第26話 ハールーンの話
野宿の準備が終わりしばらく経った頃、ハールーンがアルムのベンチの前に立った。
「少し、よいか」
仕草で促されて、アルムは首を傾げながら立ち上がった。
エルリーの手を引いてついていくと、彼はヨハネスの天幕の前に立ち、声をかけた。
「シャステルの王子よ、話がしたい」
ヨハネスはアルムとエルリーが一緒なのを見て驚いた様子だったが、なにも言わずに話し合いに応じた。
ヨハネスとハールーンが向き合って座り、アルムは彼らから少し距離をあけたところに腰を下ろした。エルリーも隣に座らせようとしたが、とことこと駆けていってハールーンの膝の上に乗っかってしまった。
「手短に話すが、我が従者のことじゃ」
エルリーが落ちないように手で支えながら、ハールーンが切り出した。
そういえば、あの従者が主をひとりで寄越すだろうかと不思議に思うアルムの心を読みとったかのように、「ダリフには馬を見に行かせた」と話す。
「まず言っておきたいのは、あやつはわしの兄弟も同然ということじゃ。強い絆がある――たとえ、血の繋がりがなくとも」
それは見ていればわかる。ダリフはなによりもハールーンを優先させている。
「ダリフの生まれはアーラシッドではない」
「え?」
「あやつは幼い頃に砂漠に捨てられた。シャステルの人間だ」
アルムもヨハネスも驚いて息をのんだ。
アルムは驚いただけだが、ヨハネスはすぐになにかに気づいて「なるほどな」と呟いていた。
「子捨ては罪だ。だから砂漠に……」
「そうじゃ。シャステルの人間は昔からそうしてきた」
「そーしてきたー?」
エルリーがハールーンの顔を見上げるが、ころんと転がされて耳をふさがれてしまう。遊んでもらっていると思ったのか、「きゃー」とうれしそうだ。
赤子や幼児ならともかく、ある程度の受け答えができる年齢の子供を捨てるのは難しい。子を捨てたことがばれると罪になるからだ。
遠い場所に捨てたとしても、子供が誰かに拾われて自分の名前と住んでいた場所を話し「親に捨てられた」とでも言われたらおしまいだ。だが、砂漠なら。
「砂漠に捨てれば子供は絶対に戻ってこられない。口封じにはちょうどいいな……」
ヨハネスは唸るように言って目頭を押さえた。
「親から幾ばくかの金をもらって子供を砂漠に捨ててくる商売をしている輩もいるようじゃぞ。子供を捜しに砂漠まで来た親なんぞ見たこともない。シャステルの親子の絆はそんなもの……砂漠で行き倒れた子供を拾うたび、怒りがこみ上げたものじゃ」
ハールーンの語る現実に、アルムも胸を押さえた。
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