14 結菜、役員居並ぶプレゼン会場に暴れ込む

14-1 結菜、プレゼン会場に殴り込む

「失礼しますっ!」


 俺達が会議室に駆けつけると、発表台のマイクを奪い取った結菜が、まくし立てているところだった。


 試食テーブルの周囲に散らばるハムチームは、必死で説明する結菜を、ニヤニヤしながら眺めている。放置して楽しんでる気配だ。コンペ会場には、ひとチームずつ呼ばれてプレゼンする。他のチームがいなくて良かったと、正直ほっとした。


 コンペ審査をする研究所長や本社のお偉いさんは十人くらいか。正面のプロジェクタースクリーンを見る位置、パイプ椅子に座っている。突然のハプニングに、全員呆然としている。


「今言ったように、全部あたしが悪いんです。お兄も西乗寺さんも、全然悪くない」

「おっやっと来たか」


 ハムチーム統括のハゲ、辻元が、西乗寺主任を見て苦笑いした。


「早くこの野良猫を抱え出してくれ。迷惑でね」

「あたしがなに言おうと、あんたには関係ないでしょ」

「よせ、結菜」

「ウチのプレゼン中に、なに言ってるんだ。えらい迷惑だ。私が叩き出すわけにはいかないしな。触るとこいつにセクハラだなんだと難癖付けられるかもしれん。……ああ、木戸くんなら大丈夫か。普段から会社で触り放題なんだろ」


 岡田をはじめハムチームの連中が、どっと笑った。


「お言葉ですが辻元さん」


 西乗寺主任が一歩進み出た。


「木戸くんと伏見さんは従兄妹いとこ同士。ご家庭の都合で保護者として預かっているに過ぎません。下世話な想像は、それこそセクハラというものではありませんか」

「いとこぉ? だからなんだ。余計に悪いじゃないか。親戚の女子高生に手を出すとか」


 せせら笑っている。


「お兄はそんなことしてないもん。あたしのこと、大事にしてくれるもん」


 マイクをプレゼン台に置くと、結菜が続けた。


「悪いのはあたし。もう旭川に帰るから、みんなを許してあげて。もう何か月もカレー、頑張って開発してきたんだもん。ちゃんとプレゼンさせてあげてよ」

「西乗寺チームは謹慎と決まったんだ。今さらなんだ。早く出ていけ」


 しっしっと、手を振っている。汚いものを見るような顔で。


「でも……でも」


 ひと粒こぼれた涙を拭った。侮蔑されても一歩も引かず、辻元を睨みつける。


「ウチのカレー、インド大使館のお墨付きをもらったんだよ。商品化のときは、大使館が全面的に後援してくれるって。それって凄いことでしょ」

「インド……大使館だと……」


 辻元が絶句する。


「そ、それがなんだ。商品化は潰れた。今さら関係ない」

「だって――」

「いいかげんにしろ!」


 誰か、本社から来た偉いさんが怒鳴った。


「みんな忙しい。子供の茶番を見に来たわけじゃない。……西乗寺くん、連れ出したまえ」

「……はい」


 主任が、結菜の手をそっと掴んだ。


「さ、結菜ちゃん。もういいよ。頑張ったね」

「西乗寺さん……」


 結菜の瞳から、また涙が溢れ出した。


「ごめん。あたし……あたし」


 主任に抱き着いて、声を殺して泣いている。


「お騒がせしました」


 結菜を抱いたまま、西乗寺主任は頭を下げた。


「ハムチームの皆さん、プレゼンの最中に、ご迷惑をお掛けしました」


 試食テーブルに居並ぶハムチームにも頭を下げる。


「失礼します」


 結菜を抱いたまま、後じさりした。


「木戸くんも」

「……はい」


 悔しいが仕方ない。俺達……いや俺の完敗だ。主任やみんなに迷惑かけて、結菜を傷つけて。おまけに大事なコンペの場をぶち壊した。辻元や岡田の好奇の視線に、結菜を晒し者にして。


