第110話 何故お前が……

「はぁはぁ……ようやくたどり着いたわ」

「あーはいはい、おこしやす~」


 城の入り口で待ち構えていたコンは、氷の迷路を抜けてやってきたギルティアをにこやかに歓迎する。まるで招いていた友人を家に上げるときのような気軽さに、ギルティアは拍子抜けした。


「あれ、アタシが一番目?」

「そうどす。あんたがナンバーワンや」

「ナンバーワン。悪くない響きだわ。さて……」


 ギルティアは担いでいたオメガソードを構える。


「アタシたちも、決着をつけましょう!」

「あー戦わなくてもええんよ。ギルはんは先に行って」


 扉を開け、執事のまねごとのようにお辞儀をするコン。これは竜の雛の作戦だった。


 ギルティアが迷路を最初に突破できるよう、彼女の元には一切召喚獣を送らず、素通りさせていたのだ。

 そして先に迷路を突破させ、先の階層へ送り込み、ゼッカと直接対決させるのだ。

 城入り口にて、ギルティアは先に行かせ、後からきたメンバーは全力で足止めし時間を稼ぐ。それがコンの役割だったのだ。


「あらどうしたん? ぷるぷる震えて」

「先に行っていいって……アンタまでアタシを居ないモノみたいに扱って……」

「あらウチなんか地雷踏んだ?」


 今日一日、ギルドメンバーたちから軽く扱われてきた鬱憤が、よりにもよってここで限界を迎えた。


 コンの「先にいっていいよ」という言葉を素直にも受け取らず、さりとて罠とも受け取らず、ただ自分を軽く扱われたと受け取ってしまったのだ。


「この鬱憤をアンタにぶつけるわ! 覚悟しなさい狐女!」

「う~んもう。めんどくさい子やね……まぁええわ。管狐」

「クゥ~ン」


 コンは連れ歩き状態だった管狐を召喚状態に切り替える。


「新しいスキル――多重影分身」

「クゥ~ン」


 トランスコードによって解放された、管狐の新しいスキルが発動すると、管狐の姿が9体に増えた。それを見たギルティアは、何かを思い出したのか、青ざめた顔をした。


「管狐が9体……まさか……噂のアレがくるのね」

「久々のお披露目や。現れ出でよ! ユニーク召喚獣――九尾の狐!」


 氷雪に包まれた大地を燃え上がる炎が包み込む。そして、地獄からあふれ出た霊魂が周囲を飛び回る演出が挟まり、やがてそれらが集まって、怪物が姿を現した。


 九本の尾を持つ怪物が。


***


***


***


「ムッ……!?」

「ど、どうしたんすか、ロランドさん」


 場所は変わって、氷の迷路の中。


 足止め&時間稼ぎ役としてロランド、ガルドモールの二人と相対し、いまこそ戦いの時! という状況で、ロランドが空を見上げて立ち止まった。


「私のお兄ちゃんセンサーに、何か反応が……」

「いや、本当にどうしてしまったロランド殿~?」


「妹がピンチの時、私のお兄ちゃんセンサーがアラートを鳴らすのです。ああ、どこかで妹にピンチが迫っている……すまないオウガくん。師弟対決はまた今度ということで……」


 ロランドは「じゃ!」と片手でジェスチャーすると、壁に向かって走り始める。そのままぶつかるかと思いきや、でこぼこを上手く利用し、壁の縁まで駆け上がっていった。そして、センサーとやらで妹の場所を感知したのか、そのまま妹の名前を叫びながら走り去っていった。


