第98話 お前は凄いやつだ

 冷静さを取り戻したクロスは弓を構えたまま思考する。


 目の前のオウガは近接戦闘を得意とする剣士。そして自らは中~長距離を得意とする弓使い。

 割り振ったステータスも持っているスキルの特性も大きく異なる。


(ユニーク装備を持たないアイツにできることはそう多くない。僕は一定の距離を確保しつつ、スキルによる攻撃を加えていれば勝てる)


 クロスは剣士の基本スキルはあらかた把握している。そこから、オウガの行動パターンを予測する。


(オウガは単純だ。おそらく正々堂々と真っ向勝負を仕掛けてくるだろう。僕はそれをあしらいつつ、丁寧に反撃を与えていく……うん、これだけでいい。そうだ。この馬鹿相手に特別なことはなにもいらない……僕は勝つ。いつも通りに。それが僕だ)


 クロスは行動を開始しようとする……だが。そこでふと思った。


(いや。正々堂々真っ向勝負? 確かに今までのオウガならそうだっただろう。しかし、今のヤツには強力な大人プレイヤーがバックについている。どんな入れ知恵をされているかわからない。さっきの必中回避といい、まだ何か別の対弓使い用の作戦がないとも限らない……ならば煙幕を使い時間を作るか? その時間を使い【必中】の回復を待ちつつ、特殊弓によって、僕自身を強化。ヤツの攻撃に耐えるだけの強化状態を得てから、改めてアウルヴァンディルの矢を作成。余裕を持って、ヤツを……)


「楽しそうだな」


 オウガの言葉に、クロスがはっとした。だがすぐに表情を歪める。


「……楽しい? 僕が?」


「ああ。お前、今俺に勝つために必死に考えてるだろ? 俺は一体何をしてくるのか。自分はどうすればいいのか。それってさ、楽しくないか?」


「……僕は」


「俺は楽しいぜ。俺はお前に勝つために、いろんな人に教わった。滅茶苦茶練習した。一生分くらい考えた」


「ふん。ゲームごときで、大げさな」


「ゲームはゲームでも、勝負は勝負だ。俺はいままで、ずっとお前に歯が立たなかったけどさ……こうして直接戦うのは、実は初めてだったりするんだぜ?」


 テストの点数、100メートルのタイム、レギュラー争い。これも全て勝ち負けのある競い合い。


だが。


 二人が向かい合って競い合うのは、これが初めてだった。

 オウガは緊張で泣きたいくらい怖い思いを隠すために笑顔をつくる。この日この瞬間のために、ずっと準備を続けてきた。


 もし負けたら? そんな思いがないわけじゃない。自分が相対するのは天才だ。性格に難はあるが……クロスの天才性は、一番長い時間競ってきたオウガが一番よく知っている。


 一ヶ月以上の準備だって、難なく覆される可能性がある。


 だが、そんな時、オウガは仲間達のことを思い浮かべた。


 ヨハンは生意気な自分を笑ってギルドに引き入れてくれた。


 ゼッカは真摯に練習に付き合ってくれた。


 レンマはいつでもキツい素材集めに協力してくれた。


 コンは聞けばどんなことでも教えてくれた。


 ドナルドはふざけているようで、こちらの肩の力を抜いてくれた。


 煙条Pは強力な装備を授けてくれた。


 メイはどんなときでも側に居てくれた。


(はじめは意地だった。コイツには負けたくない……ただそれだけの。でも今は)


 今はただ、勝ってみんなに褒めて欲しかった。みんなの喜ぶ顔が見たかった。

 そう思うと、不思議と勇気が湧いてくる。


「俺は楽しいよ。初めてお前をここまで追い詰めているんだからな!」


 オウガの言葉を、クロスはしばし考える。


 昨日ヨハンに与えられた屈辱的な敗北。先程カイから感じた恐怖。そして今、オウガとの戦いで、自分は何を感じているのか。

 勝つ道筋はある。だが、オウガはそれを乗り越えてくるかもしれない。自分の予想を超えた動きをしてくるのでは? ならばそれを見越した行動をしたほうがいいのか?


