第15話、越えてはならない、一線

「 名前が判明しました。 その、眉毛の無い男は、瀬川 幸治という、常盤の2年生です。組頭代理ですね 」

 二見ちゃんが、部室にいた僕に報告しに来た。

「 瀬川か…… あとの2人は、分かるか? 」

 僕の問いに、二見ちゃんは、報告書のファイルを見ながら答えた。

「 おそらく、1年の篠原と三宅でしょう。 瀬川とは、同じ中学の後輩です。 背の高い方が、篠原です 」

 あの、パイナップルか……

 二見ちゃんは続けた。

「 間違いなく、常盤の生徒です。 会長の矢島との信頼も、結構、厚かったはずなのですが… クーデターですか……! 所詮、ウチのように、一枚岩じゃなかったという事ですね 」

 ファイルを閉じ、それを僕に渡す。 目を通しながら、僕は言った。

「 連中は、近いうちに、必ず連絡して来る。 美智子とも相談し、早急に対応出来るよう、準備しておいてくれ 」

「 かしこまりました。 うまく行けば、海南同様、常盤も壊滅出来ますね……! 仙道寺も、単独では、こちらに手を出して来る事は無いと思います 」

「 そういう事だ。 力の均衡で、平和を維持するのだ。 いわば、冷戦状態だな。 傷付く者が出ないだけ、無益な報復連鎖を避けられる。 時期が来れば、講和の道も開かれるだろう。 …これが、私の作戦だ。 武蔵野鬼龍会は、そのリーダーシップで、確固たるイニシアティブを取るのだ 」

「 素晴らしいです、会頭…! お側で仕えられる私は、何て、幸せなのでしょう! 」

 二見ちゃんは、感動していた。 心なしか、目がウルウルしている。

 僕は少々、照れ臭くなった。

 ファイルを執務机の上に置き、座っていた椅子から立ち上がった僕は、二見ちゃんの肩を軽く叩きながら言った。

「 これもみんな、お前たち部員たちが、あたしを支えてくれているお陰だ…… 感謝しているよ 」

 二見ちゃんは、肩に置いた僕の手を両手で持ち、じっと、僕を見つめた。

「 ? 」


 ……ナニやら、イヤな予感。 もしかして僕、地雷を踏んだかも……


 二見ちゃんが言った。

「 すべて、会頭の指導力の賜物です……! 私たち… どこまででも、会頭について参ります 」

「 …お、おう。 期待してるよ。 共に、学園の治安維持に奮闘しよう 」

 二見ちゃんは、僕の手を更に強く握り、じっと僕を見つめている。

「 ……二見……? 」

「 会頭… 因幡付属の戸村さんを、ご好意にされておられるのは、充分、存じております… でも、私だって……! 」

 そう言いながら、僕の胸に顔を寄せる、二見ちゃん。

( やっぱ、来た~っ! また、この展開だ。 イカン、イカンぞ~…! )

 しかも今度は、同じ鬼龍会の幹部だ。 邪険にすると、頑丈な一枚岩にヒビが入りかねん! これは、ある意味、危機だ……! しかも、戸村との関係をカン違いしているし……

 僕は言った。

「 二見… 嬉しいが、あたしは…… 」

「 分かっております…! 戸村さんがいらっしゃるのは、重々、承知しております 」


 ……いや、あのね…… その見解も、間違ってるんだけど?


 二見ちゃんは続けた。

「 私は、こうしているだけで良いのです…… 星川会頭の胸に、抱いて頂けるだけで充分なのです。 ああ、会頭… お慕い申しております……! 」


 …何と、ささやかな愛。 まさに、純愛の情だ。

 今時、こんな従順な情愛を見せる子が、いるだろうか?


 僕は、ある意味、感動した。 戦前の、トーキー純愛映画を見ているようだ。

 我が心、熱きときめきに、君、思ふ……


( ……イカンッ! 自己陶酔しとる場合か! )

 ここは、いずれ体が戻った星野の為にも、キッチリ、けじめを付けておかない事には……!

「 二見…… 」

「 イヤっ…! 今だけでも、理恵って、呼んで下さい……! 」

「 り… 理恵 」

 どえらい、恥ずかしい。

「 嬉しい……! 」

 僕の首筋に、頭を摺り寄せる、二見ちゃん。

( あおうっ……! コッチが、ヘンな気分になるわっ! )

 二見ちゃんが、僕の耳に、ふう~っと、息を吹きかけた。


 ……やめ… ヤメれ、それ……!


 妖艶に変化した声で、二見ちゃんは、僕の耳元で囁いた。

「 私を… メチャメチャにして……! 」



 その言葉を聞いた途端、僕の、頑丈なはずの理性が、ものの見事に吹き飛んだ……!



「 り… 理恵…! 」

 次の瞬間、ドアをノックする音が…!

「 会頭。 星野という方が、面会に来られました 」


( …ぐはううっ?! )


 朝倉の声に、僕の心臓に、稲妻が走る。 いや、落雷したかもしれん。

 慌てて、机の上にあったファイルを点検するような素振りを見せる、二見ちゃん。

 僕も、戸棚の書類に手を伸ばし、テキトーに1冊、手に取る。

「 …お、おう、そうか。 通してくれ。 かすみの彼氏だ 」

「 かしこまりました 」

 朝倉には、抱き合っていた事は分からなかったようだ。 ホッ……

「 ……では、私は、これで…… 」

 二見ちゃんも顔を赤らめ、朝倉が閉めるドアと共に、そそくさと出て行く。


 ……危機一髪だった。 まさに、理性がフッ飛んだ瞬間だ。 恐ろしい……!

