誰ひとり殺さなかった騎士
ちなみに、その治世の大半をアジールによって風刺され続けたクラース三世は、汚職の温床であった貴族官僚による専制統治を、選挙制度を伴う二院制議会政治へと改革。
都市部に流入する貧民への就業対策として、アウステンダムをはじめとする七つの自由都市で、計画的な新市街地造成工事に着手し、後に名君と称えられることになる。
「あの赤い付け鼻の道化師に皮肉られてばかりでは、国王としての沽券に係わる──と、陛下はフォンデルの王宮で執務室の椅子を温める暇もないほど、国中を馬車馬のごとく奔走させられた訳だ」
「それほどアジール・ダブリエという人の影響力は、凄いものだったんですね」
「まぁ、『宮廷騎士』という役目の範疇からは、かなり外れた放埓者だったがな……」
できれば貴殿にはあの男の真似はして欲しくない──と、アジールの行動に苦労させられ続けていただろう「青」は、鎮痛な口調で言った。
しかし、おのれの性格をよく弁えているアンリは、逆立ちしてもそんな生き方は自分には無理だと、うつむきながら眼鏡のつるに手をやる。
その時だった。ふと何か思い出したように「青」の視線が、アンリの顔を捉える。
「そういえば、貴殿。昨夜、宮廷騎士になったならば、国王陛下の命令次第では人を殺さねばならないから、騎士になるのは嫌だと言っていたな」
「え、ええ……」
「アジール・ダブリエは、誰ひとりその手で人を殺したことのない一角獣位の宮廷騎士だ。そういう男もいたのだということを、憶えておくがいい」
それを聞いて、アンリは少しだけ、胸の中が軽くなるのを感じた。
「それと、もうひとつ。契約の証しに欲しいと思う物を考えておけ──道化師の赤い付け鼻以外なら、なんでも貴殿に与えよう」
どうやら「青」は百年以上前の出来事だというのに、おもちゃのような赤い付け鼻を契約の証しにされたことを忘れられず、よほど恨んでいるらしい……。
けれど一体、なにを「青」にねだればよいのだろう。いまだ「一角獣位の騎士」としての自覚のないアンリには見当もつかなかった。
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