銀髪の魔獣使い

 真夜中だというのに、明かりも灯さず運河を進むボートの舳先に、長い銀髪をなびかせた魔法使いが立っていた。


「貴様の所から納入された猟犬が行方不明になった。一刻も早く探し出せ!」


 すでに外出禁止の門限時刻を過ぎていたというのに、秘密警察側から、突然飛び込んできた捜索依頼である。

 依頼主は防疫所内の班長からだったが、どういうわけか、今回も特別機動班のディディエが同行させられている。

 というのも、猟犬が追っていたのは、ロザムンド王家の「白」の一角獣位の宮廷騎士、ジョゼット・クラーセンとの疑いがある人物だというからである。

 舳先の魔法使いの手元には、三十センチほどの長さの銀鎖の下に、純銀製の三角錐の錘が下がっている。これはフェルディナンドが愛用するチェーン・ダウジングの道具だ。

 ダウジングとは本来、地下水脈や鉱床の在り処を、二股に分かれた枝木や、糸で吊るした振り子などを使用し発見する占いの一種である。

 だが戦時下の現在、「本物の魔法使い」の手によってダウジングで探り当てられるのは、しばしば軍事的、戦略的に価値のあるモノや人物の場合が多い。

 蜘蛛の巣のように新市街に張り巡らされた水路で、分岐点ごとにボートを止め、フェルディナンドは、銀の三角錐がどちらに回転するかを見定める。

「右へ」「左へ」「このまま真っ直ぐ」との魔法使いの宣託を信じ、秘密警察の下っ端がボートのオールを操る。魔法機関を利用したエンジン式の船では、正確なダウジングはできないと、フェルディナンドが手漕ぎのボートを希望したからだ。

 船はゆっくりとシンゲル運河を進み、やがて旧市街地の古い城壁が目の前にそびえる船着場へとたどり着いた。


「船着場か。ここで陸(おか)へ上がったな」


 ざらりと銀の鎖を手の中へ落とすと、フェルディナンドは、行方不明の猟犬追跡に使用する道具を変えた。持ち手が付いた、三十センチほどの一対の木の棒を取り出す。

 いわゆるダウジングロッドだ。探し物をみつけた場合、目に見える反応が大きいので、一般人を納得させるには都合の良い道具でもある。

進行方向に対し真っ直ぐ並行に向かうよう、両手に一本ずつ握っていたトネリコの木を削って作り出したダウジングロッドが、巡礼門の前まで来た途端、大きく手元側へと動き、やがて狂ったように回転しはじめた。


「──ここで、やられたか」


 ダウジングチェーンの尋常でない大きな回転に、フェルディナンドは、苦々しげな表情で櫓門に鎮座するドラゴンの彫像を見上げた。この街で育った者なら、巡礼門のドラゴンが真夜中に動き出すという話しは嫌でも知っている。


「防疫班に納入した猟犬は、この巡礼門のガーゴイル・ドラゴンの餌食になった模様だ」


 と、フェルディナンドは一切の感情を交えず、断言した。


「ああっ! こ、これはもしかしたら血液痕ではっ?」


大光量の白熱灯で石畳を照らしていた秘密警察官の一人が、なにか残留物を発見したようだ。


「本物の血液かどうか、鑑定用の薬剤を持ってこいっ!」


「誰か、ドラゴン像の口元にまで登れる者はいないか? そちらにも血痕がないか確かめろ!」


「いや。それよりも先に、船着場に繋がれた船の係留票の住所と名前をすべて写せ! 不審な人物名がないか、洗いざらい調査しろ!」


 秘密警察の職員たちが慌しげに動き始める。が、その一方で、裾長の黒衣を翻し、フェルディナンドは旧市街地の城壁に背を向けた。

 それに気が付き、ディディエがその後を追う。


「おい、魔法使い。城門の中へ入って、追跡調査をしなくてもいいのか?」


「無駄さ、無駄無駄っ。この古い魔法が掛けられた城壁の中では、ダウジングロッドなんて酔っ払ったみたいに踊り狂うだけだ。特にこんな魔法の色濃い真夜中ではね」


 自分の任務はもう終ったとばかりに、フェルディナンドは投げやりな口調で吐き捨てる。


「それに個人的に好きじゃないんだよ、この旧市街は」


 氷青色の瞳に不機嫌さをにじませた魔法使いは、ふんっと、ふて腐れたふうにディディエを鼻先であしらった。


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