魔法学園で最強の美少女に、最弱の僕が壁ドンされる

大橋東紀

魔法学園で最強の美少女に、最弱の僕が壁ドンされる

「この野菜、ガルボ産だね?」


 朝市で尋ねるレオの制服を見て、野菜売りの老婆は答えた。


「魔法学院の生徒さんかい?若いのに見る目あるね」

「これと、そこの根菜ちょうだい。あとそこの……」


 その時、背後で悲鳴が上がり、野獣の雄叫びが轟いた。


「冥府獣だ!」

「逃げろ!喰われるぞ」


 切羽詰まった声に振り向くと。


 狭い路地を逃げて来る人々の向こうに、小山の様な肉の塊が見えた。


 真っ黒で手も足も無く、ただ鋭い牙の生えた口だけを全身に無数に備えたその怪物は。


 重い響きを立て巨体を転がすと、屋台を次々と圧し潰し、逃げる人々を追いかけだした。


 冥府獣?

 こんな朝から、外壁を越えて町の中に?


「オバちゃん、逃げよう!」


 露天商の老婆は腰を抜かして震えていた。


「あんた、魔法であいつを倒してくれよ!」


 その言葉に、レオは唇を噛みしめた。。


 僕の……攻撃魔法はダメなんだ!


 冥府獣は全身にある無数の口をガチガチ言わせながら。目の前にある全ての物を噛み砕き、こちらに転がってくる。


 周囲には、逃げ遅れた人や、崩れた建物の下敷きになった人がいる。


 このままでは被害が増える!


 意を決して、冥府獣の前に立ち塞がると。

 レオは両手を前に突き出した。


 意識を集中し、魔法を発動する。、


 〝止まれ〟

 

 空気が揺れたかと思うと。

 建物を潰しながら転がってきた冥府獣は、ピタリと動きを止めた。


「今のうちに逃げて!長くはもたない!」


 苦悶の表情でレオは叫んだ。 

 レオが魔法で動きを封じていた冥府獣が、グググ、と動き出す。


 殺るしかないのか?

 でも、僕の攻撃魔法は……。


 その時。

 レオの頭上を、人影が飛び越えた。


 金髪のツインテールをなびかせて。

 レオと同じ、ベルニア魔法学院の制服に身を包んだ少女は。

 右手で巨大なレイピアを構え、呪文を詠唱した。


「偉大なる雷の精霊ダナカリオス。我に力を与え給え」


 閃光がその場を包んだかと思うと。

 雷の剣に貫かれ、冥府獣は跡形もなく消滅していた。


「まだ子供って所ね。たいした奴じゃないわ」


 手にしたレイピアがボロボロと崩れていくのを見て、少女は溜息をついた。


「新品でしたのに。やはり魔法の最大出力には耐えられませんわね」


 ガチャガチャと鎧を響かせながら、少女の元に、数人の騎士が走り寄ってきた。


「エルザお嬢さま!お怪我はありませんか?」

「言いたくありませんが、遅くてよ」


 美しい顔で騎士たちを睨み、エルザと呼ばれた少女は言った。


「本職の辺境警備隊が、学生寮から駆け付けた私に後れを取るとは。お父様に巡回体制の見直しをお願いしないと」

「はわわ、領主様には、どうかご内密に」


 エルザはもう一人、文句を言うべき相手に向き直った。


「それと貴方!なぜ防御だけで攻撃を……あら?」


 レオの姿は、もう無かった。

 まぁいい。制服からして私と同じ学校だ。すぐ見つかるだろう。


 でも、あんな生徒いたかしら?



