59話 旦那の浮気はゆるさへんで!
5月4日の朝。
「ねーねー、おにーさん♡」
昨日たくさん甘えたので上機嫌だ。
「きょーのご予定は~?」
ゴールデンウィークも終盤にさしかかっている。
真琴は今日、部活がある。
だが午後から練習のため、午前中は暇だ。
午前中は
「悪い、ちょっと出かける用事があるんだ」
「えーーーーーーーーーーーー!」
真琴は初耳だった。
つまり、出かけるのは、真琴とというわけではない。
「な、何しに行くの?」
「あー……ちょっと、
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
真琴が先ほどよりも大きな声を上げる。
「声がでけえよ……」
「浮気じゃん! デートじゃぁーーーーーーーーーん!」
知らず声が大きくなると言うもの。
自分以外の女と、大好きな男が出かけるなんて、到底、真琴には許容できるものじゃなかった。
「浮気でもデートでもねえよ。ただ
「それを世間一般ではデートっていうんだよー!」
だが女子の視点ではそうなるのだ。
「じゃあぼくも! ぼくもついてく! やましい気持ちがないんだったら、ついてってもいいでしょー!」
……浮気ではない、と
だが相手は綺麗な女性。
そういう雰囲気になる可能性だって、十分あり得る。
ならば一緒について行って、見張っておかねば!
「駄目」
「なんでー!?」
「おまえ……午後から練習あるっていっただろうが」
「んがっ……!」
そんなに長く……
「やだ……」
「え?」
「やだーーーーーーーーーーーーー!」
真琴は立ち上がって、
ぎゅーっと、だきついて、わがままを爆発させる。
「やだやだやだやだやだやだやだーーーーー!」
駄々っ子のように、
この間の遠征の時は……我慢できた。
でも……それでもまだ真琴は子供なのだ。
愛する男が、他の女性と楽しく買い物にいくことを、許せなかった。
「子供かおまえは……」
あきれたように
「だめだめだめー! お兄さんはぼく以外の女の人と出かけちゃだーめー! お兄さんはぼくだけとデートしてればいいんだよぅ!」
ぎゅーっ、と真琴が抱きついてくる。
放したら、別の女と出かけてしまうから。
「明日おまえ、練習休みなんだろ。なら明日まで我慢なさい」
「でもぉ……! じゃあお兄さんは今日デートするの我慢してっ!」
「それはできない」
「どーしても!?」
「ああ、どうしても……大事な用事があるんだ」
そこにやましい気持ちは一切見て取れない。
真琴は悩む。大いに悩む。
大事な用事、とはなんだろう。
何か家族関連の買い物だろうか……。
それだったら浮気デートではないだろうけど……。
それに
厳しいことを言うけど、真琴と
隠れて浮気なんて……しない、と信じたい。
……それでも
何か、間違いがあっても、不思議じゃない……。
「う~……うぅ~……」
じたばた、と真琴が手足をばたつかせる。
嫌だ、本当は嫌だ……けど。
「………………わかったよ」
頑張って、真琴はうなずく。
あまり長引かせて、彼を困らせたくない。
たぶんもうそろそろ出て行く時間なのだろう。
「ありがとう。じゃ、俺もういくな」
「部活、がんばれよ」
ぱたん……とリビングのドアが閉まる。
真琴はテーブルの上の、空いた食器を片付ける。
洗って、掃除をし、洗濯をして……。
「うがぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
真琴はソファにダイブして、ぱたぱたぱた! と手足をばたつかせた。
「大事な用事ってなんなんだよぉーーーーーーーーーーーーーーーー! むにゃーーーーーーーーーーーー!」
ぽかぽかぽか、と真琴がソファをたたく。
「ぼくを差し置いてっ、美人と一緒に買い物なんてっ! 悪い旦那さんだっ! きー!」
ひとしきり不満を爆発させたあと……。
ソファに突っ伏したまま、つぶやく。
「……なにしに、いくんだろう」
今日までだってずっと、彼は自分を愛してくれていた。
彼の真琴への愛は本物だろう。
……とはいえ。
「浮気は、ゆるさへんでぇ~」
真琴からすれば、
真琴は
愛する旦那には、自分だけを見ていて欲しいのである。
「うー……気になる……でも練習がある……でも……きーにーなーるぅ~……」
ぱたぱたぱたぱた、と手足を動かす……。
そして……うなずく。
「うっ! あ、あたまがいたいー。あたまがいたいなー」
真琴はスマホを取り出して、バスケ部のキャプテンに連絡を入れる。
「あ、
電話に出たのは、男バスのキャプテン、
バスケ部は、女バスと男バスに別れている。
顧問への連絡は、女バスであっても、男バスのキャプテン(総キャプテンでもある)である乗鞍に入れることになっているのだ。
『やぁ
「やー、実は朝から頭痛がいたくってー。うっ……頭がぁ~……」
ようするに、
電話の向こうで、乗鞍が苦笑する。
『愛しの旦那様が他の女性とデートでもして、気になってるのかな?』
「なっ!? なぜそれをっ!? さてはおぬし、エスパーかっ!」
『そう。僕はエスパーだからね。なんでもお見通しだよ』
くつくつ、と乗鞍が笑う。
『サボるのならもうちょっと、声をそれっぽくしないとね』
「う~……ごめんなさい」
『いや、謝らなくて良いよ。わかった、僕のほうから、顧問の先生にはうまくいっとくから』
「えっ? いいのっ?」
『ああ。僕は君を応援してるからね。ほら、早くお兄さんとこ行ってあげな』
「うんっ、わかった! ありがとーキャプテン!」
話のわかる人で助かった! と真琴は安堵の吐息をつく。
『あ、でもね
乗鞍が、優しい声音で忠告をしてくる。
『たぶん杞憂になると思うよ』
「きゆー?」
『思い過ごしってこと。今日デートにこっそりついていかないほうがいい』
乗鞍が矛盾していることを言ってる。
彼は、真琴の意をくんで、サボタージュを見過ごしてくれるという。
だが、デートにはついていかないほうがいい?
「どーゆーこと? さっきと言ってることちがくなーい?」
『ははっ。まあね。でも君を応援してるのは本当だから。だからこその忠告だよ。明日までおとなしく待った方が良い』
……どういうことなのか、わからず、真琴は首をかしげる。
『選ぶのは君だ』
「んぅ~……でも、無理! ぼく、やっぱ気になる!」
『そうか。わかったよ。じゃあ顧問のほうには僕が休みって伝えておくから。君は君で頑張るんだよ』
「おけー!」
『あ、それと、お兄さんたちがどこへ行ったのか、知ってるかい?』
あ、と真琴が遅まきながら気づく。
しまった、聞いてなかった。
『川崎のショッピングモールに向かったよ。結構なかは広いけど、頑張って探せば合流できると思うから』
「…………」
さすがに、違和感を覚えた。
なぜそこまで、知っているのかと。
『ふふっ。言っただろう? 僕はエスパーなんだ』
「ほんとに~?」
『ほんとほんと。ほら、すぐ行ってあげな』
……乗鞍の言葉が真実かどうかは、わからない。
ただ、他に手がかりがない以上、彼の言葉を信じてみることにした。
「わかった、ぼく、信じるよ!」
『ありがとう。じゃ、頑張って』
通話が切れる。
真琴は立ち上がって、ささっ、と着替える。
「よーし! しゅっぱつじゃー! 待ってろお兄さん! 浮気は……ゆるさへんでー!」
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