「ろ、ロランドどの~危ないですぞ~」

「人間業じゃねーな」


 しばし呆気にとられる二人。だがすぐに緊張感を取り戻す。


「ロランドさんは思わず見逃しちまったが、アンタには同じ真似させないっすよ」

「ははは、心配無用ですぞ。あんな真似、誰にもできませんぞ~」


 そう笑って、ガルドモールは剣を構える。


「ああ良かった。アンタ一人なら、多少は足止めできそうだぜ」


「ほほう。舐められたものですぞ~。レベルも体格も、大きな差があるのに、それを理解できていないのですかな~? これは少し教えてあげなくてはいけませんぞ~」


「はっ……行くぜ」


 オウガとて、目の前のプレイヤーに勝てないことはわかっている。


 オウガの現在のレベルは41。対してガルドモールのレベルは50。ヨハンを見ていると感覚が狂ってしまうが、ゲームにおいて、レベルの壁はとてつもなく大きい。


 加えてガルドモールはGOOでもトップクラスのプレイヤーだ。


 今のオウガが一対一で勝てる相手ではないだろう。


(けど、俺にだって足止めくらいはできるはず……やってやるぜ!)


 先に仕掛けたのはオウガだった。スキル【スラッシュ】で斬戟を飛ばし、敵の出方を見る。


 だが。


「避けない!?」


 相手は避けない。盾でガードすることすらせず、仁王立ちで斬戟を受け止めた。オウガの攻撃は、その巨木のような体とそれを覆う鎧によって阻まれた。


「何故避ける必要が? 今受けたのはたったの1ダメージですぞ。おお、困った困った。あと619回攻撃を食らった、負けてしまいますぞ~」


(落ち着け。あのうざったい喋り方も台詞も、全部俺の調子を狂わせるための作戦だ。勝つ必要はない……足止めできればそれでいいんだ)


「ほう、仕掛けてこないのですかな~? 私とて早くロランド殿に追いつきたいんですぞ~」


 言いながら、ガルドモールが剣を構える。


「一撃で倒しますぞ~――ファイナルセイバー!!」


 剣士系最強攻撃スキル【ファイナルセイバー】が放たれる。黄金のビーム状の攻撃は、オウガが今まで何度も見てきた攻撃だ。敵の初動の段階で回避体勢に入って、スキル発動と同時に回避する。そして、スキル発動後の隙を狙うのだ。


「ファイナルセイ……なに!?」


 敵の攻撃を避け、右サイドから攻撃を仕掛けようとしたオウガだったが、ガルドモールが左手に持つ盾が、オウガの方を向いていた。


「――ファイナルイージス!!」

「ぐっ!?」


 盾から放たれる黄金のビーム攻撃。避けきれず、直撃してしまうオウガ。


「さて、先を急ぎますかな。……おや? まだ生きていましたか~」

「ぐ……まだ負けてない」


 オウガはHP1で立ち上がった。ヨハンに手渡されていたイヌコロのスキル【ガッツ】によってなんとか耐えられたのだ。


 だが二度目はない。


「しぶといですぞ~。いい加減苛ついてきましたぞ~」

「は……足止めって言ったっすよね? そう簡単にやられる訳ないでしょ」


 それは強がりだった。大きな鎧を装備しているものの、ステータス配分はおそらくロランドと同じ。


 本気を出せばオウガより早いだろう。つまり、敵の攻撃を躱し続けて時間を稼ぐ方法も難しい。かといって、攻撃をたたき込んでも、ダメージを与えられない以上、相手の反撃を受け死亡する可能性が高くなる。


「はぁ……大して時間を稼げなかった。……けど、せめてあと一撃」

「違うな。その考えは間違っているぞオウガ!!」

「なっ!?」


 聞き慣れた声が、上空から聞こえた。そして。


「――【神の裁き・ジャッジメントアロー】!!」

「ぐあああああああああ!?」


 空から落雷のような攻撃が降り注ぎ、ガルドモールを襲う。


「そんな……何故お前がここに?」


 オウガが見上げた先には……セカンドステージのギルドマスター、クロスが居た。


「昨日僕を倒したときの気迫はどこへ消えたオウガ。時間稼ぎ? 違うね」


 そして、オウガの視界にメッセージが表示される。


『【クロス】からパーティ参加の申請がありました。参加しますか?』


「僕と手を組めオウガ。僕たちでアイツを倒すぞ」

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