おパンツの日


 何度目のピクニックだろう。こうやって、みんなで集まって。当たり前のように笑い合う。それなのに――と、思わずため息が漏れた。ゆっきは本当に、と苦笑がもれる。上にゃん、ひかちゃん、空っちが荷物を取りに行ったこの短い瞬間で、その目が切なそうに、彼のことをを追いかけるのだ。


 以前のように、呼吸が乱れることはない。


 でも、それは上にゃんが、ちゃんと戻ってくると分かっているからだ。ちょっとしたことで不安になる。でもたった一人の人が隣にいるだけで、この子は気持ちがウソみたいに落ち着く。仕方ないなぁ、とやっぱり苦笑が込み上げてくる。

 だから、上にゃんはココに残れって言ったんだよ。


(上にゃん、貸し一つだからね)

 とんとん、とゆっきの肩に軽く触れる。


「彩ちゃん?」


 ゆっきが目をパチクリさせる。つーちゃんも同様だ。


「ねぇ、男の子ってエッチなトコあるじゃん? 実際のトコ、上にゃんはどうなの?」

「へ?」


 予想外の質問に、ゆっきはさらに目を丸くする。


「あれって、男の子の本能だって思うんだよね。つーちゃんから見て、空っちはどうなの?」

「ん……。あからさまには見ないけど、意識した時は、そういう視線って……確かにあるかもしれません……って言うか、あった。みーちゃんを、きっとそういう風に見てた……」


 あ、つーちゃん? 私は君を落ち込ませたいワケじゃないからね。でもそっか、君は君で面倒くさい子だったんだね。空っち、なんかごめん!


「ふ、冬君はそんなことないと思う……」

「本当に? 例えばだけど、女子高生JKが制服姿で、自転車漕いでいるとするよ? 上にゃんの視線って、スカートに釘付けにならない?」

「な、な、な、ならないよ! あの時は、冬君、私と制服で一緒に登校したいから、羨ましかっただけって言ってくれたし!」


 あったんかい。


「まぁ、女子を前にしてガン見してましたとは、流石に言わないよねぇ」

「み、見てないもん! 冬君は見てないもん!」


 何故かゆっきがムキになっていた。ちなみにひかちゃんは、あからさまに視線をそらすのから分かりやすい。だってひかちゃんをドキドキさせると決めた私に妥協はないから。でも、やり過ぎて尻が軽い女と見られるのはイヤだ。あと、変にチャラい奴らが、うじのように湧いてくるので、そこは勘弁して欲しいと思う。


「じゃ、ちょっとテストしてみる?」


 と私はベンチの上で、体育座りをしてみる。膝上のデニムスカートから中が見えないように手で押さえながら。ただ、見られても安心だ。だって、レギンスを着用しているから。でも、それでも、ひかちゃんはドギマギしれくれるから、本当に可愛いと思ってしまう。


(ひかちゃん以外の男の子に見せるつもりもないけどね)

 私は今、一番ワルい顔をして笑っている気がした。





■■■





「ひかちゃん、上にゃん、空っち、早く早くっ!」


 私はぶんぶんと手を振った。三人はシートにアウトドアチェア、タープのセットを抱え、苦笑しながらやってきた。


 私は、いかにも「待ちくたびれました」と言わんばかりにベンチに座る。ハラハラしながら見やる雪姫を尻目に、私は上にゃんの視線を感じた。


(やっぱり上にゃんも男の子だよね)


 と目が追う先を確認しようとした刹那。その視線がスカートの中に向かっているのなら、照れた素振りを見せてスカートを抑えるぐらいの演技はしてやろうと視線を向けた矢先だった。


 しゅるっ。

 衣擦れの音。


(へ?)


 私が目をパチクリさせる。


「冬君、やっぱりダメ!」

「へ?」


 ゆっきがこらえきれず、上にゃんの目を塞ごうとする。


「……冬希!」


 衝動的に体が動いていたのは、ひかちゃんも。上にゃんの気持ちを逸らそうとしてくれているのが分かって――つい笑みが零れそうになるのを、私はなんとかこらえた。


 それよりも、だ。

 風が私の髪を撫でて。


 そして、舞い上がって。

 毛先が肌をくすぐる。


(え――?)


 上にゃんは首をかしげつつ、ひかちゃんに手渡したのは、私の黄色のリボン。


 私は思わず目をパチクリさせて、自分の髪を触る。ひかちゃんは、ポニーテールが好きだった。――正確には、雪ん子時代のゆっきの髪型が好きだった。だから、私もひかちゃんの「好き」に応えたくて。振り向かせたくて、あの頃の「ゆっき」を追いかけて、真似ていた。


「光、どうする? 黄島さんに結んであげる? それとも、そのままが良い?」


 私はどう言葉にして良いのか分からず、口をパクパクさせるしかない。


「そ、そのままで……」

「へ?」


 予想外のひかちゃんの言葉に、私は固まる。それって――?

