9・骨は拾ってやる

 今回のシュバルトの兵器は意外と強力らしく、アッシュは苦戦を強いられていた。

「フハハハハハ! どうしたアッシュよ? この新型兵器ボーン・ザ・ロックダンスには力が及ばないか? 案ずるな、今までは貴様の運が良かっただけのこと。元々我輩に敵うはずがなかったのだ、安心して敗北を受け入れるがいい!」

 叫びつつ新兵器の引き金を引く。

 三十センチメートル四方の黒い箱の下部に、銃器類と同じ握部と引き金が取り付けられた、いつもと違ってコンパクトな武器だ。

 引き金が絞られると、箱の前方の蓋が開き、中からなにかが飛び出てくる。

 十数匹の魚だった。

 正確には魚の骨だった。

 標本として合格しそうな綺麗な形に組み立てられた魚の骨が、どういう原理なのか水中のように空中を漂い泳いで、アッシュに体当たり攻撃する。

「イテッ、イテッ!」

 骨の先端が皮膚に刺さって痛いらしく、骨の魚が接触するたびに、アッシュは情けない声を上げる。

「さあ、続けて行ってみようか!」

 今度は鶏が現れた。

 勿論骨の鶏だ。

 どう原理なのかやはりわからなかったが、羽毛がないのに翼に該当する部分の骨を羽ばたかせて跳び、アッシュを嘴で攻撃する。

「あ、コラ、挟むな!」

 腕を嘴に啄まれてアッシュは慌てて振り解こうとするが、結構挟む力は強いらしく鶏の骨は離れない。

 他にも、骨の鼠や、骨の犬、猫、猿など、様々な動物の骨が出現する。

 小さい箱の中にあれだけの量の骨が入っているのはどう考えても不自然で、魔法で内部の空間を広げているのか、もしくは別の空間と繋がっているのか。

「くそ! ゴーレムかよ!」

 ある種の魔法を付加した物体は、術者の意思に応じた動きを取る。

 大抵は人や動物などの形状を模した石材や木材などを利用するが、悪趣味な者は人間の死体や人骨などを使用する。

 アッシュは骨の動物を払い除けるが、無数の動物の骨は攻撃を加え続け、シュバルトは勝ち誇って笑う。

「フハハハ! どうだ、忌まわしいだろう、不気味だろう、怖いだろう、夜中に一人でトイレに行けなくなりそうだろう! 骨! それは人間の根源的な恐怖を刺激する存在! 怯えて体が竦みあがった貴様を葬るなど造作もないこと! さあ、そのまま骨に埋もれて冥途へ旅立つがいい! 後で骨は拾ってやる」

