第113話 勝負ならいつでも受けたるわ

(ここまでで三時間半。十分や。後は仲間に任せて……しかし)


 コンは目の前の怪物、クリスターを見やる。


「どうやら気づきはったみたいやね。九尾と三大厄災の攻略方法」

「ええ。気づきましたとも。貴方たちの弱点にねぇ。だからこその、ハイドラプランツの触手ですよ!」


 ハイドラプランツの触手は、触れた相手からMPを吸収することができる。所謂MPドレインである。


「あなたの三大厄災が感染するのはHPをゼロにしたとき。ならば、HPではなくMPをゼロにしてしまえばいい!」

「……正解や」


 コンは諦めたように静かに笑った。


「おや、随分と諦めがいいんですね。つまらない。さぁ……そろそろですよ!」


 クリスターが九尾を締め上げる力を強める。そして、九尾の悲鳴が大きくなったところで、その体が光りの粒子となって消滅した。

 九尾は、クリスターに全てのMPを吸い取られてしまったのだ。


 クリスターは勝ち誇ったような表情を浮かべると、その魔の手をコンに伸ばす。


 だが。


「コンさんに手を出すなー!」


 メイの叫び声と共に、ソードエンジェルがクリスターに斬りかかる。腕から伸びたエクスキャリバーによる切断を試みた。

 だが数多くの召喚獣をサモンライドさせたクリスターにダメージを与えることができなかった。

 反撃を食らい、ソードエンジェルはあっけなく消滅した。


「メイちゃん……」


「助けに来ましたコンさん。ここは私に任せてください」


「へぇ……まだ召喚師が居たなんて。竜の雛は選手層が厚いですね」


「メイちゃん……来てくれはったんは嬉しいけど、勝ち筋は?」


「ふふ、もちろんありますよ!」


 メイはコンに向かって「グイッ!」と親指を立てた。


 メイが氷の塔の上から、今の姿となったクリスターを発見してから、既に10分が経過している。


「ドナルドさんから聞いています。貴方がそうやって召喚獣に変身していられる時間は大体10分だと! そして、もうその10分は過ぎているのです! なら、もうその姿では居られないはず!」