「人間界と冥界の狭間にある、このライオネル・ランドでは、街を城壁で囲い、冥府獣の侵入を防いできました」。


 講堂に並んだ数百人の生徒を前に。ベルニア魔法学院の校長は演説をしていた。


「皆さんもこの学園で、冥府獣を撃退する魔法騎士になるべく、日々、鍛錬を重ねています」


 校長の横に、エルザは立っていた。


「今朝も地下に潜り、市街に侵入した冥府獣がいました。それを見事に撃退したのが……。生徒会長のエルザ・リングヴォルドさんです!」


 万来の拍手の中。校長から勲章を受け取りながら、エルザは講堂内の気配を読む。


 いない……あの子。


「あの、校長先生」


 エルザは思い切って、校長に問いかけた。


「いたんです。もう一人。魔法で冥府獣を押さえつけていた生徒が」

「それは相当な魔法力ですね。出来るとしたら彼だけかな」

「先生、心当たりが?」


 爽やかに微笑むと、校長は言った。


「そろそろお昼ですね。お腹がすきませんか?」



「いたっ!」


 校長に連れられ、学食の厨房に来たエルザは思わず声を上げた。


「レオちゃん、スープが生煮えだよ!」

「あいよ!」


 料理人の声に、レオが右手を振ると。

 竈の炎が大きく燃え上がり、鍋のスープがグツグツと沸騰した。


「もうすぐ腹ペコの連中が来るよ!時間が無い」


 レオの意志に従い。

 棚に並んだ何十枚もの皿が、生きているかの様に宙を舞い。

 鍋から飛び出したスープが一滴もこぼれず、それぞれの皿へと移動する。


「パスタが煮えたよ!」


 別の料理人の声に、レオが手を振ると。

 見えない力で鍋から引き揚げられた、何百本ものパスタが。

 空中で生きている様に舞い、自ら湯切りをすると。

 これまたひとりでに、何十枚もの皿に収まった。


 この子、何種類の魔法を操れるの?

 エルザの驚きを見透かしたかの様に、校長は言った。


「私の友人の息子でね。身寄りがないんで、この学園で預かってるんです」

「でも、このレベルの魔法を使える血筋って……」

「魔道士ブラスターの息子ですよ」


 その名に、エルザは息を飲んだ。


 数年前に消息を絶ったものの、未だこのライオネル・ランドで、最強の魔導士だったと言われる男。


 目の前の彼が、その魔導士の息子なの?


