第15話 遅く帰った夜は…
2時間後―
私とモンド伯爵夫人は最近開店したウッドデッキがお洒落なカフェでティータイムを満喫していた。あ〜それにしても幸せ。美味しい紅茶に美味しいチーズケーキを食べながら、こんなにのんびりした時間を過ごせるなんて前世の頃は思いもしなかった。でも、出来れば俊也の奥さんと一度くらいこのような時間を持ってみたかったのに…。あの若夫婦、今頃うまくやっているだろうか?
少しだけセンチメンタルな気持ちになりながら紅茶を飲んでいるとモンブランを食べ終えたモンド伯爵夫人が声を掛けてきた。
「それにしてもゲルダ様…本日は窮地を救って頂き、本当にありがとうございました。貴女はまさに救いの神ですわ」
そして深々と頭を下げてくる。
「そんな、頭を上げて下さい。モンド様の借金返済と伯爵家の爵位…それに屋敷の買い入れ金として4億5千万シリルをお支払いしただけですから。つまり、これはいわゆる取引…私達はギブアンドテイクの関係なのです」
「ギブアンドテイク…ですか?初めて耳にする言葉ですが…響きが良い言葉ですね。分かりました。つまり私達はギブアンドテイク仲間と言う事ですね?」
「ええ。そう言う訳です」
そして残りの紅茶を飲み終えるとモンド伯爵夫人に尋ねた。
「モンド様、もし宜しければこれから私と一緒に新しく住む物件探しに行きませんか?」
「物件…ですか?」
モンド伯爵夫人は可愛らしい仕草で小首を傾げた。
「ええ、そうです。買い物などの利便性を考えれば市街地で暮らすのが良いですけど何しろ賃貸料が少々高いですし、部屋の間取りも狭いですからね。私としてはモンド様は今まで広いお屋敷に住まれていたのですから、町の中心部から少し離れた郊外の戸建ての庭付きハウスがよろしいかと思うのですが。戸建てならペット可ですよ」
「成程…それでしたら私は町の中の騒がしい場所よりは閑静な住宅街に住みたいですわね」
確かにおっとりしたモンド伯爵夫人に都会暮らしは似合わないかもしれない。
「分りました。ではモンド様の意見を踏まえて、これから不動産屋さんに行きましょう?何所までもお付き合い致しますよ」
私はモンド伯爵夫人を見てニッコリと微笑んだ。
「まぁ…本当にゲルダ様には感謝の言葉しかありませんわ…」
嬉しそうな顔で私の事を見つめるモンド伯爵夫人。
彼女は私の事を「救いの神」と呼んだが、まさにモンド伯爵夫人こそ私の窮地を救ってくれる神様のような存在だ。…大切にさせて頂きます。
「では物件探しに参りましょう」
私は椅子から立ち上がるとモンド伯爵夫人に手を差し伸べた―。
****
午後6時―
「かんぱーい」
私とモンド伯爵夫人はお洒落なレストランでワイングラスを片手に2人でお祝いをしていた。
「本当に今日は何から何までお世話になりっぱなしで感謝の言葉しかありませんわ」
フォークとナイフでムニエルの骨を取り除きながらモンド伯爵夫人が言う。
「そんな、大したことはありませんわ。でもお役に立てて光栄です」
今宵、2杯目の赤ワインを飲みながら私も上機嫌で返事をする。
あの後、カフェを出た私達は何軒かの不動産を回り‥ついにモンド伯爵夫人の理想的な住処を見つける事が出来たのだ。店側からは明日からでもすぐに住めると言われたけれども荷物を運びこんだりするのに時間がかかるので、ゆとりを持って10日以内に引っ越しを終わらせる事で賃貸契約を結んできた。
「でも場所が郊外だったお陰で御家賃が安くて助かりましたわ。お部屋自体もこじんまりしているので、お掃除も楽ですし。1人で住むには文句ない家でしたわ」
モンド伯爵夫人は余程嬉しかったのだろう。終始ご機嫌でその後も彼女は自分の今後の新しい生活についての夢を語った…。