 メイはクリスターを指さすと、そう宣言した。その様子はコンをして、とても可愛らしかったが、メイの話の内容を聞いて、訝しげな顔をした。

 嫌な予感がしたのだ。そしてそれを裏付けるように、クリスターはさも愉快そうに笑った。


「ああ、そうですか。もう変身から10分以上……ええ。昨日までなら青ざめて居たでしょう。昨日までの私ならねぇ!」

「やはり……」

「え? え? どういうことですかコンさん。え?」

「あのキメラはんは、制限時間を克服したんや。そしておそらくはクロノドラゴンの……」


「ご名答――時空転生!!」


 クリスターがそう叫ぶと、彼女を中心に、周囲にいくつもの時計型の魔法陣が展開する。

 そして、クリスターのHPとMP、スキルの発動状態が、クロノドラゴンをサモンライドした時の状態に戻る。そして……。


「ついでに、サモンライドの制限時間も、クロノドラゴンをサモンライドしたときの状態に戻るんですよ。嬉しい誤算でした」


「そんな!? なんで!? ヨハンさんのせいで、プレイヤーは時空転生を使えないんじゃないの!?」


「考えられるのはひとつ。サモンライドで召喚獣になっているプレイヤーは、召喚獣扱いされる……つまり時空転生が使える」


「その通り! メイちゃんでしたっけ? もしかして君は、私の【サモンライド】がヨハンの鎧の下位互換だと思っていましたか? 残念でした~」


「ぐうう、テンションがちょっとウザい……」

「まぁ、勝ちを前にした輩は大体あんな感じや」

「さぁて、それじゃあ私の完璧性が証明されたところで、貴方たちには死んでもらいましょうか?」


 絶対絶命のピンチ。ここはメイとコン、二人が手を組まなくては勝てないという絶望的な状況。


「メイちゃん。ここは任せる」


「え? コンさんは戦ってくれないんですか?」


「九尾のスキル……メイちゃんは知ってはるやろ? だったら、今はメイちゃん一人で戦う方がええんよ」


「あっ……そうか! わかりました」


 コンの意図を理解したメイは、ストレージから召喚石を取り出す。


「召喚獣召喚――ヒナドラくん!」

「もっきゅ!!」


 幾何学的な魔法陣の中から、黒い幼竜が姿を現した。そして、このヒナドラも、竜の雛の大人たちの手助けもあって、あのスキル、【進化召喚】を解放済みである。


「行くよヒナドラくん、進化だよ!」

「もっ! もっきゅー!」


 気合い十分で唸るヒナドラの姿が輝く。そして、巨大な魔法陣が展開されると、そこから漆黒の外鎧を纏った巨大な竜が姿を現す。


 名をクロノドラゴン。


 あの日。初めてヨハンと出会った日に、譲って貰った大切なドラゴンだった。


「ヨハンさんから貰った大切な召喚獣。このクロノくんで貴方を倒す!」

「今更普通のクロノドラゴン? 相手にとって不足あり。でも、本気で行きますよ!」


***


***


***


「――真時空竜皇領域」

「――真時空竜皇領域」


 メイとクリスター、両者同時に同じスキルを発動する。クロノドラゴンが最初から保有している強力なスキル【真時空竜皇領域】。


 フィールド上で発動しているスキルを発動させることができる強力なスキルである。


「クロノくん――【反魂術・憑依装着】!」


 先に動いたのはメイだった。クロノドラゴンに九尾の狐のスキル【反魂術・憑依装着】を発動させ、今日庭で戦死した召喚獣たちのステータスを、クロノドラゴンにプラス。

 これにより、クリスターとのステータス差を埋めようとしたのだろう。


(甘いですね)


「ならば私も【反魂術・憑依装着】を発動! ははは、これで私のステータスがさらに増強されましたよ!」


「うっ……追いつけない……なら――【アルティメットフレア】!!」


「……? これか! ――アルティメットフレア!」


 聞いたことのないスキルだったが、メイに合わせ、クリスターも咄嗟に同じスキルを発動する。

 おそらく、コン秘蔵のレア召喚獣が使ったスキルなのだろう。


 お互いが放った巨大な火球は中央でぶつかり合い、はじける。そしてステータスで劣るメイたちの方に、爆風による衝撃が伝わった。


「うっ……どうして? 私たちのほうが先にスキルを使ったのに?」


「フッ。同じスキルと言えど、君がスキルを選択してからその指示がクロノドラゴンに伝わるまで、タイムラグがある。でも私はスキルを選択した時点でスキルが発動する。君の動きを見てからでも十分に対応できるんですよ」


 クリスターの目の前に、数々のスキルが表示される。半分程度は知らないスキルだ。コンの持つレア召喚獣が使用したスキル。

 いちいち効果を確認している時間はないし、かといって迂闊に使用することはできない。


 だが、おそらく仲間であるメイは効果を全て把握している。小学生だからそこまでは無理だろうなんて、クリスターは思わない。


 事実、相手が子供だからと舐めた対応をして死んだメンバーがいるのだ。


 あのメイという子供に驚異は感じないが、そのバックには強いプレイヤーがついている。

 だからクリスターは舐めない。全力で叩き潰す。


(本来なら、私の知っているスキルを使用し、安全に勝利したいんですがね)


 単純な話、【サモンライド】と【反魂術】で爆発的なステータスを得た今の自分なら、クワガイガーの【放電】を使用しているだけで勝利することはたやすい。


 しかし、それをしないのは、既に発動されているスキルの中に、何らかのカウンタースキルがあるかもしれないと、恐れてのことだ。

 だから、今は相手が攻撃スキルを打ってきたとき、それと同じスキルを打ち返すことで、クロノドラゴンごとメイを倒す。


(行ける。私は高いステータスでゴリ押しするだけでいい。打ってこい。攻撃スキルを)