 駆け引き。


 オウガが言うまでもなく、クロスは今、オウガを倒すために全力を出している。


「僕を追い詰めて……か。認めよう。僕も今、お前との勝負を楽しんでいる」


 クロスの言葉を聞いたオウガは、ぱっと笑顔になった。


「だ、だよな! 自分の思い通りに戦いが進むのは楽しいよな! それで勝てたら最高だ!」


「ああ。けどねオウガ……この勝負、勝つのは僕だ! 今までのようにね!」


「……いや、勝つのは俺だ!!」


 二人の闘志がぶつかる。


 クロスは黒い矢を装填すると、それをオウガの目の前の地面目掛けて発射する。地面に着弾したその矢から黒い煙幕があがり、オウガの周囲を包み込む。


「ぐっ……なんだこれは!?」


 煙幕。これにより、オウガは一定時間、クロスを認識することができなくなった。クロスからも攻撃ができなくなるデメリットはあるが、この時間を利用し、クロスは矢によって自分を強化する。


「――ヘラクレスの矢。――アキレウスの矢。――ヴァンパイアの矢!」


 クロスは三種類の矢を何本も自分に突き刺す。これにより攻撃力が大きく上昇。さらに敵の攻撃に対する回数制の無敵が10回。さらにガッツが10回。最早オウガでは攻略不能なほどの耐性を得た。その上で、アウルヴァンディルの矢を作成。手に取って構える。


「まだだ……まだ打たない……」


 クロスはすぐには矢を打たず、【必中】が再使用可能になるまで待つ。そして、煙幕が晴れる瞬間を待つ。


「まだだ……まだだ……まだだ……よし!」


 煙幕が消え、オウガの姿を視認。その瞬間、すかさず【必中】を発動する。だが。


 目に入れたオウガはオウガで、何かを投げた後のようなポーズをしている。さながら投球後のピッチャーのようなポーズを。


「……なんだ、何をした……ッ!?」


 遅れて、クロスは肩に衝撃を感じた。何かが刺さったのだ。それを見て、クロスは驚く。


「これは……アウルヴァンディルの矢!?」


 なんと、オウガが投げたのはクロスにしか作れない筈のアウルヴァンディルの矢だった。


「何故だ……何故お前がこれを作れる!?」


「作った訳じゃねーさ。拾ったんだよ。さっきお前が打って、外れた矢をな」


「馬鹿な……あれは地中深くに埋まっていたはず! いくらなんでも取り出す時間は……」


「ああ。だからスキルを使わせてもらった。スキル【もの拾い】。フィールドに埋まって隠されているアイテムを見つけ、手に入れることができるスキル」


「もの拾い……剣士がそんなスキルを……?」


「いや、俺のスキルじゃない。ギルマスから預かった、大事な仲間なかまのスキルだ」


 ヨハンの持つ鎧、カオスアポカリプスの第二スキル【暗黒の因子】は、手持ちの召喚石をカオス化させ味方に渡すことで、一度だけその召喚獣のスキルを使用可能にすることができる。


 ヨハンは竜の雛を去る前、「ラッキーアイテムよ」と言いながら、カオス化させたイヌコロの召喚石をオウガに渡していたのだ。


 それは、オウガとヨハンが出会うきっかけとなった召喚獣。あの日、あの洞窟で、オウガがヨハンと初めて出会った時に、ヨハンが従えていたバチモンである。


「ま、ギルマスは【ガッツ】目当てで渡したんだろうけどな……」


 流石のヨハンも、オウガが【もの拾い】の方を使うとは思ってもみなかっただろう。この瞬間、ある意味でオウガがヨハンを超えた瞬間だった。もしヨハンがこの事を知れば、飛んで喜ぶだろう。


「フッ、見事だよ……だがまだ僕の負けが決まった訳じゃない……オウガあああああああ!!」


 クロスは最後の力を振り絞って矢を放つ。


 だが、アウルヴァンディルの矢を受けてしまったクロスは全ての強化状態を解除され、しばらく発動もできない。それは【必中】も例外ではなかった。


 クロスから放たれた最後の一撃を、オウガは躱す。その動作の中で、矢を回避し、剣を振りかぶり、そして敵との距離を一気に縮める。

 その一連の動作はロランドを思わせた。接近されたクロスは観念したように目を閉じる。

 そして、どこか憑きものが取れたような穏やかな表情で、オウガに尋ねた。


「教えてくれオウガ。僕はこのギルド対抗戦に勝つために多くの仲間を従え、強力なスキルを与えてきた。それがこのザマだ。なぁ、僕の敗因はなんだったんだろうか?」


「さぁな。お前の敗因は知らねぇよ。ただ、世の中には自分より凄いヤツがいる。俺はただ、それを知っただけさ」


「そうか……それでも尚、頑張れるのか。……お前は凄いヤツだ」


 オウガの剣が振り下ろされ、剣士最強の攻撃スキル【ファイナルセイバー】が放たれる。クロスのHPは一瞬でゼロになり、その体は光の粒子となって消滅する。


「……僕の負けだよ」


 最後の瞬間、クロスはそう呟いた。


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