「下らねえこと言ってんじゃねーよ」

 アッシュは木箱を手にすると、骨の動物を力任せに叩き潰し始めた。

 犬や猫、鼠は床に潰され、鶏や魚も虫のように叩かれて壁や床に当たり砕けた。

 乾燥した骨は脆弱だ。

「簡単じゃねえか」

 アッシュはちょっと拍子抜けしたようだった。

 「今日は少し力入ってたけど、まあこんなもんだろ」

「うーむ、先輩の知恵を拝借と思い、サイリックに手伝って貰ったのだが、耐久性が今一つだったな」

「あんたが作ったのか! 妙に出来がいいと思ったら!」

 その怒声にサイリックは怯えて下がる。

 先輩の威厳、一片の欠片もなし。

「だって、言われたとおり作らないと、部屋に骨を送りつけてやるって脅されたから……」

「やっぱりおまえ、イジメッ子だろ。脅迫してんじゃねーよ」

「ぬう、無礼な。世界征服にささやかにも貢献させてやろうとしただけだというのに」

「あー、もういい。黙れ。とにかくアホなことは早く終らせる。ちょっと手加減無しで撃ち込んでやるから」

 入学式の悪夢の再来を予告したが、しかしシュバルトは意外と落ち着いていた。

「仕方がない……最終手段! 箱より復活せよ古の獣!」

 引き金を引けば、箱の蓋が開き、全長二メートル以上ある四足歩行の獣の骨が現れる。

「なあ、それの動物の骨」

 アッシュは少し慄いて、

「図鑑かなにかで見た覚えがあるんだけどよ、もしかして……」

「その通り! 虎である!」

 自信を持って正体を肯定するシュバルト。

「なんでそんな物があるんだ?! っていうか材料をどうやって手に入れた!?」

「うむ」

 シュバルトは大仰に頷いて、

「魚や鶏は食品製造工場から貰った。犬、猫は保健所にて哀れな末路を辿った者たち。そして鼠と猿は研究所の動物実験で尊い犠牲となったものである。でもってこの虎は!」

 指を突きつけて、

「博物館から失敬したものだ!」

「威張るな!」

「あんた他の所でも泥棒してたの!?」

 ウェンディの声をシュバルトは無視。

「さすがにそれ一体を運ぶのが精一杯だった。重たかったし、夜の博物館は不気味で怖かったし、怪盗S&Pと予告上を送ったのに博物館は全く相手にしてくれなかった〈あたりまえ〉のがちょっと寂しかったし。しかしそれに見合ったものが手に入った! 材料限定それ一体! 勿体無くて使用は躊躇った天下の一品である!」

「一品じゃねーよ」

 言いつつアッシュは木箱をそれに投げつけた。

 頭蓋骨部分に命中したが、砕けたのは木箱のほうだった。

「ゲッ!」

「おお! さすが虎だけあった頑丈だ!」

 シュバルトは嬉しそうに、

「さあ虎よ! タイガーよ! 我が宿敵足代わりのアッシー〈しつこいね〉を叩きのめすがいい!」

「GUOoOO!」

 骨の虎は、どういう原理で声をだしているのかわからないけど、一声咆哮して威嚇すると、アッシュへ飛び掛った。

 アッシュは木箱を前面にかざして楯にしたが、虎の骨が牙を突き立てると、次の瞬間には引き千切り、ばらばらに食い千切り、一瞬で残骸と化した。

 どうやら骨のゴーレムたちの攻撃力や筋力〈筋肉はもうないけど〉は基本的に生前とほぼ同じようだ。

 ちなみに虎は訓練されたドーベルマン三頭を同時に相手にして勝てるそうだ。

 十秒もかけずに三頭を引き裂いて惨殺した話を以前聞いたことがある。

「冗談じゃねえぞ! シャレになんないだろこれ!」

 アッシュはさすがに恐怖する。

「素晴らしい! 予想以上の攻撃力! 我輩もちょっと不安」

「だったら引っ込ませろ!」

「すまん、一度出すと止められないのだ。諦めてくれ」

「なにを!?」

「後で骨は拾ってやる」

「二回も言うな!」

 虎〈の骨〉が再び跳躍してアッシュに襲い掛かるが、アッシュは咄嗟に横へ跳躍して、同時に科学室のドアを蹴破り、中へ逃げ込む。

 虎は反転して科学室へ突入した。

 私たちの視界から外れてしまったが、科学室内で〈骨の〉虎と戦っている騒音が聞こえる。

 木材の砕ける音、硝子の割れる音、なにかの激突音などが響く。

 シュバルトがその様子を他人事のように廊下から眺め、腕を組むと唸る。

「うーむ、やはり死亡させるのはまずいだろうか」

「良くないに決まってるでしょ!」

 ウェンディが叫んだ。

「本当に止める方法ないの?!」

「無い!」

「断言しないでよ!」

「まあ仕方がない。ここは一つ魔導帝国建国の人柱になってもらうとしよう。恐怖政治も良いかもしれん」

 良君を目指してたのか?

