6-4 添い寝って安心する
大騒ぎの女子会を終え、バーで軽く飲んで家に帰ると、結菜はまだ起きていた。十二時前だし、それほど不思議ってわけじゃない。俺のライティングデスクに向かい、なにか作業していたようだ。ノートが開けてあってペンが置いてあるから、なにか書き物でもしてたんだろう。
「お、お兄、早いねっ」
なぜか飛び上がった。
「早いか? もう十二時だぞ」
「マジ? あたしつい夢中になって」
「勉強もほどほどにしとけよ」
「お兄のための勉強だよ」
なぜかムキになる。
「そうか。……でもなんで制服着てるんだ」
女子高の制服姿じゃん。
「それは……ベッドに入って……その」
なんかモゴモゴ言っている。
「き、気合いが入るんだよ、勉強の」
そうか。まあ気持ちはわかる。
「顔が赤いぞ。風邪でも引いたのか」
「お、お兄、もっと遅いと思ってたから、鍵の音がして慌てて終了した」
「なにを?」
「パソコン……の勉強。だからせっかく制服着たのに、ベッドにもまだ入ってない」
汗かいてワケわからんこと言ってるな。熱ありそう。
「そうか。パソコンいじりたいのか。今度そのパソコンに、結菜のアカウント作ってやるよ。専用が欲しいなら、買ってもいいし。四万くらいの安い奴、見繕ってやる」
「ありがと。……それよりお兄、煙草の匂いがする」
「まあなー」
地下バーがシガーバーだったからな。俺は吸わなかったが、渋いおじさま連中の紫煙で、店内燻されてたからさ。
「どこで飲んでたの」
「おっさん飲み屋だよ。みんな煙草吸ってた」
嘘ではない。一次会の話はしてないだけで。
「ご飯は」
「食べてきた」
「お風呂どうする」
「もう眠いわ。朝シャワーする」
「そう……」
「布団敷けよ」
「……お兄が寝たら。もうちょっとここで勉強する」
「あんまり根詰めるな。早く寝ろよ」
「わかった。電気は後で消しとくね」
「頼む」
などと妙に所帯じみた会話をかわす。歯だけ磨いてベッドに横になる。いくら冷房入れてるって言っても七月だから、それなりに暑い。タオルケットだけ体にかけて横になる。
スマホを起動して目覚ましをかけたら、今日の女子会連中からのトークが溜まってた。飲み会直後くらいのだな。
「今、菜々美んち😜」
「あれ返事ないじゃん」
「寝てんの?」
「まあいいか」
「💢」
菜々美ちゃんのIDから、みんなで書き込んでるみたいだな。
その三十分後にも、書き込みがあった。
「まだスマホ見てない」
「👿」
「どこにいんのよ」
「ど田舎?」
地下のバー、今時珍しい圏外だったしな。あれわざと地下用ブースター入れてないんだと思うわ。おっさんの聖域にするために。
さらに三十分後。
「美月、もう寝てる😨」
「裸で寝てるJD、画像欲しい?」
「😍」
「丸見え」
「うっそー」
「💦」
それきり、トークは切れていた。まあ賑やかでなにより。とりあえず「👎」とだけ返しておく。明日見るだろ。
「なに見てんの、お兄」
背後から、結菜が覗き込んできた。
「ちょっと明日の研究のな」
適当にごまかすと、スマホの画面を消す。
「結菜ももう寝ろよ」
「うん……」
俺の背中に顔をくっつけてきた。
「わあ……お兄の匂いがする」
「ヤニ臭いだけだろ」
「その奥にだよ。……シャワー浴びてないからかな」
くんくん。
「なんか、いい匂い」
うっとりした声だ。
「そうか」
「うん」
俺も結菜の匂いで興奮することある……てかほぼ毎日だからな。もしかしたら結菜もそうなのかも。人間にも異性を誘う性フェロモンがあるってのが、最近の定説みたいだし。
「……」
「あんまりくっつくな」
なんというか、距離詰めに慣れてきた感はある。だからちょっと触られたりするくらいだと、もう驚きはしない。ただあんまりべたつかれると、俺が発情しちゃうのがな。同居あるある。
「……お兄、女の人の匂いする」
「まさか」
どきっとした。飲み会したくらいでバレるはずはない。とは思ったが、よく考えたら今日は結構くっつかれたからな。それに女子四人だし、スキンケアだメイクだフレグランスだとかがある。もしかしたら多少残り香してるのかも。
ならシガーバー行って良かったか。これ、葉巻で上書きしてなかったら、もっと匂いバレしそうだわ。
「結菜の勘違いだろ」
「……ううん。する」
麻薬取締犬かよ。
「そういや、バーに香水キツいおねえさまがいたわ。それじゃね」
「香水じゃない」
制服姿のままベッドに潜り込んでくると、俺を背中から抱く。
「おい結菜」
「今晩は一緒に寝る。いいでしょ」
「自分の布団で寝ろよ」
「やだ」
腕でぎゅっと抱いてくる。背中に体温と胸を感じる。
どうしよこれ。マーキングでもしてるつもりなんか。まあそれは冗談だが、なんとなく妙に罪悪感があるから、断りづらいな。
「……なら今晩だけな」
「うん」
「部屋着に着替えろよ」
「今日は制服がいいの」
「なんで」
「なんでも」
なんだか知らんが頑固だな。まあいいか。
「あんまり動くなよ」
「わかった」
動かれると、体を強く感じちゃうから、自動反応しそうだし。制服姿ってことは、スカートの中に手を入れたら下着一枚だけってことだし。
俺は、タオルケットを下半身に強めに巻きつけた。万一硬くなったときの用心に。悟られたら、結菜のセフレ攻撃が激化しそうだからな。
「ねえ、お兄……。あたしの制服、かわいい?」
「かわいいよ結菜は」
「へへっ」
結菜が笑うと、背中に当たってる胸が揺れた。
「お兄、こっち向いてもいいよ」
「もう寝ろ」
「じゃあ朝でもいいか。あたしも眠いし」
「なにが」
「なんでも……。ねえ、手、繋いで」
「ほらよ」
胸に回された結菜の手に、手を重ねてやる。こうすりゃ結菜が寝ぼけて動いたときに下半身に手が当たらないから、こっちも助かるしな。
「お兄、手、あったかいね」
「飲んだからな。末梢血管が開いてるんだよ。アルコール代謝で上がった体温を放出しようと」
「ふふっ」
結菜が笑うと、また胸を感じた。
「さすが理系」
「おやすみ」
「うん」
俺の手を握ってきた。結菜の手、相変わらず柔らかいな。
「こうしてると安心する」
「そうだな」
実家崩壊で独りっきりだもんなー。やっぱ奥底に不安を抱えてるんだろう。この間の主任飲み会で出たように、セフレ暴走だって、そんなような理由かもだし。
「おやすみ」
「おやすみ、お兄」
結菜は、また頬をすりつけてきた。
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