第14話 辻馬車の中で秘密?の会話
モンド伯爵夫人を連れて屋敷を出た私達。
途中で辻馬車を拾って乗り込むと婦人が尋ねてきた。
「あの…そろそろ何をしに銀行へ行くのか教えて頂けないでしょうか?」
「ええ、勿論です。モンド様は先程屋敷も爵位も手放したいと仰っておりましたよね?」
「はい、もう屋敷の手入れどころかあそこに住んでいるだけで借金が増えていく一方ですから。それに私には親戚も身内も誰もおりませんし、家紋を守ることも出来ません。お金があればまだ養子縁組出来るのでしょうけど、あいにく今の私には借金しかありません。なので全てを手放して残り静かな余生を送りたいものですわ…」
ため息を付きながら現状を語る婦人。聞けば聞くほど哀れでならない。
「モンド様のその悩み…私がまるごと解決してみせましょう」
「え?ゲルダ様がですか?」
「はい、そうです。先程モンド様は銀行からの借入金2億8千万シリルあると仰っておりましたよね?今から銀行へ行き、ノイマン家の預貯金を全額引き出してまずはそのままモンド様の借入金を私が返済致します」
「えええっ?!ほ、本気で仰っているのですかっ?!」
「ええ、本気も本気です。それだけでは有りません。残りの預貯金は全てモンド様の銀行口座に振り込ませて頂きます。今は金利が高いですから、恐らく利息だけで毎月の生活費は補えるはずです」
小声で私はモンド様に説明する。なにしろこれから億単位のお金を動かすのだ。壁に耳あり、障子に目あり…の心構えで慎重にいかないとならない。
「で、ですが何故そこまで私にしてくださるのです?私はゲルダ様に何もして差し上げられる事はありませんよ?」
モンド様も私にならい、耳元に小声で囁いてくる。いつの間にか私達は馬車に横並びに座り、互いに耳元でヒソヒソ声で話していた。…傍から見れば少し異常な光景に見えるかもしれない。その証拠に私達を乗せた御者が時折、ビクビクしながらこちらの様子を伺っている。そして気のせいだろうか…?御者と一度視線が合った時、彼の顔には怯えのような影が走って見えた。
「いいえ、モンド様は素晴らしい物をお持ちです。それをノイマン家の預貯金全額と交換して頂きたいのです」
御者の事はさておき、モンド伯爵夫人の耳元で囁いた。
「素晴らしい物…?それは一体何でしょう?」
「勿論…」
私は笑みを浮かべながら答えた。
****
私達を乗せた馬車が銀行に到着した。
「あ、あの…到着いたしましたが…」
御者の若いお兄さんがおっかなびっくり私達に言った。
「ありがとう、お代はいくらかしら?」
私はがま口財布を取り出すと、パチンと蓋を開けた。
「は、はい。1200シリルになります…」
「1200シリル?」
これまたタクシーと違って辻馬車は随分やすいものだ。しかし、御者のお兄さんは…。
「ひぃ!す、すみません!高すぎましたかっ?!」
「いいえ、そんな事は言ってないわ。はい、それじゃこれ」
がま口財布から2枚のお札を取り出すと御者のお兄さんに手渡した。
「2000シリルあるわ。残りはとっておきなさいよ。これは口止め料よ?」
そう、800シリルもお釣りを貰ったことが他の御者仲間に伝わると、辻馬車協会の元締めに奪われてしまうかもしれないからね。…実際は元締めがいるかどうかも分からないけど。
でも、これで彼は喜ぶだろうと思っていたのに…。
「わ、分かっています!け、決してお2人の事は誰にも話しませんから、ど、どうか命だけは…」
ガタガタ震えながら私とモンド様を交互に見ている。一体、何故そのように怯えた目で私を見ているのだろう?でもまぁ、気にすることは無いだろう。
「ええ、分かったわ。それじゃ私達は銀行へ行くから貴方はもうここから去ったほうがいいわよ」
早く次のお客を探してお金を稼ぎなさいという意味で言ったのに…。
「分かりました!巻き添えはごめんですからね!」
お金を受け取った御者は手綱を握りしめると「ハイヨーッ!」と叫び、物凄い速さで馬車を走らせて行った。
「…今のは何だったのでしょうねぇ?」
のんびりとモンド伯爵婦人が尋ねてくる。
「さ、さぁ…何なんでしょうか?でもまぁ、気にしていても仕方有りませんから取り敢えず銀行に入りましょう」
「ええ、そうですわね、参りましょう」
そして私とモンド伯爵夫人は銀行の回転扉を回して、店内へ足を踏み入れた―。
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