第114話 輝きの裏側で
「くっ……一体いつまで続くのだこれは!」
ロランドたち一行が闇の城の二階層に侵入してから、すでに1時間が経過していた。
だが、彼らは未だに煙条Pを仕留めることができないでいた。
その理由は、煙条Pの新曲にある。
煙条Pの持つユニーク装備【サクラハピネスSFシリーズ】をトランスコードによって強化した結果、新しい曲【ULTIME@TE】が追加されたのだ。
この曲の効果は特殊で、煙条Pが歌詞とダンスを間違えない限り、フィールドに居る全てのプレイヤーに【観客】の特殊状態を与えることができる。
【観客】となったプレイヤーはこの曲が続く限り、ライブ応援モーションを強制的に取らされ、戦うこともできなくなる。
そして煙条Pはロランドたちが現れるのと同時にこの【ULTIME@TE】を開始。
これまで1時間以上もの間、一度も間違えることなく、踊り、歌い続けているのだ。
だが、同じ曲を1時間も聞かされて続けている側は堪ったものではない。
特にグレイスは具合が悪くなったのか、青ざめた顔のまま何も言わなくなり、カイはずっと文句を言い続けている。
「なんだこれは……このような時間稼ぎに一体何の意味があるというのか……」
と、最早キレていると言っていい。
「この曲の振り付け、全部覚えてしまったかもしれません」
「神曲なのは間違いないけど、他の曲も見てみたいわね」
逆に、ロランドとギルティアの兄妹は少し楽しんでいた。
「ふん。外のクリスターもやられてしまったというのに……暢気だなお前たち兄妹は」
そして、ここまで踊り続けた煙条Pは。
(く……ここまで1時間……ずっと同じ曲を歌い続けるのは……辛い……)
踊りながら、歌いながらも、煙条Pの頭の中に過るのは、そんな泣き言だった。
VRに肉体的な疲労こそないものの、やはり同じ作業をミスなく続けるというのは、精神力を大きく消耗した。
ミスった瞬間に曲の効力が無くなる性質上、失敗=死である。それが煙条Pの肩に重圧としてのしかかる。
『30分稼いでくれたら、それで十分ですから。頼りにしてます』
イベント開始前、ヨハンに言われた言葉を思い出す。
(そうだ。既に予定の倍の時間を稼いでいる。十分だ。私は十分な仕事をしたじゃないか。もう終わってもいい……ああ、少し疲れました)
そして、前のめりに倒れそうになったその時。
「……!?」
誰かに手を引かれた気がした。
幸い、曲は途切れることなく続いている。混乱しつつも、煙条Pはダンスを続ける。
もしかしたら。いつか育てたアイドルたちが『君ならもっとやれる』と。かつて自分が彼女たちにしてきたように……応援してくれたのかもしれなかった。
(今のは……そうか。私にはまだ、やるべきことが残っているということか)
人が輝いている瞬間を見るのが好きだった。
アイドルになるゲームではなく、アイドルをプロデュースするゲームが好きになったのも、それが原因だろうか。
人は誰しも、主人公になれる時がある。横から見ていて、そう思うことがある。
自分の所属するギルド【竜の雛】には、そうした人物が多い。
オウガはライバルを乗り越え、輝きを見せた。勝てないと思っている相手に勇敢に立ち向かい勝利を収めた。
コンは初めて会った時よりも随分と良い笑顔をするようになった。かつての仲間たちへの妄執より、今の仲間たちと歩むことを選んだ。それは簡単なことでは無かっただろう。誰にも言えない、葛藤があったはずだ。
ゼッカは親友と戦おうと、上で待っている。
(怖いだろう。不安だろう。だが、君が本気でぶつかれば、きっと良い結果が得られると、私は信じている)
皆、自分では気が付いていないかもしれないけれど。
主人公のように輝いていた。
そして。
(ヨハンさん。君はよく、自分を大人として、子供たちより一歩退いたところから接している。それは正しいと思う。君は確かに、人生の大きな試練を乗り越えてきた、立派な大人の一人だ。だから君が自分を大人と定義してしまうのは当然であり、仕方のないことだというのは、わかっている)
煙条Pは柔らかく笑う。
(だがね。君だって私から見ればまだまだ若造だ。子供だ。輝ける力を持っている。だから……君ならば必ず賭けに勝つと信じている。私たちを、勝利に導いてくれると信じている。そのために私は!)
煙条Pの体に力が戻る。
(私は主人公にあらず、プロデューサーである。ただ彼女たちを支え、共に歩む者。私は嫌われていい。脇役でいい。ただ我らの勝利の為に……)
「うぉおおおおおおおおおお!!」
自分が支えた竜の雛の勝利の為。その日、煙条Pは限界を超えた。
***
***
***
「まさか1時間半も気持ち悪いグロ映像を見せられるとは……おのれおのれおのれおのれおのれ」
「止めるんだカイ」
HPを失い、満足そうに笑いながら消えゆく煙条Pの体を何度も剣で突き刺すカイを、マナー違反だとロランドが止めた。
だが、煙条Pのスキルを1時間半という長い時間受け続けたストレスが相当のものだったのか、カイは怒りが収まらないといった様子で、階段を上り始めた。
ため息をつきながら、残りのメンバーも続く。
そして、第三階層に上がると、そこにはゼッカが一人、待ち構えていた。
「へぇ、本当に魔王城みたいだ。各階層ごとにボス一人ってことか?」
煙条Pにはすっかり怯えていたグレイスだったが、格下のゼッカを見て落ち着きを取り戻したのか、いつもの調子が戻ってくる。
「ボスというにはあまりにお粗末な出来だが……まぁいい」
言いながら、カイが剣を構えた。
「今は大分鬱憤が溜まっているのでな。我ら4人で瞬殺させてもらうぞ」
「いいえ。私が戦うのはギルティア一人です」
だがきっぱりと、ゼッカは言った。そんなゼッカをカイが鼻で笑う。
「ハッ。誰がそのような提案に乗るか。貴様はこの私が……」
「待ってカイくん。ここは私とゼッカの一騎打ちよ」
ギルティアがカイを制した。
「妹……私に指図とはいい度胸だな。ここは全員でかかるのが正解だ」
「そうだね。あのコンって召喚師にもしてやられたし……ここは全員で一斉にかかるのが得策じゃない?」
「いいえ。ここはギルドマスターに任せ、先に進みましょう」
カイとグレイスの提案を、ロランドが蹴った。納得いかないといった表情をする二人だが、ロランドがすたすたと上に行く階段に足を掛けたのを見て、慌てて追いかけていく。
「妹よ。そしてゼッカさん。どうか、悔いのないように」
そして、対峙する二人にそう言葉をかけると、第三階層へと登っていった。
ヨハン覚醒まであと1時間。
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