 朝倉が来なかったら、どうなっていた事か。


 やがて、朝倉に案内され、星野がやって来た。

「 美智子… 悪いが、席を外してくれ 」

「 かしこまりました 」

 一礼して、部屋を出て行く朝倉。

 星野が言った。

「 どうした? 顔が、赤いぞ? お前 」

 イスに、どっかと座り、ため息を尽きながら僕は言った。

「 ……なあ、星野。 お前、誰か好きな人、いるか? 」

「 はあ~…? 何、言ってんだ? 藪から棒に 」

 パイプイスに座りながら、星野が聞く。

「 因幡付属の、戸村って子… どんな関係なんだ? 」

 たちまち星野は、顔を赤らめた。

「 ……き、来たのかっ? 」

「 ああ。 モーレツに、アタックされたよ。 きれいな子だな 」

「 お前… お前、まさか…… ヘンな事、してないだろうなッ? 」

「 ……しそうだったけど…… 」

「 したのかッ? したんだろうっ…!! 」

「 勝手にさせんなっ! 何にもしてないよ。 おでこに、チュッて、しただけだ。 雰囲気的に、その程度なんだろ? あの子とは 」

「 ……ホントに、そうだな? ホントに、それだけで… 何にも、してないんだな? 」

「 くどい! 誓って、ナンにもしていないよ。 オレを信じろ! 」

 ……さっきは、理性が、火星までフッ飛んで行ったがな……

 星野は、まだ疑い深げに、僕を見ている。

 僕は言った。

「 それよりは、二見ちゃんだ……! 」

「 …二見? 理恵が、どうかしたのか? 」

「 お前さんに、ホの字だとよ 」

 星野は、意外だったらしく、ぽかんとしている。

「 ……理恵が、あたしに? そう言えば… 何か、あたしを見る目が、ヘンだったな…… 」

「 モテるねえ~ 今や、時の人だしな 」

「 お前が、そうしたんじゃないか。 それで… 理恵が、何て言ったんだ? 」

 僕は、両手をクロスさせ、両掌を胸に当てながら言った。

「 お慕いしております、会頭~……! 私を、メチャクチャにして…… 」

 星野は、更に、真っ赤になった。 恥ずかしそうにしている『 僕の顔 』を見ていると、大変に気色悪い。

 僕は言った。

「 どうすんだよ。 二見ちゃん、ホンキだぞ? 純な子らしいし、ヘンに傷つけると、ナニしでかすか分からんぞ、あのタイプは 」

 星野は言った。

「 …お前だから、言うが… あたしも、理恵は、気に入っている…… 」

「 …… 」


 …そういう展開なの? 女心って、分かんない、僕。


 星野は弁明した。

「 カン違いするなよ? 好きとか、そんなんじゃなくて… 何て言うか、その… 落ち着くんだ、理恵といると 」


 ……これは、難しい解釈だ。

 単なる、友情の段階なのか? 親愛の情とでも言おうか……


 しかし、男勝りの星野でも、そんな感情を抱く事もあるとは……

 まあ、誰しも、どこか心の片隅には、心許せる相手を、1人くらい持ちたいと思うものだろう。 星野も、例外では無かったという訳だ。


 しかし、その相手が同姓であるのは、少々、問題だ。 偏見の目で見られる可能性がある。

 普通の女性なら、問題は無いだろうが、星野は、鬼龍会の会頭だ。 しかも今は、緊迫した状況にある。 他校に知れれば、格好の攻撃手段の材料及び、中傷・誹謗の種だ。

 まあ、恋愛に関しては、星野は、初心者らしい。 二見ちゃんに寄せる心情も、恋というような具体的なものでは無く、親愛に当たるようなものなのだろう。


 僕は言った。

「 とりあえず、この事は、保留だ。 体が元に戻ったら、お前さん自身で、白黒ハッキリさせてくれ。 二見ちゃんが、再アタックして来ても、僕は、中立の態度をとる事にするよ 」

 星野は、赤い顔をしたまま、うつむいている。

( …意外な、事実だな。 気丈な星野にも、こんな面があるとは、知らなんだ。 まあ、恋愛は自由だ。 仲良くやってくれたまえ )

「 それで… 今日は、何だ? 遊びに来たとは、思えんが? 」

「 ……おお、そうだ。 例の常盤学院の連中から、連絡があってな。 Xデーは、あさってだそうだ……! 」

「 遂に、ヤル気か? あの連中 」

「 そうらしいな 」

 眉毛無し・パイナップル・ジャニーズ系…… あの、頼りない3人で、大丈夫なのだろうか?

 ここぞと言う時に、我々としては、踏み込みたい。

 常盤の内紛に乗じて、漁夫の利を得たと思われては、鬼龍会の沽券に関わる。 あくまで我々は、共同で矢島を倒した、という既成事実が欲しいところだ。


 僕は、星野を交えて、少数幹部で会議を開く事にした。

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