【第一巻重版御礼ss】幽霊屋敷の謎 4
***
「チッ。何が起きてるんだ?」
二度目の悲鳴に、ヨキは舌打ちをした。
階下で何が起きているのかわからないが、コットーとキークが戻ってこないところを見ると二人とも捕まったと考えた方がいい。
「ねぐらを変えるしかねえな」
ヨキはさっさと荷物をまとめると窓を開けて飛び降りた。
***
「さ、急ぐわよ」
最後の人形を取り出して、オルラは池へと駆け寄ろうとした。
だが、伸び放題の雑草に足を取られて転んでしまった拍子に、人形がすっぽ抜けて池に突き刺さった。
「ああ! 水死体みたいに浮かべようと思ってたのに!」
堆積した泥に頭から埋まってしまったらしく、人形の足だけが池から突き出ている。これはこれで異様な光景だが、怖いというより滑稽な眺めのような気がする。
「お嬢様、隠れなくては」
「うう……」
侍女に促されて、オルラは木の陰に隠れてヒンド達を待ちかまえようとした。
だが、その時、真上から降ってきた人影がオルラの前に着地した。
「えっ……」
オルラは目を点にした。
オルラと侍女に気づいた男はさっと顔色を変え、素早く動いた。
「きゃっ」
「お嬢様!」
オルラの腕を掴んで引っ張り、喉元にナイフを突きつける。
「え? オルラ?」
ハンカチを取りにきたヒンドが、庭に広がる光景を目にして声をあげた。
「これって……」
「兄ちゃん、どうしたの?」
ドミも駆け寄ってくる。
「……ガキどもが……静かにしろよ」
ヨキは人質にしたオルラを引き寄せて羽交い締めにした。
ヒンドは混乱した。目の前には世話になっている家の娘と侍女。娘にナイフを突きつける男。池から突き出た二本の足。
「そうか。わかったぞ……兄ちゃんを怖がらせようと思ったオルラが人形を仕込むために先回りしたら、空き家をねぐらにしていた悪い奴に捕まったんだな」
「ドミ?」
いきなり名探偵ばりに推理を披露したドミは男に捕まっているオルラをびしっと指さした。
「お前のやったことはお見通しだ!」
「くっ……言いがかりよ! 証拠を見せなさい!」
「証拠ならある! お前の袖口だ!」
オルラの袖口に視線が集まる。黒いドレスの袖口が白く汚れていた。
「袖口が埃で汚れているだろう!」
「それが何よ!?」
「廊下の窓辺に空の花瓶があった。あそこに飾られていた造花をお前が人形に飾りつけた時に、埃がついたんだ!」
「馬鹿な……っ、こんなことで見破られるなんてっ……」
「おい、黙れ! 関係ねえことをごちゃごちゃとうるせえんだよ!」
ドミとオルラのやりとりに、しびれを切らしたヨキが怒鳴った。
庭の様子を、アルムは家の中から窺っていた。
(あの男をやっつけたいけど、女の子を離してくれないと巻き込んじゃいそうだな……)
戸口からこっそり覗いて男の隙をみつけようとしていたアルムの肩に、ぽんっと誰かの手が置かれた。
「?」
振り向いたアルムの背後に、男が立っていた。
白い覆面を被った大男が「ふーっ、ふーっ」と荒い息を吐いて庭を凝視している。
アルムは一瞬大きく目を見開いて硬直した。
「……き……きゃああああーっ!!」
幽霊なんか怖くない。瘴気なんかお茶飲みながらでも浄化できるアルムであっても、人並みはずれた魔力があることを除けばただの十五歳の少女である。
異様な風体の不審者に不意打ちで背後を取られて、パニックにならないわけがなかった。
恐慌状態に陥ったアルムは無意識に魔力を使って手近にあるものを武器にして身を守ろうとした。
庭の池に突き刺さっていた人形が、ぼこっと泥から飛び出して宙に浮かび上がった。
「……は?」
空中に浮かぶ逆さまの人形を見上げたヨキが、呆然と呟いた次の瞬間、人形は上半身についた泥を巻き散らしながら庭を縦横無尽に飛び回りはじめた。
