「誰そ彼に海は泣く」おやじ

@Talkstand_bungeibu

誰そ彼に海は泣く

『海が泣いている・・・』

意識の何処からか、そんな言葉が浮かんだ。いや、海だけではない。川も山も草原や森林、この惑星全体が叫び、泣いているのだ。

 だが海辺に在る我々の意識と肉体の塊には、もう何も出来ない。ただ見ているしか出来ないのだ。しかしそれももう長くはない。恐らく『奴』が現れた時から、この結末は用意されていたのだ。

 『奴』、心象としての神ではなく、具象としての神。もしくは特異点。『奴』が現れ我々と同じ姿を取った時、我々は狂喜した。物理法則に支配されぬ『奴』は、あらゆる病を癒し、無限の富を産み出す。我々が『奴』の下に集ったのは、無理からぬ事だった。

しかし我々は『奴』を扱うには未熟過ぎたのだ。我々の業は深い。病の治癒は兎も角、無限に産み出される富は、富足りない。誰もが『奴』の独占を試み、誰もが等しく『奴』に見捨てられたのだった。

今の我々は『奴』によって物理的に一つの肉塊とされ、この海辺に打ち捨てられている。不定形な肉塊に詰め込まれたこの惑星全体の意識。慙愧、歓喜、喜怒哀楽・・・ 誰のものとも分からぬ意識が混沌と渦巻く醜い肉塊。それが今の我々の姿だ。

だがそれももう終わる。『奴』はこの惑星の全てを滅ぼし、虚空へと消えようとしているのだ。すべてが自業自得とはいえ、黙って『奴』を見送るのは甚だ不本意だ。しかし我々に出来る事は何もない。我々は虚空に消えかける『奴』に向けて、混沌の中から浮かび上がった最大公約数的言葉を『奴』に投げ掛けた。

『この・・・ クソッタレが!!』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「誰そ彼に海は泣く」おやじ @Talkstand_bungeibu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る