「良くねぇー!」

 アッシュの怒鳴り声と同時に、科学室からゴミを縛る予定だったロープが飛んで来てシュバルトの体に巻きついた。

「テメェも道連れだ!」

「ぬぉおおお!!」

 シュバルトは科学室へ引き込まれた。

 科学室の乱闘はさらに激化する。



 私はふと疑問に思い、首を傾げた。

「アッシュってさ、格闘技とか魔法とか、今みたいな特殊技能とか、ああいうの、どこで覚えたんだと思う?」

 ロープを投げて対象に巻きつけるのは、相当の高等技術が必要で、専門訓練を受けた者でなければ一度で成功させるのは難しい。

 格闘技も明らかに正式に習ったことのある動きだ。

「そうだよねー」

 ピスキーが応援を止めて、

「それにさー、アッシュくん、あれだけ魔法が使えるなら入学する必要なんて全然ないよねー。早く試験を受けて資格取ればいいのに、どうして来たのかな? 魔法資格取得に年齢制限ってあったかな?」

「ないわよ。子供の頃から習ってても、資格認定されるの二十歳過ぎてからがほとんどだから、実質的な意味がないってことで」

「じゃあ、なんでだろ?」

「……あんたたち」

 ウェンディが剣呑な声で、

「冷静にそういう話をしている場合なの?」

「えっと……」

 私は頬を掻いて、

「たぶん止めろって言いたいんだろうけど」

 科学室を指差す。

 私たちの位置からは中の様子は見えなかったが、声と音は届いていた。

「危ないから止めてください!」

 サイリックがさすがに危険だと判断したのか、隅っこから出てきて制止する。

「科学室は薬品があって危険なんですよ! ああ! それ硫酸です!!」

 しかしアッシュもシュバルトもそれで止まるわけがなかった。

「こうなれば、ヤれ! ボーンタイガーよ!」

「ヤれじゃねえだろ! おまえは盾代わりだ!」

「ぬお! 止めろ! 危ない!」

「だったらこの骨をなんとかしろ! オラオラ! 早くしないと食い殺されるぞ!」

「止める方法は無いのであーる!」

「だから断言するなー!」

 私はウェンディに質問した。

「あの状況を止められると思う?」

「私に任せてばっかりで全然止めようとしないのが気になるのよ。あなた委員長でしょ」

 言われて私は思い出した。

「そういえば、そうだったわね」

「忘れてたの?」

「いや、だって、ほら」

 委員長らしい人が目の前にいるもんだから。



「来たれ!」

 GIHYIIIII!!

