良い夫婦の日


 1on1を終えて、俺と翼は、彩翔、湊と別れを告げた。

 風が気持ち良い。


 バスケットボールを適当にドリブルしながら、近すぎず遠すぎない距離を保ちながら翼と歩い――て?


 公園の砂場で、チビッコ達に囲まれているのは、冬希兄ちゃんと姉ちゃんだった。

 砂場にはスコップや、お皿のオモチャが散乱している。


 どうやら、チビ達のおままごとに駆り出されたらしい。


 ニッと、俺と翼は笑む。

 冷やかしついでに、ちょっと覗いてみますか。と、俺達は砂場の方へ足を向けた。





■■■





「じゃ、お冬希兄ちゃんが、パパで。お姉ちゃんがママね」

「え……」

「うん……」


 二人で顔が真っ赤になっている。これは、なかなか見ものじゃないだろうか。二人が気付いていないことをいいことに、俺達はベンチに腰を掛ける。


「で、私達が子どもだちでーす!」


 総勢9人。メチャクチャ、子沢山。両親を淹いれてサッカーチーム結成できそうだった。


「二人はパパ、ママで呼び合ってね」


 設定が細かい。


「パパさん……」

「ママさん……」


 いや、いちいち照れなくても。見てるコッチが恥ずかしい。見れば、翼まで好奇心半分、恥ずかしさ半分で一緒に真っ赤になっていた。

「パパがお仕事に行きます。ママさん、お見送りです」


「ぱ、パパさん。いってらっしゃい……」

「うん、行ってくるね」

「パパー、行ってらっしゃいー!」


 チビ達が同時に言う。あぁ、こういう光景って良いかも。


「あれ、ママ? いつものしないの?」

「え?」


 姉ちゃんが、目を点にしている。


「行ってきますのチュッ」

「い、い、いっつもなんてしてないよー!」


 ウソつけ。最近、いっつもじゃん。


「ついにパパとママも、倦怠期に突入したのであった」


 なぜにナレーション風?


「ママさん」


 苦笑を零しながら、冬希兄ちゃんは言う。

 その指で顎を引き寄せる。

 一瞬で、唇を重ねる。

 チビ達が拍手をして、盛り上がる。コレ姉ちゃん達、遊ばれてない?


「盛り上がった二人は、歯止めが効かなくなったのでした」

「しないよ」

「しないからね」


 そこは流石に乗らない兄ちゃんと姉ちゃんだった。


「ちぇっ」


 翼、そこでガッカリしない。


「パパがお仕事に行った後、ママは子ども達とお買い物に出かけました。今晩の夕飯はうなぎとすっぽん鍋と揚にんにくに決まりました」


 お前ら、待て。精がつくものだらけじゃんか。その知識、ドコで仕入れた?


「そうこうしていると、近所のきれいな翼お姉さんが通りかかりました」


 バレてる。え? って顔して俺らを見る兄ちゃんと姉ちゃんだった。


「空君?!」

「ちょっと、空? 翼ちゃん? いつからいたの?!」


 兄ちゃん達がうろたえるのもかまわず、チビ達はやりたい放題だった。


「お姉ちゃんは、犬の散歩をしていました。名前は空って言います」

「てめぇら、何だって?!」


 あんまりだった。


「ゴールデンレトリバーの空は、可愛い女の子を見れば人間でも、犬でも見境なく尻尾を振るのでした」

「……やっぱり矯正が必要だよね、確かに見境ないもんね」


 あの、翼? なんで目が据わってるの? え? え?


「でも翼お姉ちゃんが大好きな空は、お姉ちゃんをペロペロ舐めたのでした」

「しないから!」

「そ、空君。ちょっと、それは大胆すぎると言うか……」

「しないよ!」


「そうこうしていると、パパさんがお仕事が終わって帰ってきました」

「ただいまー」


 なんだかんだ言って、チビ達に付き合ってあげるんだから、兄ちゃんは優しいなって思う。


「お帰りなさいー」

「そう子ども達が言うより、早くママはパパに抱きついて――あ、もうしてるね」

「パパさん、お帰り」

「ママさん、ただいま」


 ナチュラルにハグするからね、この二人。


「子ども達に聞こえないように、ママさんとパパさんは『今夜は寝かせないよ』と言ったのでした」

「「言わないからね」」


 兄ちゃんと姉ちゃんの声が重なる。まぁ、それは時間の問題かもね、と思う。

 とりあえず生暖かい視線を送ってやることにした。






■■■




「楽しかったー」


 とチビの一人が言う。そりゃそうだろうよ。お前ら、やりたい放題だからな。


「それじゃ、選手交代でーす」

「「「「へ?」」」」


 俺と兄ちゃん、姉ちゃん、翼の声が見事に重なった。


「今度は空兄ちゃんがパパで、翼姉ちゃんがママね」


 まさかの発言に、俺達は固まる。


「そして、冬希兄ちゃんと雪姫姉ちゃんは子どもになりますー!」

「え……俺、こんなデカい子どもいるの?」

「それは、若かりし翼お姉ちゃんを、空兄ちゃんが勢いに任せて――」

「ストーップ! そこから先は言っちゃダメなヤツ!」


 設定がリアルすぎて、ゲンナリだった。


「えっと……パパ?」


 姉ちゃんにそう言われて――固まる。

 地味だ目立たないと言われる姉ちゃんだが、オシャレをするエネルギーがなかっただけ。兄ちゃん曰く、ポテンシャルが高いらしい。


 ――そもそも、雪姫は最初から可愛かったからね。

 そういうことを、さらっと言っちゃうんだよね。


 実際、兄ちゃんに刺激をされてか、弟の目から見てもどんどん可愛くなっている気がする。だからこそ――。


(そんなの反則だって)


 つい目を逸らしてしまう。

 と、翼が俺の方を見て、にっこり笑んで見せた。


「あ・な・た」

 どこか艷やかな音色をその声に含ませながら。

 思わず、見惚れてしまって――頬が熱いのは、きっと姉ちゃん達のせいだ。



 ――そんなの反則だから。




■■■





 色々な可能性、未来があるとして。

 例えば、こんな未来もあって。




「翼、ただいま」

「空君、お帰りなさい」

「良い匂い」

「うん、空君の好きなシチューにしてみたよ」

「ありがとう」

「良い夫婦の日だもんね。ちょっと頑張ってみたの」

「俺も、ちょっと頑張ろうかな、この後は」


 意味深に笑むと、ツンと翼の指が、頬に触れた。


「空君、お兄さんと対抗意識燃やしてるでしょ?」


 ニコニコ笑ってそういう。返事をするかわりに、あの人達に負けないぐらい、気持ちを伝える。触れて、温度越しに。重ねて。重なって。重なり合って。


 どんなに一緒にいても――もっともっと欲張りになっていくから。






 色々な可能性、未来があるとして。

 例えば、こんな未来――。

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