第二章 Glorious Devil castle

第34話 必ず儲かるええ話

 ゴールデンウィーク明け初日。


 実家に帰省し十分にリフレッシュしたOL・哀川圭は、気分も新たに仕事に臨んでいた。その時。


「哀川さん、部長が呼んでるよ」


 と先輩に言われた。はて、何かミスをしただろうか? と顔色を変えずに内心焦る。


「うわー哀川先輩怒られるーかわいそー。泣いたら私が慰めてあげますー」


 と横で言っている後輩を無視し、部長のデスクに向かう。会社ではクールなキャラで通している圭であるが、この時ばかりは緊張して体が強張っている。背中には変な汗が。


 部長は非常に厳しい人で、圭も新人の頃にミスをして、よく怒られていた。「正義超人か何かですか?」と言いたくなるような分厚い筋肉に包まれた強面の男性がどっしりと据わるデスクの前に立つ。


「来たか哀川」

「はい。何か私の仕事に不備が?」

「いや、お前の仕事は完璧だよ。何も文句はない。いや何……ゴールデンウィーク明けでこんな話もなんだが。哀川、ウチのフロアで、お前だけまだ一日も有給を使ってないのでな」


 表情を崩さないまま「あ~なんだそんな事か~びっくりした~! もう、何かと思ったじゃない」と安堵する圭。


「立派だと褒めてやりたいんだが、時代は変わるものでな。そういうのは評価の対象にはならんのだ。最低でも5日は使ってもらわないと困る。何かないのか? 旅行とか趣味とか」

「いえ……特に何も。使おうにも、別段やることもありませんので」

「別に予定なんてなくてもいいんだぞ? 家でのんびりするもの立派な休日だ。まぁ、今すぐ使えって訳じゃない。考えておいてくれ」

「はい……失礼します」


 そう言って、自分のデスクへ向かう。


「有給か……」


 圭は他人が働いている時に自分が休むのが苦手である。だから風邪を引いた時くらいしか使わないのだ。


(別に使ってもやることないし……ま、あとで考えましょう)


 圭はそこで考えるのを止めた。デスクに戻ると後輩が涙目で電話対応をしている。これはまたトラブルの予感と覚悟しつつ席についた頃には、圭の頭から【有給】の二文字は見事に消滅していた。




***


***


***


 ゴールデンウィーク明け最初の金曜の夜。明日は休みだからと久々にログインしたヨハンはカオスアポカリプスに身を包み、氷のダンジョンを目指していた。


 氷のダンジョンとは、先日の大型アップデートによって追加されたダンジョンで、所謂階層ボスが出現するダンジョンである。ここをクリアすることで、新たに実装された第三層へと足を踏み入れる事が許される。


「ゼッカちゃんとレンマちゃんは、ダンジョンのボス部屋の手前にいるのよね……」


 何故そんな所に居るのかはわからないが、とにかく自分も行ってみようと思ったヨハンは、氷のダンジョン入り口へ到着。氷山に開いた横穴のような入り口の中に多くのプレイヤーが次々と入っていく。


「まるで観光地ね……みんな楽しそうだわ」


 一通りその熱気を楽しんだ後、ヨハンはストレージから【ゴースト】の召喚石を取り出すと、それを呼び出す。


「【透明化】して、あの強そうなパーティを【追跡】よ!」

「おっけー!」


 すぐさまゴーストの姿は見えなくなる。ヨハンは自分も【透明化】で姿を消すと、スキル【視覚共有】を発動。ゴーストの視界をモニターに表示する。


「床が氷張りになってるのね……あっ! 痛そう」


 ゴーストに追跡させているパーティの面々は、時折転び、階段から転落してダメージを受けている。だが大勢のプレイヤーが殺到している為か、モンスターとは殆どエンカウントしないようだ。

 これではダンジョンというより遊園地の迷路屋敷だ。


 やがて一時間ほどで、そのパーティが階層ボスの手前の部屋へと到達する。ヨハンは透明化を解除すると、【シフトチェンジ】を使ってゴーストと場所を入れ替えた。



***


***


***


「何これ?」


 階層ボスの手前の部屋へとワープしたヨハンが見たのは、異様な光景だった。


 土のダンジョンでは1つだけだったボス部屋への扉は5つあり、その前にはプレイヤー達の長蛇の列がある。ディ○ニーラ〇ドを思わせるその人の多さにヨハンが戸惑っていると。