アルムの力を知っているヒンドとドミは少し驚いただけだったが、アルムのことを知らない者にとっては空中を飛び回る人形は結構なインパクトの怪奇現象である。
オルラと侍女は当然ながら腰を抜かしたし、ヨキはオルラを放して逃げまどった。
「う、うわあああーっ!!」
空飛ぶ人形に追いかけられたヨキは一目散に家の中に逃げ込んだ。そこに立っていたアルムと覆面の男の間を走り抜けて、廊下をまっすぐに突っ切る。
「冗談じゃねえ……! こんな家にいられるか!」
幽霊屋敷の噂を聞いた時は人が寄りつかずに都合がいいと思ったが、こんな恐ろしいことが起きるとは思っていなかった。
まだ追いかけられているような気がして、走りながら後ろを振り向いたヨキは入り口の扉の前で何かにぶつかって尻餅をついた。
「痛えっ! なんだ?」
床に尻をついたヨキの目の高さに、四つの人体が浮かんでいた。
恐怖の表情をこちらに向けるコットーとキーク、そして、頭と口から血を流す二人の男――
四つの顔が恨めしそうにヨキを見ている。
「ぎゃああああああっ!!」
あまりの恐怖に絶叫し、ヨキは意識を失った。
***
「怖がらせてしまって、申し訳ない」
覆面の男は困ったように謝った。
一時の混乱が収まって落ち着いたアルムは、ヒンドらと共に怪しい覆面の男から話を聞くことにした。
「ここは僕の伯父、スケキーヨ・カミィーヌ男爵の家で、亡くなった後に僕が相続したんだ。でも、広くて落ち着かないから屋根裏で生活していたら、数日前から怪しい人達が住み着いちゃって、どうしようかと思っていたんだよ」
「はあ……その怪しい覆面はいったい?」
「これは、僕は人と顔を合わせるのが苦手で……これがないと緊張で喋れなくて」
覆面男は大きな体を縮こませてそう言った。どう見ても凶悪に見えるが実はシャイらしい。
「僕の伯父さんも恥ずかしがり屋で、いつも仮面をつけていたよ」
青沼男爵の噂も真相はそんなものだ。
「勝手に家に入ってごめんなさい」
アルムはぺこりと頭を下げた。
「どうみても空き家にしか見えないからよ! まぎらわしいわ!」
オルラは頬をふくらませて覆面男に食ってかかった。
「怪しい連中に住み着かれたならもっと早くなんとかしなさいよね!」
「ご、ごめんね……怖くて。今日はさすがに悲鳴や音がすごかったから様子を見にきちゃったけど……そうだ! きみ!」
「へ?」
覆面男が突然ぐわっと身を乗り出して、ヒンドの隣に座っていたドミの肩を掴んだ。
「さっきの庭での推理、見事だったよ! あれを見て思わず興奮してしまった!」
鼻息荒くドミに迫る覆面男に、「やっぱり変態かな?」とアルムはいつでも魔法を放てるように身構えた。
ヒンドが目を白黒させるドミを庇って男から引き離した。
「弟に近寄るな!」
「あ、ごめんごめん。実は僕、探偵小説を書いていてね。この子の推理を見てインスピレーションを得たんだよ。ぜひ、次の新作のモデルになってほしい」
意外なことを言い出す覆面男。
「探偵小説?」
「見たことないかな? 『名探偵ゴース・K・キンディーチ』シリーズとかを書いてるんだけど」
「ええっ! 嘘! あの有名なミステリー作家のセイン・C・サイドミゾー先生!?」
オルラが飛び上がった。どうやら著名な作家らしい。
失神している三人組は覆面作家が警官に突き出してくれるということなので、アルムはヒンドとドミに別れを告げて家に帰った。
「世の中には変わった人がいるんだなあ。まあ、ヒンドとドミが元気でやっているってわかってよかった」
帰る道々、アルムはそう呟いて微笑んだ。
***
その数ヶ月後、幽霊屋敷で起こる奇怪な事件を解決する少年探偵が活躍する推理小説、『少年探偵ディミトリの冒険』が大ベストセラーになったのだった。
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