****
午後9時―
ノイマン家の東塔の自分の自室に戻って来た。
「ふ~…流石に朝から出歩いていたからちょっと疲れたわね…」
部屋のソファにドサリと座ると、すぐに扉がノックされた。
「ゲルダ様!お戻りになられたのですね!」
それはフットマンのジェフの声だった。
「ええ、入っていいわよ」
扉に向かって声を掛けると、すぐにジェフが部屋の中に入って来た。彼の背後にはあの生意気なメッセンジャーの…確かウィンターだったかな?彼が立っている。
そしてウィンターは前に進み出て来ると気持ちの悪い位、低姿勢で私にお願いしてきた。
「失礼致します。ゲルダ様。じ、実は…ノイマン家の方々がゲルダ様がお戻りになられたら大至急南塔の大旦那様の執務室に来るようにと伝言を承って来ているのですけど…」
「ふ~ん…」
私は腕組みしながら足を組んでわざと気の無い返事をした。だけど席を立つようなことは決してしない。
「あ、あの…大旦那様達の元へ行かれないのですか?」
私が動く気配を見せないからだろう。オドオドしながらウィンターが尋ねて来た。
「ええ、私は何所にも行かないわよ。ところでウィンター…」
「は、はい!」
「まだ誰が雇用主か分っていないようね?私、言ったわよね?用があるなら自分達からこっちへ来るように皆に伝えなさいって」
「そ、そんな…言える訳ないじゃないですかぁっ!あの方々は俺をメッセンジャーとして採用してくれたんですよ?!」
悲鳴混じりにウィンターが言う。
「ええ、そうよ。彼らはね…私がここの使用人全員のお給料を支払ってあげているのに、面接には関与させないのよ。私が貴方を面接していれば…絶対に採用なんかしなかったのに。…言ってる意味分る?」
ニッコリ笑みを浮かべながらウィンターを見た。
「あの…つまり…?」
「私の為に役立てないならクビにするって言ってるのよ」
ボソリと言うと、途端にウィンターの顔が真っ青になる。
「分りました!い、今すぐ大旦那様と大奥様、そしてラファエル様、ついでにアネット様をこちらへ連れて参ります!だからどうかクビだけは勘弁して下さいっ!」
そして一目散に私の部屋を飛び出して行った。ウィンターは余程クビになりたくはないのだろう。それにしてもついでにアネットなんて…彼女も私に用があるのだろうか?
「全く…疲れる男ね」
コキコキと首を鳴らすと、それまで黙って見守っていたジェフが心配そうに声を掛けて来た。
「ゲルダ様…実は南塔の使用人たちの噂がここまで聞こえて来たのですが…どうやら本日ノイマン家の人達が大騒ぎしていたそうです。何でもノイマン家の預貯金がゼロになってしまったとかで…」
「ああ…用件ってその事だったのね」
預貯金がゼロになった?そんなのは当り前だ。モンド家の借金の肩代わりと屋敷、それに爵位を購入する資金の為に私が先に全額引きだしたのだから。浪費家のノイマン家の事だ。きっと今日も無駄遣いをする為にお金を引き出そうとして、通帳の残高がゼロになっていた事に付いたのだろう…。
「恐らく、全員激怒しながらやって来るでしょうね」
全く休む暇位与えて欲しいわ。
「ゲルダ様…どうされるおつもりですか?」
ジェフがオロオロしている。
「そうねぇ…あ、ならお茶を淹れてくれる?」
「え…?お、お茶ですか…?」
「ええ、そう。お茶をお願い」
「かしこまりました!」
あっという間にジェフは部屋から走り去って行った。
「さて、この間に離婚届に目を通しておこうかしら」
私は役所で貰って来た離婚届をショルダーバッグから取り出した―。
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