76話 お泊まり準備、五和の思い



 薮原やぶはら 貴樹たかきの家に、贄川にえかわ 五和いつわは泊まりに来ている。


 ジェンガ対決の後、五和は寝る準備をするため、真琴ともに部屋へとやってきた。


「ここがわたしのお部屋ー」


 とても広く清潔な部屋だった。


「……ベッドじゃないんだ」

「うん! ベッドはお兄さんのもの使ってるから!」


「……へ、へえ」


 真琴の幸せな顔、および二人の同棲生活を見るたび、五和は辛い気持ちになる……。


 一方で真琴は無邪気な笑みを浮かべながら言う。


「だいたいお兄さんと同じベッドで寝てるから、この部屋ほとんど使わないんだよねー」


「……そ、そっかぁ」


 どうしよう、泣きそうだ。

 でもくじけない……。くじけちゃだめだ、と己を鼓舞する。


 押し入れから布団を2組取り出して、床に置く。


「ひっさしぶりにこの部屋で寝るよ~♡ だが! 今日は寝かせないんだぜ! いろいろおしゃべりしよ~♡」


 ……ああ、と五和は思う。

 この子は本当に、自分のことをライバルだと認識してないんだと。


 ここまで薮原やぶはらに行為を向けていれば、その態度を見て、察しても良いだろうと思った。


 けれど真琴が、薮原やぶはらへの思いに気づいている様子は微塵もない。


 つまり眼中ではないのだ。

 ……それはそれで凹む。


 でも、真琴は本当に自分を親友と思って接してくれる。


 五和もまた真琴のことは、ライバルであると同時に、仲の良い友達でありチームメイトであると思っている。


「……あんまり夜更かしはだめだよ」


「ちぇー。ゆーとーせー」


 真琴と一緒に布団を敷いて、シーツを乗せる。


「そういやさー、いっちゃん。何でも言うこと聞いてくれる権、どうするー?」


 真琴が言っているのは、先ほどのジェンガ対決で商品となった権利のこと。


 勝った二人は、薮原に対して、何でもひとつお願いをできる権利を得たのだ。


「……どう、って?」

「何に使うかーってこと!」


 それをもらえて天にも昇るような、幸せな気分になった。


 ……しかし突然言われても、どう使うかなんて考えてなかった。


「……まだ。マコは何か決めてるの?」


「うん!」


 真琴はシーツを折りたたみながら言う。


「明日休みだから使おうかなって! 映画みたーい! カラオケいきたい! 24時間私を良い子良い子してくれたり、高い焼き肉おごってもらいたい、それから……」


「……も、もう使うの?」


「え、使わないの?」


 どうやら真琴は明日にはもう使ってしまう様子だった。


「……うん。だって、こんなプラチナチケット、もう2度と手に入らないかもだよ? なら、使うタイミングは慎重に選ばないと」


「あはは! プラチナチケットって! いっちゃん面白いこというねー」


 ……そりゃね、と五和は心の中で溜息をつく。


 だってこんなビッグチャンス、2度と回ってこないと考える方が自然だ。


 真琴と違って、自分と薮原との接点は、あまりに少ないから……。


「私はガンガン使っちゃうよ。いっちゃんはとっとくタイプなんだね」


「……うん。美味しいものは最後に食べるタイプ、ってやつかな」


 逆に真琴は、美味しいものを最初に食べるタイプのようだ。


「おなかが空いてるときに食べる、美味しいものが最高に美味しいって思わない? あとでたべよーってときには、おなかいっぱいで、それを十分に楽しめないだろうし」


 真琴が何気なく言った言葉が、五和の心の中に残る。


 と、そのときだ。


「おーい、風呂沸いたぞ~」


 真琴の部屋のドアが開いて、薮原が顔を出す。


「あ、じゃあいっちゃん先に入って! ぼくは後で良いからさ!」


「……ありがと、先に入らせてもらうね」


 五和はバスルームへと向かう。


 替えの下着は、一応持っていた。

 スポーツ選手のため、着替えは多く持っているのである。


 ただ今日の寝間着は、真琴ではサイズが合わなかった(胸ではなく身長的な意味で)。


 五和は着替えを持って脱衣所へいく。


「…………」


 ぱさ……と五和がシャツとスカートを脱いで、下着姿になる。


 姿見に映る、ほっそりした少女の裸身。


 無駄な肉のない、美しい体つきだ。


 だが……五和の脳裏には、真琴の豊満なバストと、くびれた腰、すらっとしつつもむっちりと肉のついた下半身を思い出す。


「……はぁ」