「えっと……えっと……よしっ。これだ!」


 可愛らしく悩んでいたメイは、ようやく使うスキルを決めたようだ。


「クロノくん、星間竜――ビッグバンアタック!!」


 クロノドラゴンが火球を口から放とうとする。それに対し、クリスターも動く。


「ならばこちらも――ビッグバンアタック!!」


 両者から放たれた火球がぶつかり合い、まるで銀河のような輝きが周囲を包む。もちろん互角ではなく、ステータスで上回るクリスターの方が破壊力で勝る。

 爆発の衝撃でHPを全て失ったメイのクロノドラゴンはあっけなく光りの粒子となって消滅する。

 それを見届けてから、クリスターは満足そうににんまりと笑う。


「フッ。この私相手にここまでやるなんて、君は凄い召喚師です。だからそんなに落ち込まずに。どうです? 貴方も最果ての剣に入ってみては? ……ん?」


 意気揚々とスカウトを始めるクリスターだったが、何かがおかしいことに気が付く。

 吹き飛ばされて、よろよろと立ち上がったメイが、笑っていた。


 まるで悪戯を成功させた子供の様に。


 なんだかわからないがとにかくマズい。そう思って退こうとした時、ようやく気が付いた。


「……っ!? 体が動かない……」


 クリスターの体はまったく動かせなかった。ドラゴンの形をしている口とプレイヤーの口は連動していないためなんとか喋れるものの、スキルの発動など、全てのプレイを封じられているようだった。


「何を……何をした?」


 焦るクリスターを前に、メイが笑った。


三大厄災トリプルディザスター


「ば、馬鹿な! それはそっちのコンさんのスキルでしょ! それにそもそも発動はして……あ」


 そこで思い至る。


 コンはおそらく、【三大厄災トリプルディザスター】を発動させていたのだ。九尾の狐に対して。だから、もし九尾の狐のHPをゼロにしていれば、その時点で感染していた。


 だが、それをさせないためのMP吸収だった。だが、おそらく九尾の狐をウィルスの媒介とした時点で発動したことになっていたのだろう。ただ不発に終わっただけで。


 だから、メイはタイムメイカーで再び三大厄災を発動させた。クロノドラゴンを媒介として、倒させることでクリスターにウィルスを感染させたのだ。


「で、でも……【三大厄災】なんてスキル一覧には表示されてなかった……」


 いくら知らないスキルが大量に並んでいたとは言え、知己のスキルがあれば気が付く。そして警戒する。


「三大厄災は三種のユニークスキルの総称でな。表示されるときはそれぞれ個別に表示されるんや」


「ええ。なので私は対召喚獣用のウィルス【クラックウィルス】を使用したんです。クロノドラゴンを倒した召喚獣のステータスを全てゼロにして、行動も封じます」


「対召喚獣用!? ということは……」


「クリスターはんが最初に現れた時から気づいてわ。メイちゃんが連絡をくれてからの時間と、体に取り込んだ召喚獣の数のつじつまが合わへんから、何かしらの方法で制限時間を克服したんやなと」


「けど、九尾の力ではクリスターさんには勝てない。コンさんの召喚獣では三大厄災を警戒され、素直に倒してはくれない。だから私とクロノドラゴンの出番という訳です」


 計算されつくした二人の作戦に、クリスターは己の敗北を悟る。


「フッ。私の負けです。完敗です。最強ギルド唯一の召喚師なんて浮かれてましたが……まだまだですね、私。さぁ、トドメを。中継されているでしょうし、格好良く散らせてください」


「任しといて。ええもん見せたる。召喚獣召喚――管狐」

「こーん」


 幾何学的な魔法陣から、細長い白い狐が召喚される。そして、スキル【多重影分身】によって9体に分離する。


「……?」


 クリスターが首を傾げる。


「続けて……9体の管狐をコストに、ウチは再び九尾の狐を召喚!!」

「はあああああい!?」


 管狐が消滅すると、そこから地獄のような炎が広がり、中から再び九尾が姿を現す。


「ど、どういうことですか!? ユニーク召喚獣の九尾は、ゲーム内に一体しか存在しないはずじゃ!?」


「そらそうやろ。けど、九尾にはスキルがあるんや。その名も【反魂術・黄泉転輪】。コストさえ払えば何度でも召喚することができる」

「は……はは……滅茶苦茶ですよ貴方……」


「そう? まぁこれで、召喚師をチートチート怒ってはった連中の気持ちが、少しはわかったんやない?」


「あはは、そんな人たちの気持ちなんてわかりませんよ……それどころか私は貴方に勝ちたくて勝ちたくてたまらなくなりましたとも……」


 それを聞いたコンは、少しだけ口元を歪ませた。


「そう……まぁ、勝負ならいつでも受けたるわ。ほな」


 コンは散りゆくクリスターに向かって、にこやかに手を振った。


「本当ですか? 本当ですね? それはとても楽――」


 そして、九尾の一撃によって、クリスターは光の粒子となって消滅した。




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