「結菜、行こう」

「お兄……ごめん」

「いいんだ。お前はよくやった。みんなのこと、考えてくれたんだよな」


 黙ったまま、まだ泣いている。


 主任とふたり、結菜を両側から支えて、部屋を出た。


「待ちたまえ」


 背中に声が掛かった。振り返ると、最前列に座る、本社の開発統括役員だ。六十代のやり手で、若い頃に画期的な商品開発を連発し、業績が傾きかけていた日東ハムを立て直した男。中興ちゅうこうの祖と呼ばれ、次の次くらいに社長になると噂されている。清水という名前で、社内の有名人だけに、末端平社員の俺でも知っている。


「西乗寺くんのチームがコンペから外されたというのは、本当かね」


 手元のコンペ資料を、ぺらぺらめくっている。


「たしかに無いな。所長、どういうことかね」

「清水統括。それは……」


 言いかけた所長は、ハムチームの辻元に、ちらりと視線を飛ばした。


「チーム内に不祥事がありまして、謹慎を申し付けました。内容は、ご覧の通りで」

従姉妹いとこを預かって、なにか問題なのか。さっきのその娘の説明だと、親も親戚も認めた保護者だというじゃないか」

「ですから……調査が終わるまで……大事を取って謹慎に」

「その場合でも、当人だけでいいだろう。なぜチーム全体を対象にした」

「それは……そのような声が……所内に多く……」


 また辻元を見る。ヤバいと思ったのか、辻元が視線を逸らした。


「そういうことか……」


 清水統括は、溜息を漏らした。


「西乗寺くんのチームは、堅実がモットーの我が社のカルチャーからはちょっと離れた、面白い開発をする。その分当たり外れが大きいから、商品化会議では却下されることも多い。……でも、そうだからこそ、未来の日東ハムにとって貴重なはずだ。違うか?」


 振り返って、居並ぶ審査員を見回した。目を合わせず、誰も返事をしない。何人かが、黙ったまま頷いた。


「カレーを開発してインド大使館を口説き落とすとか、期待できそうじゃないか。カレーを大事にする国だ。門前払いが普通なのに」

「は、はあ……」


 下を向いたまま、所長は困惑したように同意した。


「それは……事前に聞いておりませんでしたので……。知っていたら……私も……」


 口ごもりながら言い訳する。


「私は見てみたいね。今日はクリスマスイブ。そのくらいの温情があってもいいだろう。……みんなはどうだ」


 また見回す。はい……とか、ええ……とか、遠慮がちの同意があった。商品開発トップの意向だ。わざわざ逆らう奴はいない。リスクを取っていきなり発売とかいう話じゃない。予定通りプレゼンをさせるだけだし。


「決まりだ。……西乗寺くん」

「はい、統括」

「今からでも準備ができるかね」

「もちろん。一時間……」


 俺の顔を見た。


「いえ三十分だけ下さい。必ず間に合わせます」

「すぐ準備したまえ。まだ辻元くんのプレゼンが始まっていない。我々はハムチームのプレゼンを聞くとしよう。……なにしろ日東ハムのメイン開発チームだ。ここにいる審査員全員、楽しみにしているからな」

「はい統括。すぐ準備いたします」


 また頭を下げた。


「返す返すも、ハムの方々、ご迷惑をお掛けしました」

「早く出ていけ。こっちは忙しい」


 そっぽを向いたまま、辻元が言い放った。自分の悪事が露見しかかったから、早く追い出したいのだろう。焦れたような口調だ。


「さあ行くぞ、結菜……」


 結菜の背中を抱いてやった。


「おじさん。ありがとうねっ」


 よせばいいのに、結菜が出口で振り返った。


「勘違いしてもらっては困る」


 清水統括は、冷たく言い放った。


「私が興味あるのは、試作品の出来だけだ。君達を優遇するつもりはない。君のチームは、この騒ぎですでに失点を重ねている。取り返すには奇跡が必要だぞ」

「わかってる」


 結菜は頷いた。泣き腫らした目で、なぜか堂々と胸を張って。


「でも大丈夫。ウチのチームは世界一だからねっ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る