5-2 女子の気持ち
「なにか、相談したいことがあるんじゃないの」
きれいな瞳で、じっと見つめられた。なんか見透かされそうで怖いわ。西乗寺綾音さんは鋭い。研究にもそつがないし、上司たる部長を操るのも得意。だからまだ二十八歳というのに主任に出世してるしな。
「じ、じゃあ遠慮なく……」
ちょうどいい。この際、少し女子心理についてリサーチしておくか。なんも言わないとむしろ変に誤解されそうだし。
「女の子の気持ちって、どんなもんでしょうか」
「うおっキターっ!」
菜々美ちゃんの瞳が輝いた。
「菜々美ちゃん、茶化さないで」
主任がぴしっと。
「少し黙って聞いてなさい」
「はい」
さすがにおとなしくなったな。
「女子の気持ちね……」
一拍取って、冷酒を飲んだ。さらに氷蔵とっくりから自分と俺のぐい呑に継ぎ足し、空のとっくりを店員に振って見せている。
「具体的には、どういう状況なのかな」
「好きな男ができたら、恋人になりたいんだと思うんです。普通は」
ふたりとも言葉を発しない。俺は続けた。
「恋人以外のものになりたいって、ヘンですよね」
「嫁でしょ、嫁」
黙って数秒、もう堪え切れなくなったのか、菜々美ちゃんが口を挟んできた。楽しそうに、ビールをぐいぐい飲んでやがる。どこの詮索好きおばさんだっての。
「できちゃった婚じゃないすか。おめでとーございまーすっ」
「勝手に決めつけるなっての。そういうんじゃなくて、一般論だよ」
一般論にしとかないとな。
「その人を大事に思うからあえて身を引くとか、そういう世界もあるんじゃないかな」
それだけ口にすると、西乗寺主任はまた酒を飲んだ。
「まあ私は、そんなことしないけどね」
「たしかに。なーんか、はるか昔の女子って感じ。大正ロマンとかああいう」
いや菜々美ちゃん。大正ロマンって、そういうものじゃないと思うぞ。
「身を引くわけでもないというか……」
むしろ身を晒そうとしてるからな。
「ならあれっしょ。彼氏に振られて寂しいから、繋ぎにどうでもいい男とデートするとか、そういう奴っしょ」
どうでもいい男で悪かったな。一般論だけど。
「たしかに、そういう心理の子はいるわね」
西乗寺さんも同意した。
「実際木戸さん、あたしの友達にもいますよ。そういう娘。……だいたいダメンズに引っ掛かって酷い目に遭うというね」
「いやそれじゃ俺がダメンズみたいじゃんよ」
「違うんすか、『先輩』」
菜々美ちゃんが、大口開けてがははと笑った。のどちんこ見えてるし。こいつ、もう酔ってんな。
だがなんだな、その線はあるか。男は関係ないけど、家族が壊れて寂しくて、どうでもいい男(=俺)に寄生するという。別に好きでもないから恋人になりたいわけじゃない。気晴らしの関係で気持ち良くなりたいからセフレとか。
そうだよな。そもそも俺のアプローチ断ってるんだから。この説、有力じゃん。……なんとなく落ち込むけどさ。
やっぱ女子に相談してみるもんだな。岸田なんか恋愛マスター的に自称してるけど、全然頼りにならんからなー。
「木戸くんは、恋人が欲しいのね。でも知り合った女の子は、木戸くんを便利なキープ扱いしてる。……たしかにこれは悩むわね」
また冷酒を飲みながら頷いている。
「いや西乗寺さん。今のはあくまで一般論で。俺の話じゃないっす」
「そうよね。一般論。わかってるし、これはこの場だけの話。……そうでしょ、菜々美ちゃん」
「はいーっ。もちろんです」
俺を見て、嫌な笑顔を作ってきた。
「今度ランチごちそうしてくれたらあたし、貝になります。二度と口開かないんで安心安心また安心です」
くそっ。こいつ……。
「ああわかったよ。今度飯な。寿司でいいか」
「やったあ」
俺の腕を胸に抱え込んだ。
「回らない奴ですよね。ねっ。ねっ」
「そうしてやるから、もう離せ」
菜々美ちゃん、意外に胸あるな。結菜よりちょっと大きいくらいじゃないかこれ。俺もついこないだまでは二十六年間生きてきて一度も女子の胸感じたことなかったんだけど、もう二人経験したってことになる。これ童貞卒業したも同然だろ(泣)
「はいお酒」
西乗寺さんが冷酒をついでくれた。もうだいぶ飲んでるんですけど。
「アドバイスだけど、あんまりその子に入れ込まないほうがいいよ。もっと広い世界を見て、他の女の子と触れ合いなさい。……もちろんこれはあくまで一般論ね。木戸くんの話じゃなく」
「はあ……」
わかる。たしかに俺、家に帰れば結菜がいて迫ってくるから、ある意味、気が抜ける場所がないわ。いくら保護者とはいえ、もう少しあいつは放し飼いにして、俺は俺で自由に自分の時間使ってもいいかもな。
とはいえ……。
「でも俺、他に彼女とか……」
あっと思ったがもう遅い。「一般論」から「俺の話」にアップグレードしちゃった。ダウングレードかもしれんが……。
ちょっと酔った。勢いでつい言っちゃったわ。
「彼女とか大げさに考えるから駄目なんじゃないの」
長い髪をかきあげると、西乗寺さんは微笑んだ。
「今日だって同僚飲み会だけど、知らない人から見たら木戸くん、女の子ふたりとデートしてるようなもんでしょ」
「そうそう。もうぴっちぴちの女子大生が接待しまくってるんだから。あははは」
また俺の腕を取った。
「あたしと木戸さんの初デートというか、超デート? いやもはや風俗でしょ。……なんかオプション付けます?」
「希望オプションは無言プレイだ。とにかく離せっての」
なんとか振り払うと、面倒なんでビールのグラスを持たせ注いでやった。こいつうるさいから飲ませとけばいいや。
「西乗寺さん、たしかにそうかもです」
「でしょう……」
ぐいぐい飲みまくる菜々美ちゃんと俺を流し見る。
「まあ悩んだらまたこうして付き合ってあげる。だから仕事中だけはしっかりしてね。今月、ちょっとミス多いよ」
「すんません……」
はあ、最後の最後で説教されたか。てか、本当はこれ言いたかったんだろうな。さすがはできる上司だわ。
感心しながらも俺は、結菜になにか土産でも買ってってやるかどうか考えていた。俺だけ遊んで帰るの、なんか悪いからな。駅前でケーキでも見繕うか……。
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