第21話 シャークネードと王都の民
***
油断していた。
水にのまれた瞬間に脳裏をよぎったのはそんな言葉だった。
初めて見たサメに気を取られて、結界を張り直すのを忘れていた。結界を張っていれば、水の勢いに流されたとしても少しの間は結界内の空気で呼吸できたはずだ。
五階にいたアルム達は、押し流されて床の開口部に吸い込まれ、四階――四階だったはずの水中へ投げ出された。
ごぼっ、と口から空気が漏れる。水にのまれる寸前にとっさに掴んだエルリーの腕を握る手に、アルムはぎゅっと力を込めた。
(皆は?)
無事を確認したいが、初めての水中にぎゅっと目をつぶってしまったアルムにはなにも見えなかった。
水中で目を開けても大丈夫と聞いたことはあるが、怖くて目を開けられない。アルムは泳げないのだ。否、泳いだことがないのだ。
(ど、どうしよう? 水をなんとかしないと……)
とにかく呼吸ができる空間を確保しなければ、と焦るアルムのすぐ横を、なにかがごぉんっと重い音と共に横切った。
そう、水中にはサメがいるのだ。
(と、塔の中でサメに食われたなんて悲惨な死に方をしたら、お兄様が悲しむ!)
神官と聖女と元聖女がサメに食われたと報告されたら、大神官も反応に困るに違いない。
光を信仰するこの国で光の魔力に恵まれた神官と聖女がそんな凄惨な死を迎えては、民の信仰心が揺らぎかねない。
アルムはサメから逃れようともがいた。だが、水中では思うように動けず、再びサメがこちらへ向かってくる気配を感じたアルムの恐怖心が振り切れた。
(KAMABOKO食べてみたいなんて考えてごめんなさいーっ! 一生KAMABOKO食べないって誓うから食べないでーっ!!)
アルムはとにかくサメが遠ざかるように念じた。無我夢中だった。
すると、アルムの周りの水がアルムの体を軸にしてぐるぐると回り始めた。そのうねりは一回転ごとに大きくなっていき、水流はやがて竜巻のようになる。
アルムに向かっていたサメが、大きな力に引っ張られて竜巻に巻き込まれる。他のサメ達も流れに引き寄せられて、ぐるぐる回り出した。
次の瞬間、大量の水で作られた竜巻は、天井を突き破って塔のてっぺんから空へと噴き上がった。もちろん、サメも一緒に。
その日、王都の人々は奇妙な光景を目にした。
北東の方角に突如、巨大な水の竜巻が現れたのだ。
それだけでも不思議なのだが、その竜巻をよく見ると、水の中でなにか大きなものが蠢いている。
「あ、あれはサメだ!」
「竜巻の中にサメが!?」
海から遠く離れた王都に現れた生きたサメに、民は騒然となった。
「天変地異の前触れか!?」と恐れる人々が見守る中、竜巻を形作っていた水がアーチを描くようにして南西の方角へ向かっていく。
王都から遠く離れた南西の地には海があるのだ。
サメもまた、南西の方角を向いて水の中を進む。
水でできた虹の中を、サメが一列になって泳いでいく。
あまりにも不思議な光景に、人々はただ唖然と空を見上げていた。
遠く離れた南西の地、海に面した土地に生きる人々は、空から降りてきた水の道を通ってサメが一匹ずつ海へ還っていく奇跡を目撃した。
この出来事は、後に『シャークネード&シャークレインボーの奇跡』と名付けられ、聖シャステル王国の歴史に記されることとなったのだった。
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