第35話 自分の召喚獣を殺すなんて……酷い!

「必ず儲かるええ話があるんよ。魔王はんも乗りまへん?」


 コンの誘いに対しゼッカが『絶対詐欺ですよ! 有り金ぜーんぶ毟り取られますよ!』と反対していた。だがヨハンはコンがそこまで悪い人間だとは思わなかった為、とりあえずその話に乗ることにした。

 二人で氷のダンジョンを出ると、メテオバードに乗って、城塞都市まで戻ってきた。


「そういえば魔王はんは、もう自分の召喚獣を殺しはった?」

「な、何を言っているのよ!? ある訳ないじゃない!」


 城塞都市の入り口で、ふと物騒な事を訪ねてきたコン。ヨハンは必死に否定する。


「なんや。ならはよ殺(や)った方がええよ」


 なんでも、自分の召喚獣のHPを自分で0にすることで、新しいスキルが手に入るらしい。だがそんな事は出来ないと、ヨハンは言う。


「いやいや、ゲームとはいえ、召喚獣には沢山お世話になっているのよ? この子たちは私にとって家族や親友、宝と言っていいほど大切なものなのよ」


 ヨハンはストレージを開く。


「そんな……自分の召喚獣を自分で倒すなんて真似……かわいそうだわ!」


 ストレージから【ダークエルフ】を取り出す。


「私にそんな酷い真似、出来るわけないじゃない!」

「言葉と行動が一致しとらんやん。流れるような動作で召喚石取り出してるやん」


 コンの突っ込みに少し照れながら、ヨハンは召喚石を起動する。


「召喚獣召喚――ダークエルフ!!」


 幾何学的な魔法陣から、スタイルの良い、金髪褐色のダークエルフが出現する。衣服はファンタジーの村娘のような姿になっており、イベント時のような下品さは消えていた。


「あのエロいイベントのやつやね。よう持ってるなぁ」

「この前のトレジャーイベントで手に入れたのよ」

「あのイベント復刻してはったん? なんや前は燃えて消されたいうてたのに。まぁええか。じゃ、はよコイツを殺してや」

「うーん。あまりこういうのは、気乗りしないわねぇ……」


『スキル【闘魂・極】を発動しました。筋力・魔力の数値が倍になりました』

『スキル【フラワー・オブ・ライフ】を発動しました。魔力の数値が3倍になりました』


「めっちゃ乗り気やん……」

「動かないでね。そう、じっとしてて――ブラックフレイム!!」

「おぅ……スーパーオーバーキルゥ!」


 とてつもない火力のブラックフレイムがダークエルフを襲う。どこか諦めたような表情のダークエルフは黒い炎の中に消滅する。

 何故ヨハンがダークエルフに対し、ここまでの攻撃を行ったのかは誰にもわからない。昼間、仕事中に後輩が犯した大きなミスのせいで自分の仕事が終わらなかったという出来事があったが、それは関係ないはずだ。


『新しいスキルを習得しました』


【ダムドチャージ】

自分がコントロールする召喚獣を破壊し、HPとMPを回復する。


《入手条件》

自分のコントロールする召喚獣のHPを自分で0にする。



「本当、新しいスキルが手に入ったわ!」

「あんま使わへんけどな。無いよりええやろ。ほな、行くで」


 新しいスキルを入手したヨハンは、コンの案内の元、銀行と呼ばれる施設へとやってきた。

 銀行とは、手持ちのアイテムやゴールドを預かって貰える場所だ。GOOにおけるデスペナルティ……所謂HPがゼロになって死んだ時の代償は、所持金が半分になるだけであり、他のゲームに比べてかなり緩い。

 だがそれでもかなりキツいので、殆どのプレイヤーはここにお金を預けている。


 また、アイテムストレージは無限であるため、アイテム預かり機能は必要ないように見えるが、なんでもかんでもアイテムストレージに入れたままにしておくと、肝心な時に探すのに苦労したりする。売りたくない、でも邪魔というアイテムを預けているプレイヤーも多い。

 だが、コンの狙いはそんな基本的な使い方ではなかった。


 ヨハンは存在は知っていたものの、今まで銀行を利用した事はなかったが、コンから「なんでもええから少し預けて」と言われ、使わない素材アイテムと、海賊王戦で入手した大量のゴールドを預ける。


「これ裏技って程でもないんやけどな。召喚石って10個までしか持てないやん?」

「ええ、そうね」

「でも銀行に物を預けてるとな、11個目を手に入れたとき、こっちに転送出来るようになるんよ」

「そ、そうだったの……」


 所持数の限界とは、あくまでストレージに入れられる数の限界の事である。銀行を駆使すれば、事実上無限に召喚石を集める事が出来る。


「でも、それに何の意味があるの?」


 ヨハンは疑問に思った。いくつ集めていようが、結局持って行けるのは1種類につき10個まで。しかも中級以上の召喚獣は、素材を使ってスキルを解放しなければならない以上、沢山持っている事に意味があるとは思えなかったからだ。


