赤ずきんの誘惑
「イヤだって!」
うん。お前が拒否するのは、分かっていたよ、空。
「頼むよ、空。バスケ部を助けると思ってさ」
拝み倒してみる。が、そんなことで靡くのなら、苦労はしない。この幼馴染は兎角、人が良いクセに面倒くさいのだ。
「あのね、彩翔。バスケ部に、人はたくさんいるでしょ? ピンチヒッターは俺じゃなくても――」
「天音さんからのご指名でも、か?」
俺はもう切り札を出すことにした。
「なぬ――」
「天音さんからの伝言をそのまま伝えるな? 『この前のDVDの件はこれで不問に処します』だって。なんのこと?」
「にゃ、にゃ、この前埋め合わせしたじゃんか!」
空氏、顔が真っ赤である。やっぱり面白いなぁ、この二人。
「埋め合わせ?」
「……こんなことなら、恋するパンケーキなんか注文しなきゃよかった……」
「空、お前……それ天音さんと食べたの?」
目を丸くする。Caafe Hasega新名物「これ注文するってことは、君に恋しているに決まってんJYAN! カモン恋するパンケーキ!
彼女持ちの俺でも、注文するに躊躇う一品を、
「た、食べてないから!」
だから空氏、顔が真っ赤だって。俺は苦笑しながら、ここらへんが引き際か、と思う。
「仕方ねーじゃん、空が子ども会と一番、パイプあるし。やりやすいだろ? 保育園の子らも楽しみにしていたから、さ」
そもそも児童劇団の観覧が保育園で予定されていたのだが、このご時世。covid-19による劇団内クラスターにより、公演中止。保育園の行事が後をつかえており、大々的に時間を取ることが難しくなったのだ。
そんななか、白羽の矢を――掴んできてしまったのが、我らが湊さんだったのだが、そこについては割愛しよう。俺だって苦言は言ったさ。バスケ部である必要は全くないワケだし。でも、子ども会のお母様方が一枚も二枚も上手だったんだよね。
「保育園児が見たい、ご町内役者さんランキング、第一位は冬希さんと雪姫さん。第二位は空と天音さんだって、さ。流石に雪姫さんは、あの状況じゃ難しいから、必然的にね☆」
「何が『ね☆』だよ! なんなの、その意図的な組み合わせ!?」
空のご意見はごもっとも。だって、それお母様方が見たいカップルランキングだもん。第三位はウチの姉ちゃんと光さんね。次点で冬希さんと光さんって組み合わせも、お母様方、どうよって思うけどさ?
「で……演目は?」
不貞腐れながら聞いてくれる空、お前はやっぱり良いヤツだよ。
「――赤ずきんちゃん、だよ」
小さく呟く俺の声に、空は目を丸くする。
「俺、何の役なの? 翼は、赤ずきんちゃん?」
よくぞ聞いてくれた。
そこはビンゴ。コクンと頷いてみせる。それから、俺は満を持して空に囁く。
「空はね、オオカミさんだから、そこんトコよろしくね」
ニッと俺は笑んだのだった。
■■■
まぁ、どんなに空が必死の抵抗をしても、天音さんと湊に引っ張れたら、型無しになるのは目に見えていて。
そして、本番はやってくる。
■■■
「まあ、おばあさん、とても耳が大きいわ」
そう
「お前の声がよく聞こえるようにだよ」
そう空オオカミが返事をした。会場の子どもたちが息を呑んでいる。「赤ずきんちゃん逃げてー!」そんな声すらして。空って、嫌われ役の演技上手いよなぁ。そこまで擦れなくても、ってつい思っちゃうけど。
「だけど、おばあさん、とても目が大きい。うん、その目好きだなぁ」
そう赤頭巾は言ったのだ。空が慌てて、ちゃんとヤレって小突くが、天音さんはドコ吹く風。ごめんな、空。お前には渡していないけど、これ台本の既定路線なんだ。
「お前がよく見えるようにだよ」
「だけど、おばあさん、とても手が大きいわ」
「お前をよく抱けるようにだよ」
「嬉しいなぁ――」
「いや、嬉しいはおかしいから! オオカミだよ? オオカミ?! 怖いんだよ、俺はオオカミなんだからさ!」
――オオカミ、ちっとも怖くにゃい
――オオカミ、ちっとも怖くにゃい
そんな歌声とともに、ポロン、ポロンとギターが鳴る。予定通り、冬希さんと雪姫さんが、ステージの端から歌い出せば拍手喝采である。
そして、流れるように、鍵盤を指が走って。ピアノはシェリル音無先輩。ベースは光さん。ドラム、姉ちゃん! そしてパーカッション、瑛真先輩。トライアングルとカスタネット担当の二人が、ここまで成長するとは……冬希さんの指導は、まんま鬼だったと後に語る二人には同情したい。
「オオカミさんは?」
天音さんの掛け声に、
「――こわくにゃい!」
子ども達が立ち上がって、拳を振り上げたと思えば、みんなが一斉に帽子をかぶる。それぞれ、好きな動物をかたどっている。お母様方の力作なのだ。そう、ここまで完全に仕込み。produce by 瑛真先輩。あの人は本当におそろしい。
と、リズム隊が息を合わせる。一定のリズムで。警戒なテンポで。ギターと、ピアノが沿っていく。
「オオカミさんは?」
「「「「「こわくにゃい!」」」」」
「オオカミさんに?」
「「「「「教えちゃおう!」」」」」
大合唱。手を振り、腰を振る単純なダンス。いつの間にか猫の帽子を被った雪姫さんが、冬希さんの隣で、ダンスの見本を見せている。
かくいう俺も湊も、舞台で飛び出て、一緒に踊っている。こうなれば、どこが舞台かなんて、もう意味もなかった。
「オオカミは怖いに決まって――」
「オオカミさんは?」
「「「「「こわくにゃい!」」」」」
空、最早ムダな抵抗だからね。すでにシナリオ通りなんだって。
■■■
「な、何なのさ、コレ……」
「だってね。一人ぼっちで居たがる、おバカなオオカミさんに、ちゃんと教えてあげないとって思うの」
「……へ?」
「森には、こんなに仲間がいるって、ね」
「い、意味が分から――」
「分からなくていいよ。強情なオオカミさんには、赤ずきんから誘惑しないとダメだなって、最近思ったから」
刹那交わされた、言葉と言葉。
これ以上、聞き耳をたてるのはマナー違反か。いや、本番に何を――いや、そもそも本番もクソもなかったか、と今さらながらに苦笑が漏れる。
俺は湊と一緒に、チビ達の群れにダイブしに行ったのだった。
(だってさ、空。みんな、お前を一人にさせたくないんだよ?)
保育園の行事を何とかしたかったのは本当。
でも、同じくらい、空を巻き込みたかったんだ。
だから――。
強情なオオカミには、赤ずきんが誘惑するくらいが丁度良い。そう思うだけで、自然と唇が綻んでしまう俺だった。
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バルキュリアの囁き(お題bot)@blwisper 様
より「赤頭巾の誘惑」というお題を見つけて、思わず殴り書き。空君と翼ちゃんは、中学生なので、えっちぃのは無しの方向で(高校生もダメ? えぇ、そうですね……)
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