 あまり気に病んでもしょうがないのだ。

 五和はバスルームへと向かって、体を洗う。


「…………」


 シャンプーで髪の毛を洗う。

 このシャンプーで、薮原も髪を洗っているのだろうか……。


好きな人と同じシャンプー……。

 銘柄を確認して、覚える。あとでドラッグストアで同じものを買おう。


 その行為に何の意味があると言われと困る。

 ただ五和としては、好きな人と同じものを身に付けたい気持ちがあった。


 少しでも、彼を身近に感じていたいから。

 

 頭について泡をシャワーで流し、体をボディソープで洗う。

 その後湯船に浸かって、小さく吐息をつく。


「……ふぅ」


 なんて濃い数時間だったろう。

 なんて、幸せな時間だったろうか。多分人生で最良の日だったと思う。


「……たかき、さん」


 好きな人と一緒にご飯を食べて、一緒にゲームまでできた。

 五和の薄い胸の奥には、ぽかぽかとした、幸せな感覚が残っている。


 ずっと彼と一緒にいたい、こんなふうな気持ちでいたい。


「…………」


 彼と過ごした時間が楽しければ楽しいほど、現実を思い返して、辛い気持ちになった。

 彼のそばにいるのは自分の親友、真琴だ。


 その場にいくためには、親友が座っている席を奪わないといけない。

 そうしたときに、彼女は自分をどう思うだろう。


 どういう目で、見てくるだろう。

 ……今まで通り友達としては見てくれないに決まっている。


 布団を一緒に引いてる時の、あんなふうに、楽しい時間は二度と訪れなくなる。


「……怖い」


 そう、怖いのだ。

 五和は、怖い。


 もし万一、何か奇跡が起きて、薮原の心を射止めることが出来たとしよう。

 その時に確実に訪れるのは、親友との衝突……。


 平たく言えば、真琴から恨まれることになる。

 今まで通りの、仲のいい友達では二度といられない。


「なんで……親友と、同じ人を好きになっちゃったんだろう……」


 この先に待つのは、どう考えても暗い未来だ。


 思いが成就すれば親友を失う。

失敗すれば一生物の心の傷を負う。


 身を引いても、前に進んでも、待っているのは地獄だ。


「…………」


 真琴から問われた、何でも言うことを聞かせる権利を、どうするか。

 あの問いかけに、かっこよく答えたつもりだったけれど、本当は違う。


 使いどころを選んでいるのではない。

 使えないのだ。


 確かに起爆剤になりえるかもしれない。

 でもそれが火種にも確実になると言える。


 怖いのだ。

 彼に近づきすぎるのが。


 親友にばれたらいやだし、それに、近づきすぎたら……。

 失敗した時の、心の痛みをさらに深くする。


 でも……それでも。


「……好き」


 好きな気持ちを抑えられない。

 今日彼と一緒に色々したことが、本当に楽しかった。


 こんな日々が死ぬまで続いててほしいと思ってしまうんだ。

 劇薬だった、今回のお泊りは。


 やめておくべきだった。

 この楽しい時間を、いとしい人と過ごす快楽を知ってしまったら、もう戻れない。


「……ごめん、マコ。あたし、最低だ」


 薮原が好きでたまらない。

 ずっと彼のそばで過ごしていたい。

 あの人に抱いてもらいたい。キスしてもらいたい。

 

 薮原と共に過ごしたことで、より彼への思いを強化してしまった。


 五和は湯船から出てシャワーを浴びる。


「……っ、……ぁ、……ん」


 ダメだと思っていても、彼を思うと体がうずく。

 気づけばシャワーを使って自分を慰めていた。


 薮原と真琴に聞かれないように、声を殺しながら、体を震わせる。

 刹那的な快楽を感じている時だけは、胸の痛みから解放されていた。


 ……だがすぐに現実へと舞い戻ってくる。


「……何してんだろ、あたし」


 罪悪感にさいなまれながら、五和は風呂からあがる。


 と、そのときだった。


「「え?」」


 ちょうど、脱衣所に薮原が入ってきたのだ。


「い、つわ……ちゃん?」


 今、彼女は一糸まとわぬ姿。

 思い人に、裸をさらしている状態。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 五和は顔を真っ赤にして、声にならない声をあげるのだった。

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