「……いや、あの他意はないんだけど。ただ、僕は彩音は髪を下ろしている姿が好きと言うか……。って、冬希は何を言わせるのさ!」

「俺は何も言っていないけど?」


 ニッと笑いながら、さも自然にゆっきの髪を撫でるから、この人は本当に狡い。ひかちゃんがその空気に流されたのか、手をのばそうとして――それから、飲み込むように手を止めた。


「うりゃ!」


 と私はひかちゃんに頭突きをする。


「彩音? な、何をするのさ?!」

「髪が風でバサつくから、結んで?」

「へ?」

「このままじゃ、ピクニックもできないし」

「え? でも僕はうまく結べな――」

「いいから!」


 それ以上の反論は受け付けません、そう態度で表して、また私はベンチに座る。

 ひかちゃんが、仕方なしに私の髪を手で梳く。


 上にゃんに助けを求めようとするも、上手にスルーするから――本当に、君は悪いヤツだ。


 ひかちゃんは、髪をまとめようとして。

 でも、上手くいかなくて。


 鏡を見ていないから、どんな仕上がりになっているのかは分からない。


 でも、それもどうでも良かった。ひかちゃんは、私は髪を下ろしている方が好きだと言ってくれた、それだけで、本当に嬉しい。髪を触ってもらって、私がひかちゃんを独占しているのが、心底嬉しい。


(ズルいなぁ、上にゃん)


 心の底から思う。ドギマギした君を見てからかおうとしたのに、私の方がむしろドギマギしてるじゃん。


「彩音、どうしたの?」

「な、なんでもないっ!」


 外野のみんなが微笑ましそうに笑っているのを見たら、なお気恥ずかしくなるけれど。でも、それでも。この時間を誰にも譲りたくないと。そう思う私は、本当に拗れている。




■■■




「結局、なんだったのさ?」


 空っちが首をかしげる。


「……ほ、ほら。今日は8/2で、その、パンツの日だから。彩音先輩が、男の子はそういうエッチなことに興味があるから……お兄さんもきっと、って――」


 言いながら真っ赤になっているつーちゃん、君は本当に可愛いね。


「結局、上にゃんには上手く躱されたけどね」

「あからさまに、黄島さんが何か企んでいる空気だったからね。ちょっとだけ仕掛けてみたんだ」


 ニッと上にゃんが悪い笑顔を浮かべている。そんな彼氏を見て、ゆっきは本当に嬉しそうだ。彼に性欲がないとは思わないが、立ち振る舞いがスマートで、嫌悪感を抱かせないのは流石だと思う。


「ま、姉ちゃんの普段から地味なパンツに見慣れているから、兄ちゃんも麻痺しているかもね」


 空っちのデリカシーに欠けた発言に空気が、ピシリと凍り付いた。

 私は、目を閉じる。心の中で十字を切ったのはナイショだ。


 あ、予想通り。痛々しくも鈍い音が――あれは、両頬に拳が炸裂したね。ゆっきと、つーちゃんのダブルパンチか。


 そりゃね、彼氏の前で下着のことは言われたくないよ、空っち?

 つーちゃんはつーちゃんで、【姉】を乗り越えなきゃいけない存在として捉えているからね。うん、本当に君たち面倒くさいよね。





 好きな人の前だったら、こんなにも拗れちゃう。

 他の子を、そういう目で見て欲しくない。

 でも、自分だけを特別に見て欲しい。関心がないのは、それはそれでイヤなんだ。

 面倒くさいって思われても。呆れられても。

 だって仕方ないよね。



(こんなに好きなんだもん)


 アンバランスに結わえられた髪に手を触れながら。狡いなぁ、とため息が漏れる。ドキドキさせたいのに、私がドキドキしてばかり。ひかちゃん、本当に狡い――。








【先輩たちも参戦】


「今日はおパンツの日でしたね!」

「音無ちゃん、声がでかいから!」

「でも、瑛真ちゃん。黄島さんが言うのも分かるんですよ」

「は?」

「だって、やっぱり殿方をドキドキさせたいじゃないですか?」

「いや、言っている意味が――」

「頭で考えちゃ、ノンノンです。まずは体験が大事ですからね」

「へ? 何を言って――きゃあぁぁぁぁぁ!」

「上川君、しっかり見えました? もぅ、下河さん。今から目を隠しても遅いですからね。あ、これはこの後きっと修羅場ですね」

「いきなり、何をするのよ!?」

「常日頃、ドキドキするような恋がしたいって言っていたじゃないですか」

「常日頃、私はこんなドキドキ望んでない! 痴女じゃん! 恋じゃないじゃん、変じゃん! 変人、こんなの変態だから!」

「その割に黒にレースって、勝負を――」

「仕掛けてない!」

「ま、瑛真ちゃんのことだから、すぐにパンツは脱いじゃうんでしょうけどね」

「だから、痴女にすんなし!」

「瑛真ちゃん、ちょっと声がでかいですよ? あまり、おパンツおパンツ言うのは、ちょっとね?」

「……もうイヤだ……」




________________


8/2、パンツの日に寄せて書こうとしたら、遅くなりました。本当は彩音がちょっとからかって、最後先輩たちの暴走で締めようと思ったんですけどね^^;


ほぼ本編並みのボリュームになったのも、遅刻の原因です。でも後悔はしていない!(笑)

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