your fragrance(EP105読了推奨)



 まぁ、油断していたんだと思うよ。

 私も悪いなぁって思うし。家って無防備プライベートな空間だから。まして昨日は金曜日。多分、つーちゃんと空が、夜遅くまでゲームに興じていたのは容易に想像ができる。明らかに約束なしで、突撃訪問した私が悪い。


「あ、あの……みーちゃん、これは違うの……その、何て言うか。ちが……」


 しどろもどろに言う天音翼が、私にはやけに新鮮だった。

 それでは、今日のつーちゃんのコーデを紹介しよう。


 以前、空から借りて。返しそびれたジャージ上下。ただし、返しそびれたと言うには、やや意図的だと思ってしまうけれど。


 それから、バスケのレジェンド。通称スカイウォーカーをデザインに組み入れたTシャツ。あれは空が、小学生の時に来ていたヤツだ。


 雪姫さんと春香さんが、大掃除の時にお願いして、こっそりとつーちゃんが頂いた一品である。


 ――私、スカイウォーカーが好きなんです!


 そう嬉々として言っていたと後に、雪姫さんから聞く。でも、私はつーちゃんの推しがスカイウォーカーのライバルプレイヤー、スナイパーエンジェルだって、私は知っているんだけれどね。


 まとめ。学校のアイドルと言われている子と思えなくらい、見事にダサダサコーデだった。


「だから、これは、ちが、違う、違うから――」


 狼狽するつーちゃんを見やりながら思う。うん、全然、違わないよね?


「まぁ、共通のモノを所持したい欲求は分からなくもないけどね」


 ピクン。つーちゃんの眉が動く。


「……みーちゃんも?」


 決定的に、つーちゃんとは違うけどね。そう苦笑して。


「私はあー君からもらったミサンガが、宝物だからね」


 手首に巻き付けた、カラフルなミサンガを見せる。これはあー君の手作りなのだ。あー君は、あー君で空に負けないように、いつも一生懸命、考えてくれている。そんなに賢明にならなくても、私は空の恋愛対象じゃないし。私の初恋はもう終わったんだけれど。今は黄島彩翔という男の子に、恋している自分が確かにいるから――。


「みーちゃんは、匂いにこだわりって、無いの……?」

「ないかな?」

「そ、そう……」


 あからさまに、肩を落としてガッカリした素振りを見せる。

 学内のアイドル、天音翼。

 誰かさん限定で、匂いフェチだってことを、まだ誰も知らない。






■■■





「空君、タオル借りるね!」

「ば、ばか! 何を言ってるのさ?! それ、俺が汗を拭いたヤツだから――」




「空君の帽子ハット格好良いよね?」

「なんで被るんだよ?」

「似合う?」

「俺より似合うの悔しいけどさ」




「なんで翼が俺のパーカー着てるのさ?」

「えっと……ちょっと肌寒くて……。それよりも、脱ぎ散らかしてたらダメだと思うな。ちゃんとハンガーにかけないと」

「翼は俺の母ちゃんか」




「天音さん、汗かいたでしょ? なんなら俺のタオル使って――」

「人のタオル使うわけないでしょ? イヤだよ、汗くさいし」

「いや、未使用だって! なんか、下河との落差ひどくない?!」


 思い返せば、こんな日常が繰り広げられていて。



 男子諸君、そりゃ落差は当然あるって。スタート地点がまるで違うしさ。君たちが見ようとしない、天音翼を、空はしっかりと見ているから。





■■■





「みーちゃん……」

「知らない」


「空君の匂いのするグッズが欲しいよ」

「知らないって」


「幼馴染のコネで、そこをなんとか!」

「イヤだよ! 私が匂いフェチだって思われるじゃん?!」

「別に、私は匂いフェチじゃないもん。ただ、空君限定というか……」


 それがもう重症なんだって。私は思わず苦笑が漏れる。どうして、こうなったのかと思い返せば、やっぱり【澤】での一件からかなって思う。


 つーちゃんは、空のバスケットボールを、なんとしても探してあげたかった。

 空は空で。立ち入り禁止区域【澤】に行ったつーちゃんのことが、心配でたまらなかった。


 衝動、ってああいうことを言うんだと思う。


 空のために必死だったつーちゃん。つーちゃんのために、言い訳を捨てた空。あの二人を見ていると、匂いフェチじゃないはずの私まで、甘い香りにあてられる――そんな錯覚を覚える。

