第120話 最後のバーチャルモンスター

 繭の中に居る間、ヨハンはずっと、夢を見ていた。


***


***


***


 楽しそうにおしゃべりしている女子学生の集団とすれ違うとき。

 SNSで楽しそうにやり取りしている人たちを外から眺めているとき。


 私はそこはかとなく辛くて、どうしようもなく寂しくなる。昔は私にも、それなりに友達がいたんだけど。進学、就職。人生のステージが変わる度、少しずつ、友達は減っていった。そんな時、ふと思うのだ。


「あれ……大人って、どうやって友達を増やせばいいんだろう?」


 その時だった。


「かつて子供だった者よ。思い出したか。真理を」

「あなたは……」


 振り返るとそこに、彼が立っていた。


 顔の上半分を覆い隠す仮面。その下から覗く、整った顔立ちを予感させる妖艶な唇。流れる金と赤の髪。漆黒の鎧とマント。そしてその内に秘められた美しい肉体。


 バーチャルモンスターズのラスボス、カオスアポカリプスがそこに立っていた。


「なぜ友達が減っていくのか。それはお前が未来への可能性を失ったからだ」


 カオスアポカリプスは語る。


「子供とは未来への可能性を消費し、成長し、大人へと成長する」


 私はゼッカちゃんやオウガくんを思い出す。ここ数日で驚くほど成長した彼女たちを。


「だが大人とは、可能性を使い果たした残りカスに過ぎない。やがて老い腐り、世界から疎まれ、新たな世代に殺される。この私がそうだったように」


「そんなことは……」


「未来なき者よ、お前もそうだ。お前の計画は失敗に終わる。繭から出ても、お前は何一つパワーアップなどしていない。何故なら、大人になってしまったお前には可能性も、輝かしい未来も、何もかも残されていないからだ」


 え、繭化失敗に終わるの!? それは凄く困るわ。


「あわわ……ど、どうしたらいいのかしら」


「どうしようもない。お前は仲間からの信頼を全て失う。これまで積み上げてきたものは脆く崩れ去る。仲間たちはお前を罵るだろう。期待を、信頼を裏切ったと。そして全員が離れて、お前はまた孤独を――」


「いいえ、それだけはありえない」


 彼の意見を私はきっぱりと否定した。彼が言うのなら、きっと私の【繭化】作戦は失敗に終わるのだろう。何かパワーアップをしないと、ロランドさんには到底敵わない。元々強いが、彼は何かを隠している。

 外がどうなっているのかはわからないけれど、元々厳しい戦い。負けてしまうかもしれない。


 でも。


 そうなったとしても。


「私の仲間たちは、私のことを罵倒したりしない。離れたりもしない。ちゃんと謝れば、許してくれるわよ」


「何故そう言い切れる?」


「信じてるから」


 三ヶ月前。電車の広告を見て、衝動的にこのゲームを開始した。若い子が多いから浮くよ? と言われて、それは確かに怖かったけれど……勇気を出して踏み込んだ。


 そうしたら、多くの仲間ができた。


 ゼッカちゃん。レンマちゃん。コンちゃん。ドナルドさん。煙条P。オウガくん。メイちゃん。みんなみんな、今では大切なお友達。


 あの時怖がってゲームを始めなければ、得られなかった私の大切な宝物。だから。


 今は寂しくない。


 いつからか。


 もう、女子学生の集団とすれ違っても。SNSで楽しそうな人たちを見ても。寂しくなんてない。羨ましく思うこともなくなった。


 私の周りに人が。そして、バチモンたちが沢山いるから。


「だからもう、私は大丈夫よ」


「そうか……」


 そう呟くと、カオスアポカリプスの体が霞みのように消えはじめる。どこか寂しそうなその姿に、私は思わず声を掛けた。


「私の友達が言っていたの。貴方の力には、無限の可能性があるって」


 届いているかはわからない。でも。私は必死にその背中に語りかける。これは私の勘なのだが。彼はずっと。鎧を受け取ってからずっと。鎧を通じて、私を見守り続けてくれていたような気がする。