「意味? 意味なんてあらへんよ。うちが言いたいのは、こういうシステムがあるいうことだけや。でな、これを踏まえた上での相談なんやけど……海賊王レイドで大金手に入れたやん?」

「ええ……」

「それつこうて、召喚石買い占めへん?」

「か、買い占め……?」

「そ。買い占めや」


 コンはにやりと笑う。


「私初心者だからよくわからないんだけど、それって他の召喚師の人が困るんじゃ……」

「困る? そんな事あらへんよ。なぁ魔王はん。今のGOOに定期的にログインしてる召喚師が何人居るか知っとる?」

「えっと……」


 ヨハンは記憶を探る。ランキングイベントに参加した時の順位が10万位くらいだったので、そこから想像してみる。


「1000人くらいかしら?」

「10人や」

「少なっ!!」

「しかも、イベントで結果出せる程のプレイヤーとなると、うちと魔王はん入れても3人や。ナーフ前にやっとったプレイヤーは、もうほとんど全員、違うゲームに移動しはったわ」


 その時、少しだけコンが表情に悲しみの色が見えたのをヨハンは見逃さなかった。


「だからな、うちらが買い占めても、だーれも困らへん。むしろストレージの肥やし買ってあげるんやから、感謝されてもええくらいの善行や」

「でも、善行じゃないんでしょ?」

「当然。お金儲けや。うちの掴んだ情報によると……」


 コンの言うことには、どうやら近々召喚石の需要が大幅に上がる機能が追加されるらしい。今、氷のダンジョン攻略でプレイヤーが金に困っている状況を利用して、大量の召喚石を集めておきたいらしい。

 コンの情報に信憑性があることは、ヨハンにはわかっていた。前回のイベントでも、彼女はトランスコードの情報を事前に掴んでいたからだ。


 だがその上で、ヨハンは彼女の話を断った。


「でも、やっぱり良くないわよ」

「なして?」

「だって、恩着せがましく安く買い叩いて、後で状況が変わって需要が上がったら、今度は高く売りつけようっていう事でしょ?」

「おおよそ社会人の言葉とは思えまへんな。ええやん別に。それが経済やろ」

「そういうのを忘れたくてここに来てるのよ」

「けど、お金、もっと必要なんやろ? わかってるんやで?」

「うっ……」


 海賊王レイドで大量のゴールドを手に入れたヨハンの現在の資産は約二億ゴールド。だが、カオスアポカリプスをトランスコードで強化する場合に掛かるゴールドは二億五千万ゴールドで、さらに腕利きの生産職プレイヤーも必要になってくる。

 もしコンの話が本当で、この作戦が上手くいけば、鎧の強化は容易になり、さらにゼッカやレンマの強化の為の手助けにもなるかもしれない。


「で、でもダメよ……なんかイケナイ気がする」

「んもう、真面目やね。そういう所も好きや。でもな、考えてみて」


 コンはヨハンにそっと近づくと、耳元でささやく。さながら、悪魔のように。


「バチモンコラボイベントの時にログインしとったプレイヤーは10万人や」

「そ、それがなんなの?」

「ヒナドラは配布ログインボーナスやろ? つまり今、この世界には最低でも10万体のヒナドラが眠っとる。最低でも……や」

「……ッ!!!!!????」


 ヨハンは固唾をガブ飲みした。


「でもな。ヒナドラちゃんを召喚して可愛がってあげられるのはたった10人の召喚師や。かわいそうな話や思わへん? ヒナドラは『もきゅうもきゅう』鳴きながら、ずっとストレージで寂しい思いをしてはるんや」

「……ヒナドラ……誰にも召喚されず……なんてかわいそうなの……」


 ヨハンの頬を涙が伝う。


「せや、かわいそうなんよ。だからうちらで助けてあげへん? その方がヒナドラも幸せやと思うんや、うちは」

「私もそう思うわ。手を貸してコンさん! ストレージの肥やしとなっている全てのヒナドラを助けて見せる!」


 コンはにやりとつり上がる口角を必死に隠す。実の所、この提案はコンからヨハンへのアピールである。コンはヨハンがギルドを作るなら、絶対に自分も入りたいと思っていた。


 だが、不安もあった。


 もしヨハンが今の状況に満足していて、ゼッカ、レンマと三人での関係を優先するならば、ギルドは作らないのではないか? という不安だ。

 余裕な態度に見えるが、コンは内心焦っている。いわばこれは売り込みだ。自分はこれだけ貴方の役に立てる。それをヨハンに直接証明するチャンスなのだ。だからコンは、ヨハンがこうして乗ってきた事への喜びを必死に隠す。まだ笑うときでは無い。


「ほな決まりや!」

「ええ、早速市場に行くわよ!」


 こうして、ヨハンとコンによる『ヒナドラ救済作戦』……ではなく『召喚石買い占め作戦』が開始されることとなった。 

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