14-2 西乗寺チーム、プレゼン開始
「さあみんな」
研究室に戻ると、西乗寺主任が手を叩いて注意を喚起した。
「泣いたり喜んだりする時間はない。わかってるわね」
「はい主任」
「すぐプレゼンの準備をします」
「ごめんなさい、あたし……」
「謝ってる時間も惜しいわ、結菜ちゃん」
「はい。……じゃあそれは後で」
「よし」
頷くと、俺達を見回す。また手を叩いた。
「戦闘開始っ!」
目が回るほど忙しくなった。中断していたコンペ用の作業を、たった三十分でこなさないとならない。資料は前日に完成して印刷済みだが、食材が問題だ。
サンプルのカレーを大鍋に放り込んで加熱。味変袋の中身も大皿に入れておき、添付袋ひとつ分だけすくえるサイズのスプーンをいくつか添える。各添付袋をレトルトに入れた状態のサンプルを、添付A、添付B、添付A+Bと用意する。さらに試食用の紙皿を用意して……。
飯を炊く時間なんかない。結菜がコンビニに走りパックライスを大量に買い込んで、次から次へとレンジに放り込む。炊きたて飯のほうがうまいだろうが、背に腹は代えられない。
「急いで。……でも慌ててカート、ひっくり返さないでよ」
「わかってます」
全て準備して食品用のワゴンカートに載せ、大会議室に駆け込んだ時は、約束の三十分をわずかに切っていた。審査員連中は全員、難しい顔をしてこれまでの資料を睨み、なにか書き込んだりしている。
すでにプレゼンを終えていたのだろう。ハムチームはいない。試食台の周辺に、微かにハムを焼いた匂いが漂っているだけだ。
「お待たせしました」
「おう。やっと来たか」
清水開発統括が、書類から顔を起こした。
「遅いからもう西乗寺チーム抜きで決めようかと話していたところだ」
笑えない冗談を口にする。
「すみません。……岸田くん」
「はい主任」
岸田が試食台に試食用の小分けカレーと取り皿を並べ始めた。菜々美ちゃんと結菜が、それを手伝う。注意深く、岸田はサンプルのレトルトを最前列に置いた。添付袋が見える形で。
「木戸くん」
「はい」
コンペの一覧資料から外されていた俺達の資料を、俺は審査員に配布した。ノートパソコンを繋いだ主任がマウスを操作すると、プロジェクションスクリーンに、パワポの画面が映し出された。
「失礼ながら、さっそく始めます」
西乗寺主任が、話し始めた。なんせ一覧資料にないからな。所長も紹介してくれない。タイトルすら知らないわけで。
「お手元資料の二ページ目をご覧下さい。私達の提案は、『北インド&南インド、カレー饗宴』。仮タイトルです」
インド大使館がついてくれたこともあり、対決とかVSなどの地域対立を思わせる表現は封印したんだ。多少インパクトには欠けたが、かまやしない。商品化が決まれば営業や宣伝、マーケまで入って「ああでもないこうでもない」と、どうせ名前を揉むしな。
主任は、次のページをスクリーンに映し出した。
「先程、図らずも話題になりましたが、本企画は、在日インド大使館商務部から、後援の内諾を得ています。……商品化の折は、ということですが」
両国の友好を祈るネールさんの推薦の言葉が、資料にはある。それを見て、おう……という声が、そこここで上がった。予想通りやっぱり大使館の後援はデカいな。好感触だ。菜々美ちゃんの活躍に大感謝だわ。
「また、本商品のポイントは、北インドカレーと南インドカレー、単にふたつの地域の商品を発売する、という点にはありません。実際……」
主任は話を切った。
「実際に……」
パソコン画面に瞳を落としたまま、なぜかしばらく黙っている。何人かが手元の資料から目を上げ、不思議そうに主任を見た。
「どうした。続けなさい、西乗寺くん」
研究所長に促される。西乗寺主任は顔を上げた。視線を俺に投げて。
「……ではここからは、本企画の発案者である木戸に説明させます」
えっ……俺が?
一瞬、頭が混乱した。主任、どうして……。
プレゼンをチーム長ではなく平社員が行うという慣例破りに、ざわめきが広がった。
「木戸くん。続けて」
「お、俺がですか」
「そうよ。できるでしょ、発案者なんだから。……自信を持ちなさい」
俺を見て頷いている。信頼している瞳だ。まさか……結菜の件で下手を打った俺を「発案者」として紹介することで、挽回の機会をくれてるのか。これ、もしかして……。
いや間違いない。それ以外、考えられない。
西乗寺主任の心遣いに、胸が熱くなった。もうやるっきゃない。体の芯から、なにか自分でもよくわからない力が湧いてきた。
「はい。それでは……」
急いで資料を繰った。
主任、ありがとうございます。俺、ご期待に添えるよう、全力でやりますから……。
「では僭越ながら、ここからは私が西乗寺に代わって発表いたします。皆様さ、三ページ目をご覧下さい。本商品のターゲットは、二十代までの若年層。そのためにコンビニを主要な販路として想定しています。各コンビニの調達部門とは調整済みで、発売に向け、好感触を得ています。また――」
静まり返った部屋にぺらぺらと、紙をめくる音が響いた。俺のプレゼンに合わせ、主任がスクリーンの映像も切り替えてくれる。
「企画の取り澄ましたコンセプトとしては、北インドと南インド、対照的なカレー商品で、インドの多様な食文化を体験してもらうことです。裏の狙いとして、きのこたけのこ戦争のような、コンシューマーによる自発的な盛り上がりを期待しています」
ほう……という声が上がった。面白いという呟きも。
「さらに『味変袋』添付により、『途中で味を変えれば新鮮』『自分好みの味を作り出す』といった楽しみを提供します。味変による自分流を購入者に発信してもらうために、若年層に人気のインフルエンサーを起用したSNSプロモーションを展開。同時に、ハッシュタグを指定しての投稿キャンペーンを執り行います。そしてその結果を――」
無我夢中で、俺はプレゼンを続けた。横の試食台では、電磁調理器上のふたつの大きなカレー鍋が、いい香りを漂わせ始めた。
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