11-4 宵闇のハグ

「木戸さんって、休みの日とか、なにやってるの」


 吉祥寺の焼鳥屋でふたりしっぽり飲んでいると、美月ちゃんに聞かれた。


 プライベートに踏み込んできたか……。今日の美月ちゃん、意外に積極的だな。


「そうだなあ……」


 考えた。結菜も働き始めたし、夜は勉強している。俺もその勉強見てやったりしてるから、家事の時間がない。なので週末はだいたい、溜まりに溜まった洗濯こなして掃除して、それから結菜を飯に連れ出すかな。毎日弁当じゃかわいそうだからさ。


 もう普通に結菜の下着とか干してるな、俺。今さらそれでどうこうって感情はない。下僕体質に調教済みというか……。


 でもなあ……「例の女子高生のパンツ洗ってます」とか正直に話したら、ドン引きされるのは見えてる。キープ扱いされてるとは思ってても、一緒に暮らしてるとは、夢にも思ってないだろうし。


「家事かな。平日あんまりできないから、掃除洗濯して半日終わるとか」

「へえ……かわいそう」


 少しだけ眉を曇らせた。


「今度、あたしが行こうか。……お手伝い」

「いやそれは……」


 無理だろ。たったひとつの狭いベッドに女子高生がごろごろしてスマホで漫画読んでるとことか、普通に見られるし。


「悪いし」

「いいよ別に。男の人のひとり暮らしとか、興味あるし」


 いやそこよ。なんもないとはいえ、外から見たら女子高生と同棲中だからな。ひとり暮らしとかいうレベルじゃなく。


「そ、それより外行こ、外。今度はこ……公園散歩したりとか。映画とか」


 苦し紛れだが。家に来られたら俺、終わる。


「うん。それでもいいよ」


 あっさり同意してきた。


「あたし、男の人とデートしたの今日が初めてだから、それで二回目ね」


 嬉しそうな表情じゃん。飲んだから少し頬が火照ってて、瞳が潤んでいる。


「……」


 デート? 今日のこの飲み、デートなのか、もしかして。


 デートってもっとこうなんというか、ふたりとも恋愛モードで気合い入れて臨むものでは……。


 ……でもあれか。


 俺は西乗寺主任の言葉を思い返した。前、菜々美ちゃんと三人で飲んだとき、「彼女とか大げさに考えるから駄目なんじゃないの」とか言われたわ。「今日だって同僚飲み会だけど、知らない人から見たら木戸くん、女の子ふたりとデートしてるようなもんでしょ」とかね。


 主任には、もっと広い世界を見て女の子と触れ合えとか、アドバイスされた。ならとりあえずデートだろうが友達飲みだろうが、こうして女子と会えばいいのかな。結菜との狭い世界に浸ってると近々、一線越えちゃいそうな予感があるしなー。


 実際この間旭川の結菜の部屋で、危ないところだったし。カワウソと言い張る謎ぬいるぐるみが俺をガン睨みしてなかったら、多分あそこで結菜のこと裸に剥いてた。背中を撫でてた手をたった数十センチ手前に動かせば、もうそれで胸揉んでるってことだもんな。その後どうなるかは、誰だってわかるわ。


 俺、非モテだから、デートとかなんとか大げさに考えすぎるのかもな。もっと気楽に生きてもいいかな……。


「じゃあ、そうしようか」

「うん。……ありがと、木戸さん」


 左手を伸ばすと、箸を持つ俺の手を握ってきた。


「わあ……たくましい手。ゴツゴツしてる」

「そ、そうかな」


 美月ちゃん、ちょっと酔ってるな、これ。恥ずかしがりだからタッチしてくるとか、普段ならありえないし。


「そろそろお開きにする?」

「そ、そうね……」


 立ち上がったが、ちょっとよろけた。


「大丈夫?」


 咄嗟に腕を取って支えた。


「うん。ふわふわして……気持ちいい」


 俺に腕を取られたまま、頬を寄せてきた。肩に熱い頬を感じる。今日は触ったのなんだの騒がないな。この間とは違って。それにしても腕、柔らかいわ。男とは全然違うな。


 いずれにしろ……仕方ないよな、これ。


 俺は心の中で溜息をついた。


 このまま帰すわけにはいかん。勘定を終えるとタクシーを呼び、一緒に乗り込んだ。なんとか聞き出した住所まで同乗し、マンションの入り口まで送ってやる。


「もういいね。ここからはセキュリティーあるし」

「うん。ありがと、木戸さん。……抱っこ」

「おわっと」


 ぎゅっと。ハグされた。美月ちゃん、ちょっと背が低いから、背伸びして俺の首を抱くように。柔らかくていい匂いがする。結菜とも菜々美ちゃんとも違うけど、勝るとも劣らない。


 思わず俺も体を抱きそうになったが、美月ちゃんは、すっと体を離した。


「お、おやすみなさい……」


 ふらふらと、オートロックの先に消えていく。抱かれた感触だけが、俺の体に残った。

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