 突然、いつものアッシュの呪文と同時に、耳障りな音が劈く。

 超振動でも発生したのか、周辺のまだ無事だった窓ガラスが連続的に全て粉々に割れた。

 そして余韻のように音が引き、静寂が訪れる。

 いつもの雷や爆発音、衝撃波とは全く違う、数十人もの甲高い悲鳴が重なったような、生理的に鳥肌が粟立つ音に、私たちは思わず耳を塞いでいた。

 科学室の騒動は収まったのか、沈黙しかなく、壊れたドアから中を覗いていたサイリックは、惚けた様子でその場に立ち尽くしていた。

「なによ今の?」

 ウェンディは耳を押さえたまま呟く。

「アッシュ、一体なにをしたのよ?」

 私たちはなにが起きたのか全くわからず、次の行動を決断しかねていたが、不意にピスキーが、簡易式結界装置の領域から出て、科学室へ向かった。

「あ、ちょっと。まだ危ないんじゃない?」

 ウェンディが止めると、ピスキーはいつもの春の木漏れ日のような微笑を向けた。

 ウェンディは少し頬を赤くし、後方ではPFCが、

「「「はぁーん」」」

 となんとも言えない至福の溜息を吐いた。

「大丈夫だよ。終ったから静かになったんだと思うよ」

 確かに他に理由は考えられないので、私も科学室へと向かった。



 全て割れた窓ガラスが散乱し、机や椅子は床に転がり、あるいは粉砕されていたり、科学室の惨状は筆舌に尽くし難く、よくここまでやれるものだと、むしろ感心した。

 しかしそれも次の瞬間には霧散する。

「……シュバルト」

 ウェンディが消え入りそうな声で名前を呼んだが、彼は反応を示さない。

 白目を剥き、頭から血を流し、大の字になって床に転がっている。

 その姿の隣には粉々に砕けた虎の骨。

 そしてアッシュは困惑気味に周囲を見渡していた。まるで取り返しのつかないなにかをしたかのように。

「あ、いや、これはだな、なんていうか、その、あれだ、そんな感じの」

 私たちに気付くとアッシュはなにかを喋り始めたが、それは犯罪現場を押さえられた実行犯が言い訳をしようとして意味のない言葉を羅列する、まさにそれだった。

「とうとう殺っちゃったのね」

 科白を遮って私は真実を指摘すると、アッシュは反論する。

「死んでない! ちょっと手加減の仕方を間違えただけだ! 血は出てるけど中身は大丈夫……」

 少し間を置いてから、

「の、ハズだ!」

「なによ、今の間は?」

 ウェンディはよろめいて壁に体を預ける。

「ああ、いつかこうなるんじゃないかって思ってたのよ。そうよ、わかってたの。なのにわたしったら止めもしないで……」

 少し考えてから、言い直す。

「止めようとはしてたけど、ついに、ついにこんなことに! ああ! なんてことなの! シュバルトのお姉さんになんて言えばいいのよ?!」

「だから死んでないって! 気絶しているだけなんだよ! ほら、胸が動いているだろ。呼吸してるだろ」

 よく観察すれば胸が上下運動しているのが確認できたが、しかし私はアッシュの肩に手を置いた。

「わかってるわ、アッシュ。ちょっと勢いで殺っちゃったのよね。大丈夫、殺人罪にはならないわよ。過失致死で済むと思うから。運が良ければ正当防衛よ」

「だから死んでないって!」

 私たちがシュバルトを放って置いている間に、ピスキーは私たちの横を通り過ぎてシュバルトの側へ行こうとしていた。

 さて、ここが運命の分岐点。

 いつものように保健室にでも連れて行くのだろうと〈それは正解だったのだろうけど〉私たちは特に気に留めなかったし、サイリックは科学室の惨状に気を取られていた。

 つまり誰もピスキーに注意を払っていなかった。

「わっ」

 そのピスキーが不意に転んだ。

 それはたぶん床に散らばっている椅子や机、もしくは木箱などに躓いたかなにかしたのだろう。

 問題だったのは、すぐ側の机だった。

 科学部顧問のリプター先生から、薬品がまだ入っているから触れてはいけないと、注意された薬瓶が入っている箱が置かれていた机で、乱闘の騒ぎで箱が倒れたらしく、薬瓶が机の上に数本転がっていた。

 そして散乱している内の一本が机の縁にあり、それは半ばはみ出している極めて不安定な状態だった。しかもそれは転んだピスキーの真上に位置し、そして〈もう予想は付くだろうが〉転んだ拍子にピスキー目掛けて落下した。

「あ!」

 私はピスキーが転倒した音で目を向け、その瞬間を偶然目撃し思わず声を上げたが、しかし注意さえ促していない声と同時に、ガラス瓶の割れる音が鳴った。

 全員がピスキーに目を向ける。

 薬液を頭からかぶったピスキーは立ち上がったが、しかし体は安定を失っており、虚ろな目で呟く。

「……あれ? なんだか、とても、眠い……」

 そして床に崩れ落ちた。

「「「………」」」

 一呼吸の静寂の後、アッシュが叫ぶ。

「おい! やばいぞ!」

 私たちはいっせいに動き出す。

「駄目ですよ! 薬品に直接触らないで!」

「ゴム手袋はどこにあるの?!」

「そこのファンクラブ! 見てないで手伝え!」

「保健室に連絡して先生を呼んできてください!」

「タオルは?! なにか拭くもの! 薬品を拭き取らないと!」

「マスクかけて! 気化した薬品を吸い込まないで!」

「なんの薬かぶったんだ!? 毒じゃないだろうな?!」

「そんなもの学校にあるわけないでしょ!」

「ここの学校だとなにがあっても不思議じゃないだろ!」

「不吉なこと言わないで!」

「担架が来たわよ!」

 慌しくピスキーは保健室に運ばれた。

 そして、シュバルトがほったらかしだったのに気が付くのは、それから一時間が経過してからだった。

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