第35話 砂漠の石窟




 マリスは頭から布を被せられ、女に支えられてなんとか足を動かしていた。

 男が前に立って壁になってくれているが、風が強すぎてなかなか前に進めない。


「もう少し、辛抱願います聖女様。砂が目に入らないように閉じていてください」


 男と女には目的地があるようだが、こんな前後もわからなくなりそうな砂漠でどこに行こうというのか。


(アルムをこんなところに連れてきてどうするつもりだったの?)


 男も女もマリスのことをアルムと間違えていて、丁寧な態度で接して気をつかっている。

 今だって、マリスが風を受けないようにふたりとも体を張って庇っている。


(この人達……悪い人とは思えないわ)


 きっとなにか事情があるのだ。どうしても、聖女であるアルムが必要な事情が。

 この砂漠の真ん中で、いったいなにをするつもりなのか見当もつかないが、アルムに危害を加えるつもりはないのではないかとマリスは思った。


 どれくらい歩いたのか、不意に男が「着いたぞ!」と声を張りあげた。


 マリスが必死に目を開けると、目の前には大きな岩がごろごろと並んでいた。

 とりわけ大きな岩の下を男が掘り始めた。しばし見守っていると、やがて男が全身に力を込めてなにかを動かした。ごごん、と重い音が聞こえた。


 砂に隠れていたその場所に、地下へ通じる入り口があった。


 石の蓋をずらした男が下へ降りて女を呼ぶ。女はマリスを先に下ろし、自らも降りて蓋を元に戻した。男が松明に火をつけて辺りを照らす。


(石窟だわ……)


 人ひとりがやっと通れる幅の通路がずっと奥まで続いている。

 そして、奥の方からは不気味な呻き声のような音が聞こえてくる。おそらくは風の音なのだろうが、まるでこの奥に獰猛な魔物がいるようで、マリスはぶるっと身を震わせた。


「ここは、かつてアーラシッドの民がシャステルの虐殺から逃れ隠れ住んだ場所です」

「虐殺……?」


 不穏な響きに、マリスは眉をひそめた。


「この先は渇きの谷につながっていますが、瘴気は入ってこないようになっているのでご安心を」


(渇きの谷……どうしてそんな恐ろしい場所に?)


 家庭教師に習っただけの知識しかないが、渇きの谷には瘴気が封印されているということはマリスも知っている。谷底でうごめく瘴気が生み出した風が砂漠を広げた原因であることも。


「まさか……渇きの谷の瘴気を浄化しろと?」


 マリスが尋ねると、男が短く笑い声を立てた。


「ははっ。まさか。始まりの聖女でも浄化できなかった瘴気ですよ。聖女アルム様の噂は耳に入っていますが、王都で小さな瘴気を消すのとはわけが違います。そこまでは期待していませんよ」


 そこまで、ということは、ある程度の成果は期待しているということだろう。

 完全に浄化はできなくとも、少しでも瘴気を減らしてもらいたいとか、封印を強化してほしいとか、そういう目的でアルムをさらおうとしたのなら納得できる。


 このまま渇きの谷に連れて行かれたら、アルムでないことがばれてしまう。どうしようと考えながら進むと、少し広くなった空間に出た。


「ここで待っていてください。王子様が助けに来るのを」

「王子様?」

「聖女アルム様は王子からの寵愛が厚いと聞きます。きっと、助けに来てくれるでしょう」


 マリスは目を丸くして絶句した。


(王子って……)


 マリスが会ったことがあるのは第二王子と第七王子だ。

 第二王子はアルムと仲がよさそうだったし、第七王子はアルムに首っ丈の様子だった。

 確かに、彼らならアルムがさらわれたとなれば助けにきてくれそうな気もするが、実際にさらわれたのはマリスである。王子をおびき寄せるには人質としての価値が足りない。


(どうしよう……)


 マリスは床に座り込んだまま冷や汗をかいた。



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