「私もそう思うの」


 20年前。テレビの中の子供たちとそのバチモンに彼が倒されたとき。私は純粋に喜んだ。悪者をやっつけた! やったと。

 でも、それから多くの物語に触れて。成長して。ただ倒されるためだけに存在した彼への理解も深まって。

 だからこそゼッカちゃんが言ったあの何気ない言葉に、とても救われた。


「きっと大丈夫。貴方も、私も。未来なき者なんかじゃないわ」


 カオスアポカリプスは振り返る。私が思っていることは伝わっただろうか。わからない。でも、伝わっていたらいいなと思う。


「この私に可能性か……そんなことを言う者は、未だかつていなかった。ふん、くだらない」


 そう吐き捨てた。そして、そう吐き捨てた後で、彼の口元がわずかに微笑む。


「くだらないが……面白い。手を貸してやろう」


「え!?」


 その瞬間、私の手の上に召喚石が現れた。黒紫色をした表面を、数多の赤い×字で覆われた、見たこともない召喚石。これってもしかして、カオスアポカリプスの召喚石!?


「繭化による不確定強化要素を利用して、我が鎧の力を解放してやる。まぁ、無駄だとは思うが……」


「つ、ツンデレ……ツンデレなの!?」


「むっ? そろそろ目覚めの時だ」


 私の言葉を軽く無視して、カオスアポカリプスは空を見上げる。真っ白だった夢の世界の空はヒビ割れ、夢の終わりを告げているようだった。


 次第に、私の意識が覚醒に向かっていく。それと同時に、視界が白んでいく。


「さらばだ、かつて子供だった者よ。お前の可能性を……我が力の可能性を……私に見せてみろ」


***


***


***



 ヨハンが意識を取り戻すと、そこは王座の間。激しい戦闘で壁や天井の一部が崩壊してはいるものの、ギルドクリスタルは未だに健在だった。


「ヨハンさん!」

「……お姉ちゃん!」


「二人とも! 守り抜いてくれたのね!」


 駆け寄ってきたゼッカとレンマに抱きしめられる。


「で、究極変態はどうなったのでしょうか?」


 ヨハンが美少女二人からの抱擁を楽しんでいると、居心地が悪そうにコホンと咳払いをしながら、ロランドが言った。


「ロランドさん……いつの間に!?」


 メニューを操作し、王座の裏にセットしていた自分の召喚石を回収しながら、ヨハンが尋ねる。


「最初から居ましたよ。さて……」


 ロランドはわくわくを抑えきれないといった表情で剣を構える。


「究極変態とやらは、上手くいきましたか?」


「女性に向かって変態とか、見損ないましたよロランドさん!」

「……そうだそうだ!」


「ええ、いや、変態とはそういう意味ではなく……」


 ゼッカとレンマからの口撃に、ロランドは助けを求めるような視線をヨハンに向ける。そんなヨハンは仮面の下でドヤ顔を決めると、手に握られていたカオスアポカリプスの召喚石を掲げてみせた。


