第18話 アルテミスの想い

「イッシィ、めっちゃ説教してたね」

「そもそもイシスが怒ることってあんまりないから新鮮というか違和感凄いというか」


 魔王さま。私はこちらの無能と諸々お話がありますので、というイシスを残して僕たちは部屋を出た。

 エルナはまだクッキーを食べていたのでそのまま残してきた。


「僕にはあんな態度見せたことないのに」

「お? 今カノが元カレに再会した時の今カレの心境かぁ? ジェラ? ジェラっちゃってる? ねえねえまーちゃん、どうなん?」

「やめい! そんなんじゃないよ。たださ、もうちょっと甘えてくれてもいいんじゃない? と思って。一番古い付き合いだしもう少し気の置けない問答ができるようになっていたら、イシスもより幸せだったろうなあって。自分の無力感が際立って嫌気がさしただけだよ」


「も~~~~~まーちゃんてばぁ!」

「わぷっ、ちょ、アルテミスいきなり抱きしめるのは!?」

「嫌?」

「最高」


 もっとやれ。おっぱいが僕の顔と心を癒してくれる。心なしか天界に着いてからのアルテミスも普段と違うテンションだ。やっぱり生まれ故郷だからっていうのがあるのかな?


「アルテミス。天界はやっぱり居心地いいの?」

「どうかな。見知ってはいるけど、長居したいとは思わないかも。いい思い出もないし」

「おい、見ろよ。アルテミスだ」

「神の娘のくせに堕天した異分子だろう? どの面下げて戻ってきたんだか」

「こうなるしね?」


 黒い髪の毛、黒い羽根。アルテミスは神であるレプリカの愛娘にして、人間との間に産まれたハーフだ。

 従来天使というのは白い髪の毛を持って生まれる。彼女は出自の時点で異端の烙印を押されていた。


「悪いのはそこいらの人間に熱を上げて君を作ったあの神さまなのに、酷い言い草だよ」

「恋の炎は誰にも止められない。何故ならそれが生命に与えられた不変の欲求だから!」

「……言ってて恥ずかしくならない?」

「わかってるんならもうちょいオーバーなリアクションちょうだい! めっちゃはずっ!」


 いやほら、弄り甲斐がある子は目いっぱい弄る、が僕の信条だからさ。


「パパには感謝してるしうちを産んでくれたママにも感謝してる。でも、うちはうちで好きなようにやりたくなった。だから堕天した。それだけのことだし」


 ふわりと甘やかな匂いが風に乗り鼻腔をつく。腕にはマシュマロのように柔らかな感触と太陽のような温もりが到来。控えめにいってこれが理想郷(ユートピア)か?


「震えてるじゃん。強気なくせに絶妙に繊細。チキンハートここに極まれじゃないか」

「う、うちだって、責任、感じるし。神さま候補だって言われて、えーさいきょーいく、されてきたし。なのに、しょうもないことで堕天して、迷惑かけたし。ちょっと、おセンチな気分、的な?」

「しょうもないこと、ね。アルテミス!」

「ふにゃっ!?」


 ぐにぐに、ぐにぐに。んー、実に良く伸びるほっぺだ。


「僕には嫌いなことがある。それは僕の可愛い彼女がやっている素晴らしい仕事を誰かに貶されることだよ。それがその人本人であったとしても、僕は僕の彼女を貶める奴は嫌いだ。ねえ、アルテミス。君は今の自分の生き方を後悔しているのかい?」


「……してない。後悔なんかとっくにし尽くしたし! 悩んで、迷って、うちはあの日まーちゃんの手を取った!」


 泣き腫らした瞳の奥底でメラメラと灯る闘志。うちは絶対一人前の――になってやるんだし!

 僕はそんなアルテミスの気高さに見惚れて手を出し……尽力し、今に至る。


「そう。だったらさ、たとえ何の気なしだったとしても否定しちゃダメだ。君が君自身を認めてやらないでどうするのさ。僕の好きなアルテミスはさ、いつだって元気で、笑顔で、明るくて、前向きな女の子だ。わかった?」


「……ひゃい」

「どうしたの?」

「まーちゃん。顔、いいよね。その上でこの殺し文句っしょ? 喜びの極致って感じ。胸がキュンキュンする~~! 創作意欲湧いてきた~~~!」

「ん、その意気だ。それでこそ僕の好きなアルテミスだよ」

「まーちゃん……」


 トロリとした目。近づく顔。吐息が鼻にかかる。上気した頬が軽度な緊張を示し、いよいよ互いの唇が触れる――


「良かった。こちらにいらしたのですね、魔王さま」


 頃合いを見計らって舞い戻るイシス、ウィズ、クッキーアンドエルナディーテ。


「あら。ラブコメ中でしたか? 私としたことが不躾で申し訳ございません」

「いやいやな~んも問題ないし? 本当はちょっと前から物陰からこっち覗き見てタイミング図ってたこととか、ぜんっぜん気にしてないし?」

「おほほ♪」

「えへへ♪」


 サクサク。サクサク。無味乾燥とした紛争地帯に鳴り響く簡素な咀嚼音だけが癒しだ。


「そんなことより魔王さま、大変です。宝物庫に忍び込んだ賊のアジトが判明いたしました。どうやら地上のようです」

「そうなんだ。ちょっと面倒だけど懲らしめておいた方がいいよね?」

「そう思います。先のドルドの件も然り、魔具は使い方次第では災厄を引き起こします。しかも天界より持ち出された物はそのどれもが最上級の【理壊魔具】ですので」


 魔具。 


 魔法により加工された特殊な道具であり、術者がそれに魔力を通して効力を発揮する物を指す。


 性能によってランク分けされており、汎用魔具(ノーマルドロップ)、希少魔具(レアドロップ)、幻想魔具(ハイレアドロップ)、理壊魔具(レジェンドドロップ)の四つがある。


 取り分け最高レアリティの理壊魔具は強力な効能を秘め、その名の通り使い方次第ではこの世の理を破壊する恐れすらあるとされている。


「じゃ、仕方ないね。回収に向かおうか。ついでにあのおっさんに恩を売っておけばいいこともあるだろうし」

「さすが魔王さま、聡明であらせられますね。善は急げです。さあ行きましょう」


「ちょ、うちから強引にまーちゃん引き剥がすなし!」

「あ、アルテミスさん」

「何?」

「今回はあなたの仕事ですよ」


 どういうことだし? と首をかしげる。イシスの意味深な言葉の意味が分かったのは、盗賊のアジトについてむさい男二人のラブシーンを見せつけられてからだった。

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