・オー・ランタン
アイルランド、および、スコットランド(いずれもケルト系文化が色濃い)に伝わる鬼火のような存在【ウィキペディアより引用】
※4 テツ君とハナちゃん
短編集に掲載している「公園のベンチ」にテツ君とハナちゃんは登場しています。
※4 作者とアップダウンサポーターズから皆様に!
「「「「「ハッピーハロウィン!!」」」」
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