「そんな子が、なぜ授業に出ず、学食の給仕なんか」

「本人の望みでね。聞いてみたらどうです?」


 校長が言う前に。エルザはレオの方へ足を踏み出していた。


「ちょっと貴方!」

「うわっ!」


 不意にかけられた声に、集中力をそがれ。

 レオが魔法で浮かべていた数十枚の皿が、一斉に落ちて割れた。


「弁償しますわ!請求書はリングヴォルド家に回して下さいまし!」


 そう言い残すとエルザは、レオの手を引き厨房を出て言った。


「あ、あの、僕」


 学食の壁に追い詰められ、レオはしどろもどろになる。


「貴方、いましたわよね。今朝」


 ドン、とエルザは、レオの横の壁に掌を突いた。


「今朝といい、今の見事な魔法といい。それだけの力を持ちながら、なぜ魔法騎士を目指しませんの?」


 顔を背けると、レオは言った。


「あなたみたいに、強い人は他にいるじゃないですか」

「そういう問題ではありませんわ!力を鍛え、技を磨くのが私たち魔法学生の務め!」

「嫌いなんですよ、そういうの」


 レオはそっけなく言う。


「魔法を暴力に使うのは嫌なんだ」


 エルザの美しい顔が、怒りで赤くなった。


「魔法騎士を目指す私たちを、侮辱する気!?」


 その時。


 エルザがレオを押し付けていた壁に、ミシィ、とヒビが入った。


「え?」


 次の瞬間。

 壁を砕き、外から突っ込んできた巨大な触手が、レオとエルザに巻き付き、連れ去った。


「しまった!」


 どよめきの中、校長は学園中の教員に念波を飛ばした。


『冥府獣が学園内に侵入しています。生徒二名が連れ去られました。特別警戒体制を!』

『それがダメなんです。校長』


 困惑に満ちた念波が帰って来た。


『教員のいる第一校舎と、生徒のいる訓練棟の間に、無数の冥府獣が発生しています。凶怒レベルは低いですが、数が多いので排除まで時間がかかるかと』


 計画的犯犯行。校長は舌打ちした。


 今朝、出た冥府獣は、標的を確認する斥候か。

 城壁の下に複数のトンネルを掘り、昼休みに教員と生徒が分断する時間帯を狙う。


「生徒会長と魔道士ブラスターの息子。将来の難敵を、ヒヨっ子のうちに排除するつもりか?」


 呟くと、校長は二人を攫った冥府獣を追った。



「うわっ」


 エルザの放った電撃魔法が、二人を掴んでいた触手を引き裂いた。


 自由になったレオとエルザは、そのまま落下していく。


 学食の壁を突き抜けて、相当の高さまで引き上げられた様だ。


 時計塔の屋根に降り立つと、エルザとレオは、自分たちを狙った冥府獣を見上げた。


「でっか……」


 今朝、倒したのとはレベルが違う。

 歪んだ頭部から伸びる無数の触手を、校舎に巻き付けた巨大な冥府獣が、二人を見下ろしていた。


「ねぇ、弱虫」


 時計塔の柱にしがみついているレオに、エルザは言った。


「私が武器を取ってくるまで、奴を押さえ込んでられる?」

「無茶だ。君の命が危ない!」


 今だって危ないわよ。

 心の中で毒づくと、エルザは時計塔から飛び降りた。


「止めろ!無理だ!」


 校舎に巻き付いていた冥府獣は、数十本の触手を、一斉にエルザに放った。


 あのバカ、押さえ込めって言ったのに!


 エルザが死を覚悟した、その瞬間。

 伸びてきた触手が、一本残らず弾け飛んだ。


「え?」


 冥府獣が上げる雄叫びの中。


「君は、魔法で人の体を引き裂いた事があるか?」


 耳元で囁かれ、エルザはゾクッとした。


 いつの間に来たのか。

 レオがエルザの体を抱きとめると。

 そのままフワッと着地した。


 エルザを立たせると。

 レオは、怒りの雄叫びを上げる冥府獣の方に振り返る。


「君は、魔法で人の体が焼ける臭いを嗅いだ事があるか?」


 冥府獣の触手が、一斉に炎に包まれた。


「君は、魔法で人の骨が砕ける音を聞いた事があるか?」


 苦しみ悶えながらも、反撃しようとした冥府獣の頭が、グシャッ、と潰れた。


「君は……魔法で父親を殺した事があるかぁっ!」 


 激しい空気の渦が、真空の刃となり。

 巨大な冥府獣の体を切り刻んだ。


 呆然としていたエルザは、我に返った。

 全部、この子が魔法でやった。


 バシュゥッ、と吹き出した冥府獣のドス黒い血しぶきが、霧の様に周囲を覆う中。

 レオはゆっくりと、エルザの方を振り向いた。


 そこには、 悪魔がいた。


 先ほどまでと、あまりにも変わったレオの形相に、エルザは驚いた。


「あの親父は、俺をシゴキ倒した!」


 悪鬼の如き形相で、レオは叫んだ。


「奴は、俺を戦士にする事しか考えなかったんだ!来る日も来る日も親父に魔法で痛めつけられ、、母さんも逃げ出し、追い詰められた俺は……遂に魔法で、親父を殺してしまった」


 レオは右手を伸ばすと、グッ、とエルザの首根っこを掴んだ。


「死の間際、親父は何て言ったと思う?『完璧だ。魔道士ブラスターを倒す最強戦士を作り上げた』だとよ」


 グググ、とレオに首を絞められながら、エルザは思った。

 二重人格?それとも何かに憑依されている?

 その考えを読んだのか、レオは下品に笑った。


「そのどちらでもないぜ。これが本当の俺だ!だから、女」


 グイッ、とエルザに顔を寄せると、レオは言った。


「俺に構うな。構うと殺す」


 その時。

 後ろから校長先生が「とうっ!」と当身をしたので、レオは気絶して地面に倒れた。



「という訳で、今日から私が、貴方を魔法騎士にすべく鍛えます」


 数日後。

 そう言うエルザの前で、レオは慌てふためいた。


「いや僕、言いましたよね。僕の攻撃魔法は危険すぎるって」

「えぇ、言ったわ。あと、私を殺すって」


 レオを睨みつけ、エルザは言った。


「大いなる力には、責任が伴う。感情を制御するのも魔法騎士の義務よ。それを教えてあげる。上手く教えられなかったら私を殺しなさい。ただし……」


 エルザの眼力に、レオは震えあがった。


「黙って殺される私ではなくてよ!」

「ひぃいいいい、お助けぇ」

「あ、逃げるな、待て!」


 その模様を校長室から見下ろしながら、校長先生は日誌に書き込んだ。


『魔法騎士の育成は順調なり。世は全て事もなし』

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