「あ、ヨハンさーん!」

「……こっちこっち」


 知っている顔を見つける。

 漆黒の装備に身を包んだ小柄な二刀流少女ゼッカ。そして白いゴリラのスーツに身を包んだ少女レンマが、手招きしていた。どうやら彼女達も、列に並んでいるようだった。


「お久しぶりですヨハンさん! 会えてうれしいです」

「……お姉ちゃん。ちょっと寂しかったよ」

「ごめんね。実家に帰省していたものだから」


 と久々の再会を喜び合うと、ヨハンはこの状況について訪ねた。


「ああこれですか? みんなボスに挑戦するために並んでるんですよ」


 どうやらボスへと挑戦する為の順番待ちの列らしい。あまりの混雑っぷりに、最初は三つだった扉が二日目から五つに増設されたのだとか。


「でも二時間くらい並べば一回挑戦できるんで。回転は速いですよ?」

「……弱いパーティはすぐ死ぬ。強いパーティはすぐ勝つ」


「そうなんだ。で、ゼッカちゃん達は何回目の挑戦なの?」

「実は今日で三回目なんです。なかなか勝てなくて」

「……昨日は惜しかった」

「あらそうなの。なら、私も混ぜてよ。三人なら、突破できるんじゃない?」


 ヨハンはそう言ったのだが、ゼッカが首を横に振った。


「え……」


 それにショックを受けるヨハン。


「……ゼッカ酷い」

「いや、違うんです! 聞いてくださいヨハンさん。別にヨハンさんを仲間外れにしようって訳じゃなくてですね?」


 ゼッカは周囲に聞こえないように、ヨハンに耳打ちする。


「ヨハンさんには是非、ここをソロで突破して欲しいんです」

「な、何故?」

「言ってたじゃないですか。初見且つ単独クリアで第一層ボスのクワガイガーの召喚石が手に入ったって」

「ええ言ったわ」

「なら、二層のボス【クリスタルレオ】の召喚石も手に入れて欲しいんです」


 どうやらゼッカはライオンが好きらしく、クリスタルレオのデザインを気に入ったらしい。階層ボスは、一度クリアしてしまうと、もう二度と挑戦することは出来ない。仲間であるヨハンがその召喚石を手に入れれば、いつでも拝むことができるという訳だ。


「でも、クワガイガーに勝てたのもまぐれだし、とても難しいと思うわ。召喚石は諦めて、三人でクリアしましょうよ」

「だ、ダメですか?」

「やるわ」


 上目遣いで顔を赤らめおねだりするゼッカを見て、ヨハンの覚悟が決まる。


「それなら今日はもうログアウトしようかしら……流石に今からじゃ」


 ヨハンは列の最後尾を探して、ついに見つけることが出来なかった。ソロで挑戦なら後ろから並び直さなくてはならないだろうが、この人数では二時間以上待ちそうだ。


「なら、明日もう一度集まりましょうか?」

「……僕たちが集めた攻略情報を渡す」

「助かるわ。それじゃ、今日はお先……」

「あーおったおった! 魔王はーん!」


「お先に失礼」と言おうとした時、ゆったりとした声に引き留められた。


「コンさん」

「お久しぶりやね魔王はん。ずっと何してはったん?」

「ちょっと実家に帰省をね」

「コンさんも階層ボスに挑戦ですか?」

「うちはまだええわ。それより、今日は魔王はんに用があって来たんよ」

「私に?」


 自分に用事とはなんだろうと、ヨハンは首を傾げた。


「そうや。なぁ魔王はん。今日は階層ボスには挑まんのやろ?」

「ええ。今日は止めておくわ」

「だったらうちと遊ばへん?」

「それは別にいいけど……何をするの?」


 どこかダンジョンダンジョンへ向かうのだろうか。それともレベル上げか。


「魔王はんにええ話があるんよ」

「いい話?」

「そう。必ず儲かるええ話があるんよ。魔王はんも乗りまへん?」


 コンは物凄く人懐っこい笑顔で、物凄く胡散臭い事を言い出した。


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