 と――。


「翼ー? 空君が来たけど?」


 リビングから、つーちゃんのお母さんの声。はっとして、目の前の親友は自分の口を両手でおさえた。

「もう、そんな時間?!」

「翼? 上がってもらったら良い?」


 ノックする音がしたと思ったら、ひょこっと、つーちゃんママが顔をのぞかせて、そう言うのだった。


「今日は一緒にお勉強する予定だったもんね?」

「そーだけど! そーなんだけど! ちょ、ちょっと待って!」

「お部屋で待ってもらったら良い?」


 つーちゃんママはニヤニヤ笑って言うから、人が悪い。つーちゃんが、空と待ち合わせの時、洋服はもとより、髪型の細部までこだわっているのだ。


 まぁ、ニブチンの空は、きっと気付いていないと思うけど。


 ワタワタしているつーちゃんを見ながら思う。

 誰かさん限定の匂いフェチ。


 でも――。

 そんな、つーちゃん本人から、今にも甘い匂いが漂ってくる。そんな気がしたんだ。





■■■






「それで、みーは、気を使って帰ってきたの?」


 とん、と卓上テーブルの上に彩翔あー君はミルクティーを置く。冬希さんや雪姫さんのように、抽出からじゃなくて、あくまでインスタントだけど。砂糖とミルクの配合が私の好みを知り尽くしていた。


(だいたい、カフェが開けるレベルで、お互いをおもてなししちゃうとか、異世界転生レベルよね)


 あの二人は、それができちゃうことそのものが、チートだって気付いていないのだ。普通の高校生は、豆からブレンドして、焙煎、ドリップなんかしなし。紅茶を茶葉から選んで、適温で抽出することもしかりだ。


「……だって、二人をジャマしちゃ悪いと思ったし。あの甘い匂いにあてられそうだし」


 つーちゃんが、空に積極的なのは今に始まったことじゃない。でも、空も最近、つーちゃんに、あまりにも無防備で。放っておいたら、すぐに甘い空気と匂いを醸し出していることに、当の幼馴染バカはまるで気付いていないのだ。


「みー?」


 つい先程まで、あー君の膝でくつろいでいたモモが、私の膝に飛び移る。見れば、鼻をヒクヒクさせた。



 ――みーちゃん達も、大概だからね?

 なんだか、そんな風に笑われた気がした。


 甘い紅茶の匂いが漂って。


 唇から唇へと伝わる、ミルクティーの残滓。無味無臭なはずなのに、たしかにある幸せの香り。今この瞬間、あー君の匂いを感じてしまう。


 この香りにずっと抱かれたい、そう思ってしまう私も――本当に、大概だった。






■■■






「みー?」


 モモが鳴く。尻尾が触れてくすぐったい。でも、そんなことはどうでも良いくらい、あー君の匂いに、満たされて。


 空に恋をしていた時があった。

 あー君はそれを知っている。


 でも、空の香りを塗り替えるように。あー君は何一つ妥協をしなかったんだ。怒りや否定、嫉妬じゃなくて。全部、受け入れて。そのうえで、私に向き合って。私だけに心を砕いてくれたんだ。いつの間にか恋しちゃった私は、単純なんだろうか?


(だから、誰かさん限定で匂いが好きって……まぁ、分かるんだけどね)


 今も現在進行形で、そんな匂いに抱きしめられながら、そんなことを思う。無味無臭だけど、溢れて止まらない、幸せの匂いに包み込まれて。


(でも、ね。モモ――)

 恥ずかしいから、そんなに鼻をひくつかせないで?







________________




今回は本編EP105にmakanoriさんから寄せられたコメント。

「あれ?ということはカミニャン達じゃないあの二人も似たような癖ないしはフェチズむが?」

こちらに対してのリプライでした^^;

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