第50話 みんな違ってみんないい

 プレイヤー名【煙条P】は35歳の社会人である。既に結婚していて、今年10歳になる娘も居る一般人だ。そう、彼は変態でもなければ異常者でもない。

彼がこうなった原因を簡単に語っていこう。


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 昨年末。忘年会のビンゴ大会でVRゲームの機材を手に入れた彼は、はじめは遊ぶ気はなかった。娘や妻が居るなか、自分だけゲームをするという事に気が引けたからだ。だが娘も、父親にいちいち遊んで貰う必要のない年齢だ。そして、妻の「ゲーム好きでしょ? ストレス発散になるし、やってみれば?」という一言で、遊び始めることにした。


 ジェネシス・オメガ・オンラインを選んだ理由はパッケージさえ購入すれば課金要素なしで月額が安いからである。


 名前を普段ネットで活動する際に使用しているものと同じ【煙条P】とし、槍使いでゲームスタート。そして生産職のスキルを取り、アイテムや装備を作るのを楽しんだ。


 GOOでは外部で作成した3DCGをゲーム内に持ち込み、コモンアイテムの見た目を変更することが出来るサービスが存在する。元々デザイン系の会社に勤めていた煙条Pは様々な見た目の服や装備を作り出し、人気の生産職プレイヤーとなっていった。


 そんな順風満帆だった彼のゲームライフが激変したのは一月ほど前のことだ。


 アイドルスターズコラボイベント。この告知を見た瞬間、彼に電流が走る。アイドルスターズが世に出た15年ほど前。当時大学生だった煙条Pは、このゲームのアイドル達に魅せられていた。彼女たちの魅力を世に広めるため、二次創作活動を行っていたのだ。


 その時の情熱が蘇った彼はドロップ増加アイテム【プロデューサーのハチマキ】を増産。それを配ることで、様々なパーティに手伝って貰いながら、このイベントを遊び尽くした。だが戦っていた訳ではない。彼は歌うアイドル達を、プロデューサー面しながらステージ袖から見守っていた。(もちろんパーティメンバーには了承済み)


 思えば彼の3Dモデル作成技術の基礎は、二次創作者として頑張っていた頃に身につけたものだった。かつて画面の向こうに居て、決して触れる事が出来なかった存在。近くて遠かったアイドルが、目の前で歌っている光景に、彼の目頭は熱くなる。

 イベント最終日。ライブを終えたアイドルは、いつもはそのまま粒子となって消えるはずだった。だがその日だけは、舞台袖に引き上げてきて、煙条Pの方を見ていた。そして。


「プロデューサーさん。ハイターッチ!」


 と両手をあげる。懐かしさと感動の余り、しばらく動けなかった煙条P。だがゆっくりとかみしめるように彼女とハイタッチする。すると、満足そうに微笑んで、アイドルは消えた。


その後、メッセージが届く。



『サクラハピネスSFシリーズ』頭・胴・右腕・左腕・足


防御力+30 敏捷+30 譲渡不可・破壊不可・売却不可


装備スキル:ライブフォーユー!!


《入手条件》

期間限定コラボイベント:アイドルスターズにおいて、ステージ袖で全てのアイドルのライブを見守ったプレイヤーに贈られます。ローアングルからスカートを覗くプレイヤーは沢山いましたが、プロデューサーとして彼女達を見守ってくれたのは、貴方だけでした。


「いや何故にアイドルの衣装が……?」


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***


 話を聞いていたヨハンは感動の余り涙を流していた。おそらく彼とアイドルの話に、自分とヒナドラを重ねていたのだろう。そして、何故かアイドルの衣装を貰ってしまって困っているという部分にも、共感した。ヨハン自身も仕方なくカオスアポカリプスを装備して戦っているが、本音を言えば主役のバチモンをモチーフにした装備が欲しかったというのが本音だ。


「わかるわ~私も初めてユニーク装備を着た時は、物凄く恥ずかしかったもの」

「……? いえ、私は別にこの装備を恥ずかしいと思ったことはありませんが」

「え?」

「え?」


 目の前に座るアイドル衣装を着たおじさんの本気のキョトン顔に動揺するヨハン。


「この衣装は私がアイドルスターズを楽しんでいた15年前の最強の衣装。確かに今見れば古くさく、ちょっと芋っぽいデザインではあります。ですが、私は彼女たちからこの衣装を受け継いだのだと思っています。恥ずかしいという気持ちは一切ありません」

(……少しはあって)


 これは本当にヤベー奴かもしれない。そう思って、後ろに控えるドナルド、レンマに助けを求めようと振り返る。


「……っ!?」


 振り返って、ヨハンは驚いた。


 そこに座っているのは赤髪オールバック、ピエロメイクでムキムキ体型のヤベーヤツ、ドナルド。

 そして丸っこいゴリラスーツを着たヤベーヤツ、レンマが居た。


 前を向き直ると、そこには綺麗な目をしたアイドル衣装のおっさん。ヨハンはここでようやく気が付く。自分の周囲は全員ヤベーヤツだったと。今この場所は、全員がヤバい事で逆にバランスが取れているのだと。


「貴方の情熱はわかったわ煙条P。ところで私たちは今、腕のいい生産職のプレイヤーを探しているの。私たちのギルドに入るつもりはない?」

「えぇ……ですが……」


 煙条Pは冷や汗をかきながらヨハンとドナルドを交互に見やる。魔王とピエロ。正直恐ろしい見た目をしている。特にピエロは絶対にヤベーヤツだと、警戒しているのだ。自分の事はもちろん棚に上げて。


「何か物凄く失礼な事を思われている気がするわ☆」


 だが、同時にこんな思いが煙条Pの脳裏に過る。今までこの装備のせいで誤解されパーティを追放されまくってきたが、この濃いメンバーの中でなら、自分は目立たなくなるのでは? と。そうすれば、今までのように狩りにでて、装備の生産作業をすることが出来ると。


「いいでしょう。是非貴方達のギルドに参加させてください。これでも装備の作成技術に関しては自信があります」

「ふふ、交渉成立ね」


 ヨハンと煙条Pは握手を交わす。


「これは、かなりクレイジーなメンバーが加入しちゃったわね☆」

「……な、中身はまともな人だから……多分」


 ヨハンは生産職プレイヤー煙条Pをギルドメンバーに加えた。こうして、全員が全員「自分が一番まとも」だと思っているヤツらによる勧誘活動は終わりを迎えた。

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