第41話 ギルドホーム
ギルドホーム優先引換券が使える金曜日の16時。例によって残業が濃厚となった。
会社の休憩スペース。壁に寄りかかった哀川圭はコーヒー片手に、スマートフォンにて通話をしていた。
『ええ……それじゃあ今日は遅くなるかもしれないんですか!?』
「そうなのよ。20時には終わると思うんだけど……確実とは言えないから。予定通り、ゼッカちゃん達で決めちゃっていいわよ」
後輩がやらかし残業になることを想定していた圭は、あらかじめ引換券をゼッカに渡していた。もし自分が間に合わなければ、みんなで適当なギルドホームを決めて欲しいと。
圭の見込みでは20時には全てが片付くのだが、後輩が仕事を増やさないとも限らない。最悪日を跨ぐまで帰れないという事態もあり得る。
『わかりました……でも、やっぱり会えないと寂しいです』
「そうね……頑張ってみるわ」
『それで、ギルドホームのデザインなんですけど、お城があるんで、これがいいと思うんです』
「お城……5人じゃ広すぎないかしら?」
『そんなことはありません。それに、どうやらこの城が一番高価みたいですし、ここがいいですよ絶対!』
「お城かぁ……」
ヨハンはお城でくつろぐ自分を想像する。シンデレラ城のような白亜の城。綺麗な花に囲まれた庭を眺めながら、蝶の舞うテラスでお茶をしたりして……。その横ではヒナドラやイヌコロ、クロノドラゴンがくつろいでいるのだ。
(幸せ……。ちょっといいかもしれないわね……日々の疲れが癒やされそうだわ)
「じゃあ、そのお城をお願いするわ」
『了解しました! それじゃ、私はこれから速攻で帰宅してログインしますんで!』
「ああ、まだ学校だったのね。気をつけて帰ってね」
『もちろんです。ヨハンさんも、無理せず頑張ってください!』
「びええええええん哀川ざああああん。どこでずかああああ? 私を救ってくださいいい」
その時、救いを求めて泣き喚き彷徨う後輩の声が聞こえた。
「……」
『な、何事ですか? 凄い泣き声が聞こえてくるんですが!?』
後輩の泣き声は電話の向こうのゼッカにも届いているらしく、酷く狼狽している。無理もない。
「あー……。これは動物の鳴き声とでも思っておいて」
『動物!? 明らかに人の泣き声ですよ!? ヨハンさん一体どんな職場で仕事を!?』
「びえええええええ哀川さああああああんん」
「いけないわ。そろそろ切るわねゼッカちゃん。動物が帰らないように捕まえておかないと」
『捕まえる!? 一体そちらではなにが……』
電話が切れる。ゼッカと話して元気を貰った圭はカップをゴミ箱に捨てると、自分を探して彷徨っている後輩の元へと向かった。
***
***
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残業を終えたヨハンは軽く食事を済ませると、GOOにログインする。ログインすると同時にゼッカからメッセージが届く。そのメッセージには、無事購入が完了したギルドホームの場所が記されていた。
第三層にはダンジョンは一切無い。その代わり、大小20のギルドホームが点在している。城や塔。巨大な木をくりぬいたようなもの。湖の中央に浮かぶものなど様々だ。明日から大規模ギルドが、この20のギルドホームから自分達のギルドの雰囲気と規模に合ったものを購入し始める。ちなみに少人数の小規模ギルドでも、アスカシティ内の小さいギルドホームを購入出来るので問題ない。
だが、その中でも一番大きな城を購入したのは、たった5人の新米ギルド【竜の雛】である。
その竜の雛のギルドマスターは、メンバーに遅れて、ようやくギルドホームへとやってきた。
空は分厚い雲に覆われていて、常に雷鳴が鳴り響いている。大地は荒れ果て、草一本生えていない。無骨な造りの城は確かに立派だが、どこか威圧感がある。そして稲光に時折照らされる城の色は……黒。
これはゲームに疎いヨハンでもわかる。