「おお!」

「……凄そう」


「これはカオスアポカリプスの召喚石。今からその力を見せてあげるわ」


 ヨハンは手に持った召喚石を試してみるが……何も起こらない。注視してみても、詳細が表示されることはなかった。


「そういえば、鎧の力を解放してやるって言ってたわね……。つまりこれは……」


 イミテーション。繭化の処理の過程で生まれた、形だけのオブジェクトだった。まぁ記念に取っておこうと、その召喚石をストレージにしまう。


 そして、改めて自身のスキルを確認すると、鎧の【カオスアポカリプス】に、第三のスキルが追加されている。


終焉の星ジエンド

○【暗黒の遺伝子】により発動するスキルの【威力】【補正数値】【再使用時間】を10倍にする。特殊なスキル効果にはさらに補正がかかる。


《解放条件》

【カオスアポカリプスシリーズ】を装備した状態で【暗黒の遺伝子】を経由した【繭化】の使用により、6時間を終える。


《使用期限》

取得したイベント終了、又はログアウトするまで。




「なるほど。期間限定のパワーアップフォームということね……それじゃあ行くわ――【終焉の星ジエンド】!!」


 ヨハンがスキルを発動する。すると王座の間全体に、闇のオーラが広がる。


 そして。


 ゼッカが叫ぶ。


「おおっ! ヨハンさんの装備が無骨な悪役鎧から、素敵な黒い戦闘ドレス姿に! 美しいおか、おか、お顔が露に! さらに髪は膝裏まで長く! 色は白く染まりつつ所々に赤と金のメッシュ入り! そしてドレス姿がとにかくイイ! 大人っぽくセクシーな胸元、腕、ふともも! 鎧のときはわからなかった大人の魅力に溢れてる! へへ、唆(そそ)るぜこれはァ!」


「……説明ありがとうゼッカ。でもその人に見せられない表情をやめて」


「ほう……魔王城の主というよりは、暗黒の姫君と言ったところでしょうか。やはりパワーアップをしていましたね」


 強敵を前にロランドも若干テンションが高い。


 そして、もう一人。


「ふははははは! ようやくラスボス登場か! 待ちわびたぞ」


 男の声がした。


「ゲェェこの声は!?」

「……カイ!?」


「確かに死亡通知が届いたはずですが?」


 王座の間の端の方に積まれた瓦礫の下から、ゼッカに敗北したはずのカイが姿を現した。竜戦士風の【ドラゴンズガスト】ではなく、貴族風の見た目重視の装備を身に纏っている。


「はっ。ドラゴンズガストの二つ目の能力【ドラゴニック・トランスミグレーション】が発動したのだ。本当はロランド、お前との戦いまで秘密にしておくつもりだったのだがな」


 ドラゴニック・トランスミグレーションとは、HPがゼロになったとき、ドラゴンズガストを含めたその時点で装備している全ての装備を破壊状態にすることで復活できるというスキルである。


 今まで静かだったのは、単純に装備を失い筋力値が下がり、瓦礫からなかなか脱出できなかったからである。


「ほうほう、鎧の下の素顔はそうなっているのか。いいぞ。なかなか美しいではないか。美しく艶やかでいて、同時に強者のみが纏うオーラも感じる。こんな装備で申し訳ないが……是非手合わせ願おうか!」


 そして剣を構えたカイは、一直線にヨハンに襲い掛かる。


「……お姉ちゃんを助けなきゃ」

「待ってレンマ。ヨハンさんが本当に究極変態しているなら、カイ程度なら瞬殺するはず……その瞬間、見たくない?」

「……確かに見たい」


 そんなやり取りをするゼッカたち。そしてロランドもカイに加勢するということはなく、一端様子見をするようだった。


 一方攻撃を受けるヨハンは、今だ夢見心地というか、あまり身が入っていない様子で、自分の手のひらを見つめていた。カイ再登場からここまで、ノーリアクションである。


「ふはははははは! 覚悟し――ぐっ――」


 ゼッカたちは信じられないものを見た。まずヨハンが手を振り上げた。まるで呼ばれたから手を上げたかのような、そんな自然な動作だ。


 そんな動作にも関わらず、斬りかかったカイのHPが一瞬で消滅。断末魔すら上げる暇もなく、カイの肉体は粒子となって消滅した。


 そして。


 ゼッカたちもまた、王座の間に倒れていた。ダメージこそないものの、ヨハンが手を振りかぶった時に発生した衝撃波で、体が宙を舞ったのだ。


 その結果を見て、ヨハンは青ざめる。


「どうしましょうゼッカちゃん……強くなったのは良いのだけれど……」


「よ、ヨハンさん?」


「この体、上手く動かせないわ!」


「「「ええーっ!?」」」


王座の間にロランド、ゼッカ、レンマの声が木霊した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る