「私が思ってたのと違う。これ……悪の魔王とかが住んでる城だわ……」
急いで中に入り、ゼッカ達を見つける。
ヨハン以外のメンバーが揃うそこには、急ごしらえな長テーブルと、お菓子やジュースが並べられていた。
「お、来はった来はった。待っとたで」
「……お疲れ様、お姉ちゃん」
「ヨハンさん! 実験生物は捕獲できたんですか?」
「先に始めてるわよヨハンちゃん☆」
他のメンバー達はヨハンが来るのを待ちながら、盛り上がっていたようだ。
「ちょ……ギルドホームって、ここになるの!? これ、悪い人が使うデザインよ!? ワタシは白い普通のお城の方が……」
「え、確かに白い城もありましたけど……ヨハンさんの鎧のデザインと合うのはこっちかと」
「魔王はんにはピッタリやん?」
「ワタシもそう思うわ☆」
「そ、そんな……」
がくりと膝から崩れ落ちるヨハン。想像していた城との違いにショックを受けている。そんなヨハンにすり寄るのはコン。
「実はね魔王はん。ギルドホームには新機能があるんよ」
「新機能?」
「そうや」
コンの言う新機能。それは、ギルドホームには召喚獣を自由に配置出来るという物である。ギルドホーム中央部にある台座に召喚石をセットするだけで、ギルドホーム内を召喚獣が動き回る。ペット扱いにしたり、護衛に見立てたり、雰囲気にあった召喚獣を揃えたり。
活用方法は様々だ。
「それでや。この魔王城……確かに魔王はんの言うとおり、暗いし陰鬱や。魔王はんの理想とは違いはるんかもしれん。でもな? 500体や」
「ご……ひゃ……く?」
「そうや。白いお城が同時に出せる召喚獣は100体までや。けどな、こっちは500体。それでも魔王はんは白いお城がええの?」
「白いお城とかどうでもいいわね」
ヨハンはもう白い城の事を忘れた。
「ヨハンさん……仕事で疲れて……うう」
「ヨハンちゃん、わかりやすいわね☆」
「……お姉ちゃん」
コンに案内された城の中央、王座の間は、まるでRPGのラスボスがいるような場所だった。
その王座の後ろに、500個分の召喚石をセットするためのスロットが置かれている。
ここに召喚石をセットすることで、召喚師スキルに関係なく召喚獣が実体化し、このギルドホームで一緒に暮らせる様になるというわけだ。
コンと共に集めた大量の召喚石は、まだ銀行に預けたままだ。それは後にギルドの金庫に預ける事になるだろう。
だからヨハンは、手持ちの召喚獣を全てストレージから取り出し、スロットに並べていく。
すると。この王座の間に、所狭しとモンスター達が実体化していく。
「スゴイわ! まるで本当に魔王軍の幹部になったみたい☆」
「圧巻だね」
「……これがお姉ちゃんを支えてきたモンスター達」
マジックゴーレムやマッスラーなどのコモンモンスター達からクワガイガー、クリスタルレオのような階層ボスまで。今までヨハンを支えてきたモンスター達が、初めて実体を持ってここに集う。
「満足してくれはった?」
「うん。ねぇみんな。銀行から召喚石をこっちに移したら……禁断のヒナドラ祭りを開催してもいいかしら?」
「……ヒナドラ祭り?」
「なんですかそれ?」
「嫌な予感しかしないわねぇ☆」
ヒナドラ祭り。それは500体のヒナドラを同時に召喚し、ヨハンが楽しむという先ほど生まれたイベントの事である。
「まぁええけど……誰も居らん時にした方がええな」
デレデレとした表情のヨハンを見ながら、コンが言う。
「ああ!」
その時。何かに気が付いたようにゼッカが叫ぶ。
「今やっとわかりました! コンさんが召喚石を買い占めようとしてたのって……」
「ふっふっふ」
コンはようやく気が付いたか! と言わんばかりのドヤ顔を作る。
「そうや。ギルドホームのこの機能で、召喚石の需要は爆発的に高まるはずや……大儲け大儲け……うふふふふ」
悪役のようなコンの笑いが、王座の間に木霊した。
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